413 / 967
最後の恋は神さまとでした
真面目にやりやがれ/1
しおりを挟む
結婚式も無事に終わり、夫婦十四人の生活だが、おまけの倫礼のそばにやってくるのは、旦那たちが多かった。
今日もせっせと小説を書いていた倫礼はトイレから戻る廊下で、心の中で独り言を言う。
「孔雀大明王さんって、本名なのかな?」
「違います」
凛とした澄んだ声が響き渡った。振り返ると、マゼンダ色の長い髪とニコニコの笑みをした夫が立っていた。
「あぁ、月さん」倫礼はそう言って、同意を求める。「やっぱり役職名なんですね?」
「えぇ」
「何て言うんですか?」
「あきひこです」
「え……?」
倫礼は固まってしまった。月命はニコニコの笑みのまま小首を傾げる。
「なぜ驚いているんですか?」
呪縛から解かれてように、倫礼は語り出した。
「いや、孔雀大明王さんをモデルに書いた小説のキャラクター『彰彦』って名前だったんです」
「うふふふっ。相変わらず勘がいいですね~」
倫礼は言葉の途中で、ピンとひらめいてしまった。
「どういう字――あ!」
「おや? 思いついたんですか~」
「はい」とびきりの笑顔で倫礼はうなずいて、「神さまの名前って、芸術的なんだよね。明るさを引き呼び込むで、明引呼。素晴らしい」
人間の記憶力には限界がある。おまけの倫礼はパソコンに旦那と妻の名前を入力して、ことあるごとに見返しては覚えるように努めていた。
「ガキども連れてきたぜ」
明引呼のしゃがれた声が聞こえると、子供が二人走り寄ってきた。
「あぁ、白くんと甲くん。久しぶり~」
「あの時のお姉ちゃんだって、パパに聞いた」
倫礼は子供たちの頭を優しくなでる。
「そう、中身は違うんだけど、記憶はきちんと残ってるよ」
「ママになった」
子供たちはパチパチと小さな手を打ち鳴らす。
「そうだね。いろんなことがあったけど、親子になれてよかったね」
「うん、よかった」
「相変わらず、木登りしてるの?」
「時々する」
元気で何よりだ。おまけの倫礼は手を差し出して、小さなそれと握手をした。
「そうか。これからもよろしくね」
「うん!」
去ってゆく小さな背中はなんだか頼もしく見える。子供たちだって、戸惑いがないわけでないのだろう。それでも、それぞれが、『みんな仲良く』の法律を守ろうと努力しているから、声を掛け合い一緒に遊んで絆が出来上がっているのだ。
*
もう少しで夜が訪れる夕暮れ時。肌を重ね合った後、月命は明引呼のミニシガリロを一本取り出し、青白い煙を上げた。裸のままかけた毛布にくるまり、解いてしまった長い髪を色っぽくかき上げる。
「明引呼はどなたか好きな人はいないんですか~?」
「地上だとよ、嫉妬とかすんじゃねえのか。そういう話はよ」
「ここは地上ではありません。神世です。僕は気にしません。君の心が満たされることをしてあげたいんです」
ジェットライターで炙った葉巻を、明引呼は口に挟んで青白い煙をふーっと吐き出した。
「だな。オレだってそうだぜ。てめえはもういねえのか?」
「僕はこう見えても保守的ですから、二人だけで十分です」
明引呼は鼻でふっと笑いながら、空いている手で月命の肩に毛布をかけてやる。
「保守的っつうのは、カミさん一人で満足すんじゃねえのか。男ふたり加えやがって」
「うふふふっ」と、月命は不気味な笑い声を上げた。「僕の話に君はまだ答えていません」
「他に惚れてる野郎ならいんぜ」
葉巻を挟んだ手で、明引呼は剛毛の短髪をガシガシとかき上げた。
「プロポーズをしてはいかがですか?」
「それよりも先に、他のやつらに相談だろ?」
毛布の下で、肌がするするとすれ合う。
「みんな、賛成しますよ。愛しているんですから」
「だな。それじゃ、一言断ってから行ってか?」
カーテンの隙間から、クレーターが見えるほど大きな紫の月を月命は仰ぎ見た。
「地球にいる倫礼はまた思い出すのでしょうか?」
「あれのことは知ってっから、思い出すかもしれねえぜ」
「彼女はまた頭を抱えるかもしれませんね~」
愛し合った微熱がジリジリと胸を焦がす、至福に満たされた時間が夫二人きりのベットの上で続いていた。
今日もせっせと小説を書いていた倫礼はトイレから戻る廊下で、心の中で独り言を言う。
「孔雀大明王さんって、本名なのかな?」
「違います」
凛とした澄んだ声が響き渡った。振り返ると、マゼンダ色の長い髪とニコニコの笑みをした夫が立っていた。
「あぁ、月さん」倫礼はそう言って、同意を求める。「やっぱり役職名なんですね?」
「えぇ」
「何て言うんですか?」
「あきひこです」
「え……?」
倫礼は固まってしまった。月命はニコニコの笑みのまま小首を傾げる。
「なぜ驚いているんですか?」
呪縛から解かれてように、倫礼は語り出した。
「いや、孔雀大明王さんをモデルに書いた小説のキャラクター『彰彦』って名前だったんです」
「うふふふっ。相変わらず勘がいいですね~」
倫礼は言葉の途中で、ピンとひらめいてしまった。
「どういう字――あ!」
「おや? 思いついたんですか~」
「はい」とびきりの笑顔で倫礼はうなずいて、「神さまの名前って、芸術的なんだよね。明るさを引き呼び込むで、明引呼。素晴らしい」
人間の記憶力には限界がある。おまけの倫礼はパソコンに旦那と妻の名前を入力して、ことあるごとに見返しては覚えるように努めていた。
「ガキども連れてきたぜ」
明引呼のしゃがれた声が聞こえると、子供が二人走り寄ってきた。
「あぁ、白くんと甲くん。久しぶり~」
「あの時のお姉ちゃんだって、パパに聞いた」
倫礼は子供たちの頭を優しくなでる。
「そう、中身は違うんだけど、記憶はきちんと残ってるよ」
「ママになった」
子供たちはパチパチと小さな手を打ち鳴らす。
「そうだね。いろんなことがあったけど、親子になれてよかったね」
「うん、よかった」
「相変わらず、木登りしてるの?」
「時々する」
元気で何よりだ。おまけの倫礼は手を差し出して、小さなそれと握手をした。
「そうか。これからもよろしくね」
「うん!」
去ってゆく小さな背中はなんだか頼もしく見える。子供たちだって、戸惑いがないわけでないのだろう。それでも、それぞれが、『みんな仲良く』の法律を守ろうと努力しているから、声を掛け合い一緒に遊んで絆が出来上がっているのだ。
*
もう少しで夜が訪れる夕暮れ時。肌を重ね合った後、月命は明引呼のミニシガリロを一本取り出し、青白い煙を上げた。裸のままかけた毛布にくるまり、解いてしまった長い髪を色っぽくかき上げる。
「明引呼はどなたか好きな人はいないんですか~?」
「地上だとよ、嫉妬とかすんじゃねえのか。そういう話はよ」
「ここは地上ではありません。神世です。僕は気にしません。君の心が満たされることをしてあげたいんです」
ジェットライターで炙った葉巻を、明引呼は口に挟んで青白い煙をふーっと吐き出した。
「だな。オレだってそうだぜ。てめえはもういねえのか?」
「僕はこう見えても保守的ですから、二人だけで十分です」
明引呼は鼻でふっと笑いながら、空いている手で月命の肩に毛布をかけてやる。
「保守的っつうのは、カミさん一人で満足すんじゃねえのか。男ふたり加えやがって」
「うふふふっ」と、月命は不気味な笑い声を上げた。「僕の話に君はまだ答えていません」
「他に惚れてる野郎ならいんぜ」
葉巻を挟んだ手で、明引呼は剛毛の短髪をガシガシとかき上げた。
「プロポーズをしてはいかがですか?」
「それよりも先に、他のやつらに相談だろ?」
毛布の下で、肌がするするとすれ合う。
「みんな、賛成しますよ。愛しているんですから」
「だな。それじゃ、一言断ってから行ってか?」
カーテンの隙間から、クレーターが見えるほど大きな紫の月を月命は仰ぎ見た。
「地球にいる倫礼はまた思い出すのでしょうか?」
「あれのことは知ってっから、思い出すかもしれねえぜ」
「彼女はまた頭を抱えるかもしれませんね~」
愛し合った微熱がジリジリと胸を焦がす、至福に満たされた時間が夫二人きりのベットの上で続いていた。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?
さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。
私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。
見た目は、まあ正直、好みなんだけど……
「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」
そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。
「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」
はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。
こんなんじゃ絶対にフラれる!
仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの!
実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる