上 下
377 / 967
最後の恋は神さまとでした

残ったのは障害者手帳だけ/2

しおりを挟む
 薬の副作用で眠れない日々が続いたりしていたが、それでも医師に相談したりして、少しずつ回復していった。

 そんなある日、おまけの倫礼に衝撃の事実が襲いかかった。

「さっき聞いた話……」

 落ち着きなく両手を触り続ける。

「幻聴や幻覚って、自分を脅してきたりして、怖いものだと思ってた。でも、吹き出して笑うほど面白い幻聴もあるらしい。さっきの人が話してた」

 コウから神さまたちの聞いた話は面白く、驚くこともあった。今はどうしているかわからないが、蓮の言動や子供たちの話でも笑ってしまうことはあった。

 神経を研ぎ澄ましてみるが、霊視する糸口さえ見つからないまま、倫礼は心細そうに表情を歪める。

「もしかして、私が見てたのは霊感じゃなくて、幻聴と幻覚だった? あの綺麗だった神さまの世界はどこにもなかった?」

 見えなくても、感じられなくても、聞こえなくても、倫礼の人生を大きく変えた出来事だった。彼女の人格を作っているといっても過言ではない。それがなかったことになれば、生きる道標をなくしてしまうだろう。

 違っていてほしいと、倫礼は心の奥底で祈る――。

 だがしかし、理論で考えれば、自分の望みは感情と一緒だ。倫礼はしっかりとした瞳で現実を見据えた。

「それは置いておこう。今やることは、放置するのはよくない。病気ならきちんと治療しないと、先生に聞いてみよう」

 決心をして、迎えた翌日。病室へやってきた医師に、倫礼は質問を受けていた。

「どのように見えますか?」
「自分を三百六十度囲んでいて、時々そこから一人そばにくる感じです」
「どのように聞こえますか?」
「その人が立っている位置から距離感があって聞こえます」

 倫礼は健在意識では忘れてしまっている光命の最大の特徴である、冷静さを持って、どちらに転んでも事実は事実として受け入れようと決めていた。

 医師がゆっくりと首を横に振る。

「そちらは違いますよ」
「あぁ、そうですか。ありがとうございました」

 倫礼はほっと胸をなで下ろしてお辞儀をすると、医師は部屋から出ていった。いつも同じ風景が見える窓辺に立って、切り取られた青空を見上げる。

「やっぱり霊感だった」

 そして、彼女は気づくのだ。病気で自身の調子はやはり狂っているのだと。

「私は何を聞いてるんだろう? 昔いたじゃない? 自分と同じものを見て、同じタイミングで一緒のことを言った人が。だから霊感なんだよ」

 あんなに気配がたくさんあったのに、孤独感が足元をすくいそうに渦を巻く。

「でも、もう聞いても意味がなかったね。見えなくなったんだから……」

 霊感とはとても不安定なもので、見えなかったり聞こえないことなど、今までもよくあった。

 それは数日で回復していたが、占い師をした時からもう半年が過ぎようとしていた。こんなに長いことは今までなかった。

 自分に波動を与えてくださっている本体の倫礼。夫の蓮に子供たち。優しく厳しい父に、柔らかな笑みの母。バカな話をしたり、助けあったりした兄弟たち。

 今もそばにいるのかもしれない。しかしそれさえも、感じ取れない。彼らが話かけているかもしれないのに、無視をするような形になっているのかと思うと、倫礼は心が痛んだ。

 最後に蓮と交わした言葉も覚えていないほど、毎日懸命に生きてきて、彼は今どう思っているのだろうと、倫礼は思う。

 だが、あのひねくれ蓮のことだ。メソメソ泣いていれば、火山噴火させて怒るだろう。一生懸命生きている人物に惹かれる夫だ。彼をがっかりさせない生き方をしようと、おまけの倫礼は思った。

 そして、神とともに歩んだ日々が彼女に一筋の光を与えた。秋空のさらに向こう――神界を見ようとすると、自然と笑みがこぼれるのだった。

「だけど、あの綺麗な世界は今もどこかにあるんだ。みんなは生きてる。そして、自分のことを見守ってくださってる神さまがいるんだ」

 クリスチャンが祈るように胸の前で手を組み、倫礼はそっと目を閉じる。

「ありがとうございます。今日という日を無事に過ごさせていただいて感謝します」

 その日から、彼女は入院していることさえも、自分の経験値へと変えるようになっていった。

「そうか。いい話聞かせてもらった。幻覚とか幻聴を自分で克服したって。ということは、自分の病気の症状もある程度は軽減できるかも!」

 倫礼は心の中で思い出すのだ。昔教会へ行った時に聞いた、神父の話を。
 信じ続けるというのは、疑わないということではない。人間は弱いもので、疑う時があるのだ。それでも最後は信じると決意して、神の元へ戻ればいいのだ。
 その時、神さまは何の文句も言わず、あなたを喜んで迎え入れてくれる――と。

 自身の手違いで霊感を失い、神の世界から遠ざかったが、守護神の蓮がまだそばにいると、おまけの倫礼でいると、彼女は信じようと何度も何度も挑戦し続けるが、霊感が戻らないまま三ヶ月の月日が流れていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

4人の王子に囲まれて

*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。 4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって…… 4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー! 鈴木結衣(Yui Suzuki) 高1 156cm 39kg シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。 母の再婚によって4人の義兄ができる。 矢神 琉生(Ryusei yagami) 26歳 178cm 結衣の義兄の長男。 面倒見がよく優しい。 近くのクリニックの先生をしている。 矢神 秀(Shu yagami) 24歳 172cm 結衣の義兄の次男。 優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。 結衣と大雅が通うS高の数学教師。 矢神 瑛斗(Eito yagami) 22歳 177cm 結衣の義兄の三男。 優しいけどちょっぴりSな一面も!? 今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。 矢神 大雅(Taiga yagami) 高3 182cm 結衣の義兄の四男。 学校からも目をつけられているヤンキー。 結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。 *注 医療の知識等はございません。    ご了承くださいませ。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます

富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。 5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。 15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。 初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。 よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

処理中です...