上 下
364 / 967
最後の恋は神さまとでした

お前の女に会わせて/5

しおりを挟む
 あの狭い地球とは違い、空は透き通るほど綺麗で、差し込む日差しはどこまでも柔らかく暖かかった。

 今日もフルーツジュースを飲んでいた焉貴は一息ついて、甘さだらだらの声をかけた。

「ねぇ?」
「何だ?」

 今日も砂糖たっぷりのコーヒーを飲んでいる蓮は、ティーカップをソーサーへ置いた。

「お前の女、神さまの名前どれくらい知ってんの?」
「百近くはあったが、今はもうほとんど忘れている」

 蓮がおまけの倫礼の記憶をたどると、最初はメモ書きされていたものを、パソコンに打ち込み、プリントアウトしたものだった。しかもまだ、入力は完全ではなかった。

 そのうちパソコンが代替わりをし、データの移行がうまくいかず、せめてデータがまだ読み込めるうちにと印刷し、今ではパソコンのパスワードも忘れ去り、あの紙のデータはもう取り出せなくなった。

 メモ紙は元配偶者に手渡してしまい、彼女の記憶と印刷されたものだけが頼りだった。

 神世にとってはたった十年少々のことだったが、限られた時間を生きている彼女にとっては、長い長い年月で、決して平坦な道のりではなかった。

 霊感を失ってしまえばいいと本気で望んでいた時期もあったが、忘れていたからこそ、あのクリアファイルは捨てられず、無事でいたのかもしれなかった。

 焉貴は両手でボブ髪をかき上げて、椅子の背にもたれかかりながらため息をついた。 

「肉体特有の思い出せないってやつね」

 魂の世界では決して起き得ない現象――。

「なぜそんなことを聞く?」

 高台にある郊外の住宅街からは、遠くのほうに地球五個分もある城がよく見下ろせた。無意識の直感がある焉貴らしく、本人が知らぬ間にひらめいた。

「何か意味があるんじゃないの? それって、お前の守護にも関係するかもしれないじゃん? 俺の名前知ってたなんてさ。今日会うこと無意識で予測してたんじゃないの?」

 自分たちの神さまはひとつ上の次元にいる。だが、その神さまが自分たちを通り越して、おまけの倫礼に直感を与えないとは限らないではないだろうかと、焉貴はいつの間にか考えが変わっていた。

 現に悪をこの世界に広めたのは、百次元以上も上にいた神さまの実験だったのだから。他に何かしようとしていてもおかしくないだろう。

「覚えているやつに意味がある……?」

 蓮はつぶやいてみたが、ふたりのように直感があるわけでもなく、単なるおまけの倫礼の忘形見程度で、思考回路が気に入ったから覚えていたのだと思っていたが、言われてみればおかしいと、夫は気づいた。

 そして、焉貴の今までの話が、いつの間にか罠になっていた言葉が出てくるのだった。

「他に誰いんの?」

 焉貴は、あの漆黒の髪を持つ男の名が出てくるのを、素知らぬ振りをして待った。正直な性格の蓮は、まず最初にあの綺麗な男を思い浮かべた。

「早秋津 光命だ」
「それって、ピアニストのHikari?」

 反応されるとは思っていなかった蓮は、射るように鋭利なスミレ色の瞳で焉貴を見つめ返した。

「なぜ知っている?」
「有名だったらしいじゃん? 才能があってさ。今ほとんど活動してないみたいだけど……」

 ポケットから携帯電話を取り出し、音楽再生メディアをプレイにすると、ピアノ曲流れてきた。

 叩きつける雨のような三十二分音符の十二連打と雷鳴のように入り込む、高音のフォルティッシモが、あの紺の長い髪を持ち、冷静な水色の瞳を持つ男の面影とピタリと重なった。

「ピアニスト……?」

 倫礼の記憶を探ってみたが、光命の楽器について知っている記憶はどこにもなかった。

 そして、蓮は知るのだ。恋人ができてしまった光命のことを追うのが、おまけの倫礼が怖くなって、触れないようにした結果がデータ不足を招いたのだと。

 春の日差しの中で、しっかりと青色を描くピアノの旋律に、焉貴のマダラ模様の声がにじんだ。

「であとは?」
「紀花 夕霧命だ」
「あぁ、俺のクラスの保護者ね。あとは?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

処理中です...