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最後の恋は神さまとでした

陛下の命令は絶対服従/3

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「明智 光秀という者を知っているか?」
「えぇ、名前はうかがったことがあります」

 有名な話だ。陛下の分身で、人としても優れており、霊界から上がってくる子供たちから、明智に養子に行きたいと望む――明智家ブームが起きていると。それでも、家長はメディアからの取材には応じず、時折り感謝を口にするような人物だ。

 しかし、光命は話したことがない。相手は国家公務員、自分は音楽家で畑違いだ。冷静な頭脳の中で可能性の数字を模索するが、陛下がされようとしていることは、どうにも見当がつかなかった。

「その者の、三女は知っているか?」
「いいえ、存じ上げません」

 お子さんがいるのは自然なことだが、自身と関係している事実が過去のどこにもなかった。

「明智 倫礼と申す。地球という場所は知っているか?」
「えぇ」
「そこにいるある人間の話だ」

 学校の授業でやったが、行ったこともなく興味もない場所だった。陛下は続ける。

「今現在、ある一定以上の霊層がない者には魂を宿らせていない。その女にもない。しかし、倫礼の魂の波動を受けて生きている。仮の魂だ。今のところ、肉体が滅んだあとは、本体に経験として吸収される運命だ」
「えぇ」

 死の恐怖を知らない光命は、ただ事実として頭脳に記録する。自身を磨くために、ふたつの魂が合体をして、元の人がいなくなるなどということは、過去にあったらしいと聞いたことがある。

「その者は神を見る霊感を持っている。日に一度そばへ行き、一時間だけその者から見えないところで見ているよう命令する」

 なぜという疑問ばかりが、光命の脳裏をかけめぐる。ただひとつわかることは、今も時間が止められた執務室でこうして、陛下と会っている理由だ。

「私が守護神の資格を持っていないために、内密にということだったのでしょうか?」
「そうだ。今のお前では資格を取りにいけないことも知っている」

 重力が十五倍の、未知の世界で経験を積むことは、気絶してしまう光命ではできないのだ。陛下は冷静な水色の瞳を、何かを託すように真っ直ぐ見つめる。

「どのような立場であれ、地球へ資格を持っていない者が行くことを許していない。しかし、お前には特別許可をする」

 なぜそこまでして、音楽家の自分が行く必要があるのかと思い、光命は慎重に質問した。

「理由はうかがえるのでしょうか?」

 陛下は気怠そうに肘掛にもたれかかった。

「今は何とも言えない。お前ならよくわかっているであろう? 可能性の問題だ」
「そうですか」

 つまりは何かの対策、もしくは下準備である可能性が高いのだ。しかし、陛下はどんな時でも人々の幸せを第一にお考えになり、実行されてきた。

 そよりも何よりも、この帝国で生きている光命に、陛下の命令を断る権限は許されていないのだ。

「明智 倫礼とその人間の守護をしている明智 蓮とは顔を合わせることはさけられぬ。そのふたりには申すことを許可する。以上だ」
「かしこまりました」

 光命は跪いたまま、丁寧に頭を下げた。

    *

 そのあと、自宅へと瞬間移動で返され、時は再び動き出した。誰にも知られることなく、日常は綴られ始めたのである。

「――そのようなことがあったのです」
「そうか」

 銀の長い前髪を不機嫌に揺らす蓮は、甘ったるいコーヒーの最後の一口を飲んだ。紅茶の芳醇な香りを楽しむ、光命の銀の指輪がティーカップにかすかにすれる。

「ですから、あなたにご挨拶をしなくてはいけないと思い、声をかけたのです」
「陛下の命令では断れない。了承した」

 おかしな出会い方だった。ここにいない人間の女――いや消えゆく運命の女を間にして、関係は成り立ったのだ。しかも、今ふたりきりでお茶をしている。会員制のサロンで、人払いまでして。

 先に話しかけてきたのは、女の夫だ。光命はきちんと記憶していた。

「あなたのご用は何だったのですか?」

 陛下の話で危うく忘れるところだったと、蓮は思いながら、

「俺のは……息子の百叡の話だ。妻がピアノの才能があるというから、レッスンをしてほしいと頼むところだった」

 目の前にいる男は、住む世界は違っても、妻がふたりいるのだ。

「本体の奥様からですか?」
「そうだ、あれはおまけの倫礼が音楽をやっていた影響で、少しは聞く耳がある」

 本当の家族のように、夫は話すのだ。それならば、礼儀として、光命もこの世界の人と変わらぬ対応をしようと心に決めた。

 蓮はまだ無名のアーティストで、その息子がピアノを習いたい。家族の幸せが咲いているのだと、その役に少しでも立てるのならと、光命は思った。

「えぇ、構いませんよ。ピアノの講師もしていますからね。時間を調整して、後ほど連絡を差し上げますから、空いている日に一緒に自宅へきてください」
「そうか、頼む」

 ふたりの食器に入っていた飲み物はなくなり、光命がゆっくりと頭を下げた。

「急にお呼び立てして申し訳ありませんでした」
「いや、陛下がどのようなおつもりかはわからないが、顔を合わせることはあると思う。名前で呼んでいい」

 椅子から立ち上がり、一緒に過ごす時間が増えることになった、男ふたりは握手をして、それぞれの瞬間移動で帰ろうとした。

「えぇ、それでは――」

 光命の言葉は途中で止まり、床に崩れるように体は落ちた。テーブルを挟んでいた蓮はのぞき込む。

「どうした?」
「…………」

 返事は返ってこなかった。テーブルを慌てて回り込み、蓮は片膝を絨毯の上について、シャツの肩を強く揺する。

「おい! 光?」
「…………」

 紺の長い髪は、中性的な横顔に絡みついたまま、冷静な水色の瞳は姿を現すことはなかった。

 今日初めて会った男だが、蓮にはそう思えなかった。

「気絶してる……。あのテレビゲームも小説のモデルも体が弱い描写があったが、脚色ではなく、本当だったのかっ?!」

 神界で気絶するなどあり得ない。蓮は光命を抱き抱えて、病院へと瞬間移動した。「明智 光秀という者を知っているか?」
「えぇ、名前はうかがったことがあります」

 有名な話だ。陛下の分身で、人としても優れており、霊界から上がってくる子供たちから、明智に養子に行きたいと望む――明智家ブームが起きていると。それでも、家長はメディアからの取材には応じず、時折り感謝を口にするような人物だ。

 しかし、光命は話したことがない。相手は国家公務員、自分は音楽家で畑違いだ。冷静な頭脳の中で可能性の数字を模索するが、陛下がされようとしていることは、どうにも見当がつかなかった。

「その者の、三女は知っているか?」
「いいえ、存じ上げません」

 お子さんがいるのは自然なことだが、自身と関係している事実が過去のどこにもなかった。

「明智 倫礼と申す。地球という場所は知っているか?」
「えぇ」
「そこにいるある人間の話だ」

 学校の授業でやったが、行ったこともなく興味もない場所だった。陛下は続ける。

「今現在、ある一定以上の霊層がない者には魂を宿らせていない。その女にもない。しかし、倫礼の魂の波動を受けて生きている。仮の魂だ。今のところ、肉体が滅んだあとは、本体に経験として吸収される運命だ」
「えぇ」

 死の恐怖を知らない光命は、ただ事実として頭脳に記録する。自身を磨くために、ふたつの魂が合体をして、元の人がいなくなるなどということは、過去にあったらしいと聞いたことがある。

「その者は神を見る霊感を持っている。日に一度そばへ行き、一時間だけその者から見えないところで見ているよう命令する」

 なぜという疑問ばかりが、光命の脳裏をかけめぐる。ただひとつわかることは、今も時間が止められた執務室でこうして、陛下と会っている理由だ。

「私が守護神の資格を持っていないために、内密にということだったのでしょうか?」
「そうだ。今のお前では資格を取りにいけないことも知っている」

 重力が十五倍の、未知の世界で経験を積むことは、気絶してしまう光命ではできないのだ。陛下は冷静な水色の瞳を、何かを託すように真っ直ぐ見つめる。

「どのような立場であれ、地球へ資格を持っていない者が行くことを許していない。しかし、お前には特別許可をする」

 なぜそこまでして、音楽家の自分が行く必要があるのかと思い、光命は慎重に質問した。

「理由はうかがえるのでしょうか?」

 陛下は気怠そうに肘掛にもたれかかった。

「今は何とも言えない。お前ならよくわかっているであろう? 可能性の問題だ」
「そうですか」

 つまりは何かの対策、もしくは下準備である可能性が高いのだ。しかし、陛下はどんな時でも人々の幸せを第一にお考えになり、実行されてきた。

 そよりも何よりも、この帝国で生きている光命に、陛下の命令を断る権限は許されていないのだ。

「明智 倫礼とその人間の守護をしている明智 蓮とは顔を合わせることはさけられぬ。そのふたりには申すことを許可する。以上だ」
「かしこまりました」

 光命は跪いたまま、丁寧に頭を下げた。

    *

 そのあと、自宅へと瞬間移動で返され、時は再び動き出した。誰にも知られることなく、日常は綴られ始めたのである。

「――そのようなことがあったのです」
「そうか」

 銀の長い前髪を不機嫌に揺らす蓮は、甘ったるいコーヒーの最後の一口を飲んだ。紅茶の芳醇な香りを楽しむ、光命の銀の指輪がティーカップにかすかにすれる。

「ですから、あなたにご挨拶をしなくてはいけないと思い、声をかけたのです」
「陛下の命令では断れない。了承した」

 おかしな出会い方だった。ここにいない人間の女――いや消えゆく運命の女を間にして、関係は成り立ったのだ。しかも、今ふたりきりでお茶をしている。会員制のサロンで、人払いまでして。

 先に話しかけてきたのは、女の夫だ。光命はきちんと記憶していた。

「あなたのご用は何だったのですか?」

 陛下の話で危うく忘れるところだったと、蓮は思いながら、

「俺のは……息子の百叡の話だ。妻がピアノの才能があるというから、レッスンをしてほしいと頼むところだった」

 目の前にいる男は、住む世界は違っても、妻がふたりいるのだ。

「本体の奥様からですか?」
「そうだ、あれはおまけの倫礼が音楽をやっていた影響で、少しは聞く耳がある」

 本当の家族のように、夫は話すのだ。それならば、礼儀として、光命もこの世界の人と変わらぬ対応をしようと心に決めた。

 蓮はまだ無名のアーティストで、その息子がピアノを習いたい。家族の幸せが咲いているのだと、その役に少しでも立てるのならと、光命は思った。

「えぇ、構いませんよ。ピアノの講師もしていますからね。時間を調整して、後ほど連絡を差し上げますから、空いている日に一緒に自宅へきてください」
「そうか、頼む」

 ふたりの食器に入っていた飲み物はなくなり、光命がゆっくりと頭を下げた。

「急にお呼び立てして申し訳ありませんでした」
「いや、陛下がどのようなおつもりかはわからないが、顔を合わせることはあると思う。名前で呼んでいい」

 椅子から立ち上がり、一緒に過ごす時間が増えることになった、男ふたりは握手をして、それぞれの瞬間移動で帰ろうとした。

「えぇ、それでは――」

 光命の言葉は途中で止まり、床に崩れるように体は落ちた。テーブルを挟んでいた蓮はのぞき込む。

「どうした?」
「…………」

 返事は返ってこなかった。テーブルを慌てて回り込み、蓮は片膝を絨毯の上について、シャツの肩を強く揺する。

「おい! 光?」
「…………」

 紺の長い髪は、中性的な横顔に絡みついたまま、冷静な水色の瞳は姿を現すことはなかった。

 今日初めて会った男だが、蓮にはそう思えなかった。

「気絶してる……。あのテレビゲームも小説のモデルも体が弱い描写があったが、脚色ではなく、本当だったのかっ?!」

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