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最後の恋は神さまとでした
男と男が出会う時/3
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社長は窓から視線をはずし、蓮を真っ直ぐ見つめた。
「うんうん、そうね。いいんじゃない? それをしているアーティストまだいないから曲は書けるの?」
「はい、鍵盤楽器でできます」
やり直しの中で、義理の父と母にさせてもらったことのひとつが、ヴァイオリンを習うことだった。幼い頃の日々の中で、先生から言われて作ってきた経験はあった。
邪神界がまだいた頃のおまけの目指していたものは、シンガーソングライター。その過去はあの大きな本棚の中にまだひっそりと生きていた。ピアノの指遣いやコードネーム、スケールの本など。アーティストを目指す蓮にとっては宝庫だった。
「そう。じゃあ、曲ができ上がったら、デモでいいから聞かせてちょうだい?」
「わかりました」
蓮は礼儀正しく頭を下げた。どこにも所属せず、アマチュアとして過ごしてきたアーティストに、社長から注意が入った。
「これからは、何か活動する時は必ず事務所を通してからにして」
「はい、よろしくお願いします」
「えぇ、こちらこそ」
弁財天がそう言うと、蓮はソファーから立ち上がった。青のスーツがすらっとした体躯をシャープに見せながら、ドアへと歩いてゆく。
「失礼いたします」
銀の前髪がサラサラと揺れると同時に、ドアは開けず、瞬間移動で消え去った。弁財天は残りのお茶を飲み干して、書斎机へ向かった。
*
格好よく廊下へ出たのはよかったが、方向音痴の蓮はさっそく迷った。
(広い。出口はどっちだ?)
ガラス張りのオフィスで、社長室の近くともなると、歩いているスタッフの数も限られていて、蓮は方向もさだめずにとにかく廊下を歩き出した。
網目のようになっているフロアを進んでいると、少し離れたところで男の声が聞こえた。
「光命さん!」
「っ!」
蓮は思わず足を止めて、
光命――!?!?
あちこち視線を向け始めた。
(どこだ? どこにいる?)
直接会ったこともない、話したこともない、おまけの倫礼が健在意識で記憶していない男。まばらな人影を見つけては判断しようとするが、誰がそうなのかわからなかった。
青の王子がモデルになったテレビゲーム作品は数が多く、蓮と同じものにも当然登場していた。全てのキャラクターの絵を見たが、ひとつの作品を省いて、必ずメガネをかけている。
視力の低下など起きない神界ではかけている人などいない。本物はきっと雰囲気が違うのだろう。だからこそ、蓮はこの目で確かめたかった。おまけの倫礼が夢中になるほどの男の姿を。
見逃してしまうかもしれないと思った時、遊線が螺旋を描く優雅で芯のある男の声が並行して走る廊下の向こう側で浮き立った。
「えぇ、どうかされたのですか?」
「っ!」
すらっとした逆三角形のシルエットを持つ男が佇んでいた。
(あれが、光命?)
上品な白いカットソーに、黒い細身のズボン。茶色のロングブーツがおしゃれ感を際立たせる。軽くクロスされるように、細身を強調するようなポーズだった。
春らしい薄手のカーディガンは抜群のセンスであり、高貴を意味する紫色で腰元で細い紐が緩やかに結ばれていた。
紺の長い髪は縛られることなく、肩より長いままハリツヤを十分に含んで、冷静な水色の瞳が冷たい印象を与えるのに、優雅な笑みがそれを緩めていた。
ほとんど背丈の変わらない蓮は、何もかもがスローモーションのように印象的に思えて、光命に釘づけになった。
綺麗だ――。
それが彼の第一印象だった。美的センスに革命を起こすようでいて、安定感がある。まるで鍵と錠前――。自分の欠けているところを、お互い全て持っているようだった。
そのまま廊下で、スタッフと軽い打ち合わせを始めた光命を、蓮は鋭利なスミレ色の瞳でじっと見つめる――いやガン見しつつ、おまけの倫礼のことを考え始めた。
(見た目が綺麗だったから、おまけは好きになったのか?)
惹かれる気持ちはよくわかった。まわりを歩いているスタッフも時々見惚れているようで、立ち止まっている姿が多い。人間の女など瞬殺で惹きつけられるだろう。
しかし、蓮はすぐに否定の一途をたどった。
(いや、あれは見えていなかったはずだ。なぜ好きになった?)
光命が話を終えて歩き出しても、蓮は鋭利なスミレ色の瞳で追いかけてどこまでもどこまでも、答えが出るまで見ていた。いや、それしかできなかった。
呼び止めて、何と言えばいいのだろうか。いつかは消滅する妻が、あなたのことを生まれた時から好きだったと説明するのか。
おまけの記憶と足算をすれば、光命は地球という存在だけは知っているのだろう。しかし、興味もなければ、死という恐怖も知らない神界育ちだ。
戸惑うだけならまだしも、迷惑だろう。光命がパートナーと出会ったのは、もう十年以上も前の話だ。結婚もして、子供もいるだろう。今さらそんな話をしたところで、何になるのだろう。
「うんうん、そうね。いいんじゃない? それをしているアーティストまだいないから曲は書けるの?」
「はい、鍵盤楽器でできます」
やり直しの中で、義理の父と母にさせてもらったことのひとつが、ヴァイオリンを習うことだった。幼い頃の日々の中で、先生から言われて作ってきた経験はあった。
邪神界がまだいた頃のおまけの目指していたものは、シンガーソングライター。その過去はあの大きな本棚の中にまだひっそりと生きていた。ピアノの指遣いやコードネーム、スケールの本など。アーティストを目指す蓮にとっては宝庫だった。
「そう。じゃあ、曲ができ上がったら、デモでいいから聞かせてちょうだい?」
「わかりました」
蓮は礼儀正しく頭を下げた。どこにも所属せず、アマチュアとして過ごしてきたアーティストに、社長から注意が入った。
「これからは、何か活動する時は必ず事務所を通してからにして」
「はい、よろしくお願いします」
「えぇ、こちらこそ」
弁財天がそう言うと、蓮はソファーから立ち上がった。青のスーツがすらっとした体躯をシャープに見せながら、ドアへと歩いてゆく。
「失礼いたします」
銀の前髪がサラサラと揺れると同時に、ドアは開けず、瞬間移動で消え去った。弁財天は残りのお茶を飲み干して、書斎机へ向かった。
*
格好よく廊下へ出たのはよかったが、方向音痴の蓮はさっそく迷った。
(広い。出口はどっちだ?)
ガラス張りのオフィスで、社長室の近くともなると、歩いているスタッフの数も限られていて、蓮は方向もさだめずにとにかく廊下を歩き出した。
網目のようになっているフロアを進んでいると、少し離れたところで男の声が聞こえた。
「光命さん!」
「っ!」
蓮は思わず足を止めて、
光命――!?!?
あちこち視線を向け始めた。
(どこだ? どこにいる?)
直接会ったこともない、話したこともない、おまけの倫礼が健在意識で記憶していない男。まばらな人影を見つけては判断しようとするが、誰がそうなのかわからなかった。
青の王子がモデルになったテレビゲーム作品は数が多く、蓮と同じものにも当然登場していた。全てのキャラクターの絵を見たが、ひとつの作品を省いて、必ずメガネをかけている。
視力の低下など起きない神界ではかけている人などいない。本物はきっと雰囲気が違うのだろう。だからこそ、蓮はこの目で確かめたかった。おまけの倫礼が夢中になるほどの男の姿を。
見逃してしまうかもしれないと思った時、遊線が螺旋を描く優雅で芯のある男の声が並行して走る廊下の向こう側で浮き立った。
「えぇ、どうかされたのですか?」
「っ!」
すらっとした逆三角形のシルエットを持つ男が佇んでいた。
(あれが、光命?)
上品な白いカットソーに、黒い細身のズボン。茶色のロングブーツがおしゃれ感を際立たせる。軽くクロスされるように、細身を強調するようなポーズだった。
春らしい薄手のカーディガンは抜群のセンスであり、高貴を意味する紫色で腰元で細い紐が緩やかに結ばれていた。
紺の長い髪は縛られることなく、肩より長いままハリツヤを十分に含んで、冷静な水色の瞳が冷たい印象を与えるのに、優雅な笑みがそれを緩めていた。
ほとんど背丈の変わらない蓮は、何もかもがスローモーションのように印象的に思えて、光命に釘づけになった。
綺麗だ――。
それが彼の第一印象だった。美的センスに革命を起こすようでいて、安定感がある。まるで鍵と錠前――。自分の欠けているところを、お互い全て持っているようだった。
そのまま廊下で、スタッフと軽い打ち合わせを始めた光命を、蓮は鋭利なスミレ色の瞳でじっと見つめる――いやガン見しつつ、おまけの倫礼のことを考え始めた。
(見た目が綺麗だったから、おまけは好きになったのか?)
惹かれる気持ちはよくわかった。まわりを歩いているスタッフも時々見惚れているようで、立ち止まっている姿が多い。人間の女など瞬殺で惹きつけられるだろう。
しかし、蓮はすぐに否定の一途をたどった。
(いや、あれは見えていなかったはずだ。なぜ好きになった?)
光命が話を終えて歩き出しても、蓮は鋭利なスミレ色の瞳で追いかけてどこまでもどこまでも、答えが出るまで見ていた。いや、それしかできなかった。
呼び止めて、何と言えばいいのだろうか。いつかは消滅する妻が、あなたのことを生まれた時から好きだったと説明するのか。
おまけの記憶と足算をすれば、光命は地球という存在だけは知っているのだろう。しかし、興味もなければ、死という恐怖も知らない神界育ちだ。
戸惑うだけならまだしも、迷惑だろう。光命がパートナーと出会ったのは、もう十年以上も前の話だ。結婚もして、子供もいるだろう。今さらそんな話をしたところで、何になるのだろう。
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