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最後の恋は神さまとでした

青の王子は大人のメルヘン/1

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 そして、翌日の夜、光命はおまけの倫礼に見つからないように、地球の部屋へとやってきた。

「こんばんは」
「ん。あれだ」

 蓮は視線だけで、倫礼を示した。そこには、ブラウンの髪を無造作にひとつに束ね、どこかずれているクルミ色の瞳で、パソコンの画面を見つめたまま、ぼうっとしている人間の女がいた。

「彼女ですか……」

 特に綺麗でもなく、特徴があるわけでもなく、神の男が惹かれるような要素はどこにもなかった。

 プライベートスペースで、光命は遠慮していたが、おまけの背後にあるソファーにすでに座っている蓮が気にかけるわけでもなく、光命は断りを入れた。

「お隣よろしいですか?」
「構わない」

 蓮が言うと、しばらくは何も起きなかったが、おまけに電話がかかってきた。それはこの世界で今付き合っている男からのものだった。

 倫礼は相手の返事を、最後の審判でも下されるように待っていたが、それはひどく期待外れのものだった。

「早すぎる……」

 うなずきたくはないが、倫礼は一人で決められることではないと思い、

「……わかった」

 素直に従い電話は切った。電話を握りしめたまま、倫礼はぼうっと壁を見つめていたが、やがて心の中でつぶやいた。

「中絶だね」

 蓮は華麗に組んでいた足をそのままに、視線を床に落とした。光命は地球独特の言葉に少し戸惑った。

「中絶……とは何のことでしょう?」
「辞書があるから、それで調べろ」
「えぇ」

 光命は大きな本棚の前へいき、分厚い辞書を取り出した。パラパラとページをめくっていき、神界育ちの神は、地球の不浄に出会った。

「子供を殺すこと……。彼女はどのように思うのでしょう?」

 すぐさま辞書を閉じて、光命は倫礼をじっと見つめた。母親が子供を殺すことなど、平気でいられるはずがない。返事を返してしまった彼女はどうするのか。

 倫礼はぼんやりしたまま泣きもせず、ただただ霊界のルールと照らし合わせて、自分を納得させようとした。心の声は無防備に神に届く。

「考えよう。望まれないで生まれてきた子供が背負う一生分の苦と、心の傷で背負う精神的負担を……。生まれてしばらくは魂は入らない。それはわかってる。人生の経験を積まないと、霊層は上がらないようにできてるから、大人になってからでないと入らないって、コウが言ってた」

 細かい地球のルールで、光命は蓮に確認を取った。

「魂は入らないのですか?」
「入る予定は今のところはない」
「そうですか」

 神二人が話している間にも、倫礼の心の整理は続いた。

「のちのち、魂が入る人が辛い思いをするのなら……。今私が辛い思いをすればみんなは傷つかないんだっ! 死よりも大切なものは心だよ」

 倫礼の胸をえぐるような痛みが生まれるが、それさえも強引に飲み込もうとする。

「どんな理不尽な状況でも、最後にゴーサインを出したのは自分だ。だから、自分で責任を取る。私が中絶を選ぶんだ……。それでも、かな――」

 ――しい。言葉の途中で、何も聞こえなくなった。

「…………」

 目の縁に涙を溜めて、倫礼は泣くことに耐えている。声を殺して、やがて彼女の頬をひとつ筋の涙が落ちていった。蓮は腕組みをして、イライラした感じで言う。

「まただ。いつもいつも、自分の気持ちをそうやって隠して。神か何かのつもりか、人間のくせに、誰にも頼らないようにするとは!」

 光命はただ黙って見ていた。

(彼女が泣いている……。世界でただ一人泣いている)

 誰にも心を見せないで泣く。その姿が今の自分と似ていて、光命は親近感を覚えた。

(彼女はとても強い人という傾向があるみたいです。彼女を愛した方がいいという可能性が0.01%出てきた)

 恋が運命という荒野で首をもたげた。そんなことが起きていると知らない倫礼は涙を手で拭って、一人膝を抱える。

「ううん、理論だよ。だから、最初に感情を捨てるの。嘆き悲しんでも物事は進まない。だから、どの可能性が起きてもいいように考える。それが成功する道に近づく一歩だよ」

(彼女は理論の人みたいです)

 おまけの倫礼の印象が、光命の脳裏に強く焼きついたのだった。
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