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最後の恋は神さまとでした

おまけはまだ愛している/2

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 遮光カーテンから入り込む光はなく、インターネットのモデムの点滅だけが頼りの薄暗い部屋。

 しかし、鋭利なスミレ色の瞳には何の損傷もなく部屋を見渡せた。というよりかは、見渡せないと、守護神という仕事はやれない。人間が寝ている間も、神は手を差し伸べているのだから。

 天井近くまである本棚のそばに立っていたが、今まで気つかなかったクリアファイルを、蓮は見つけた。

「何だ?」

 棚から引き出す。ノート一冊分にも満たない厚みで、あちこち紙の端に折り目がついていたが、どうやら最近は手に取った様子もなく、一番下の段にあり重石おもしをしたみたいにペタンと平らになっていた。

 蓮は綺麗な手で中身を抜き取り、一番最初に書かれていた文字を読んだ。神界での声で、眠ってしまった、おまけの倫礼には届かない声だった。

すめらぎ こう――」

 この名前を知らない、神は今やどこにもいない。

「陛下のお名前だ」

 パソコンで打ち込んだものを、プリントアウトしたようで、黒字できちんと並んだ文字の羅列だった。一行分のスペースを開けて、次の名前が書かれていた。

「皇 弐煌にこーる。皇 すめら。皇……」

 本来ならば、『様』をつけなくてはいけない名前だ。

「女王陛下のお名前。途中までだが……」

 何人か連なっていたが、蓮が知っている女王陛下全ては書かれていなかった。守護神という立場から、倫礼の過去が蘇り、神さま全員が知っているルールが今さらながら出てきた。

 尊い方々で、本名を呼ぶことは許されていない。今蓮は口にしたが、これは本当の名前ではない。

 陛下と女王陛下同士は当然ながら、本当の名を知っているが、帝国にいる人々は誰も知らない。それだけ、厳しい制限が設けられている事項だ。

 しかし、友人から呼ばれることも陛下たちはある。そうなると、役職名を呼ぶのは不適切で、この紙に書かれている本名とされている名前を呼ぶことになるのだ。

 そして、もうひとつ重大なことを、蓮は眠っている倫礼から感じ取った。

「この紙の存在を、おまけは健在意識で忘れている……」

 忙しい毎日に追われ、本棚の隅にあることも、倫礼は覚えていないのだ。書かれている内容も覚えていない。

 しかし、記憶というものは、完全に消えることはなく、ただ思い出せないだけ。倫礼の心のどこかでは生きている。

 引っ越しのたびに手にはするものの、神さまの名前の書いてある紙を捨てることはできず、ただ持っているだけ。

 細かいところはもう覚えておらず、印象の強かった神々を、彼女は自作の小説のモデルに起用しているだけで、それは記憶から拾い上げているに過ぎなかった。

 まだ夢も希望も人並みにあり、魂が入っていて、死んだあとに見ることができるかもしれない神界を、霊視できないながらも想像していていた頃の記録。

 蓮は一枚ずつめくり、書かれているものを読んでゆく。

「夕霧命、躾隊。覚師、妻」

 自分が会ったこともない、他の誰かのことが書かれている。それでも、倫礼の記憶を使って、テレビゲームのソフトに手をかけた。

 長い赤髪の、重厚感のある瞳を持つキャラクターをじっと見つめる。

「武術をする……」

 紙には記されていなかったが、倫礼の脳裏に残っている、その男の特徴だった。そして、次をめくる。

「月主命、社会の仕組み、教江隊。楽主、妻」

 持っていたゲームソフトをしまった。別のものを取り出して、カーキ色の長い髪をして、ニコニコと微笑むキャラクターを見ていたが、

「ここにない……?」

 倫礼の話している声が鮮やかに蘇った。

「――カエルのモデルになったっ!? 人じゃなかった!」

 今みたいに、トランス状態に近い状態で、彼女はゲラゲラと笑っていた。ゲーム情報だけで、買わなかった商品の話だった。そして、また紙をめくる。

「孔明、私塾を開いている」

 神経を研ぎ澄まして、この男について探ってゆく。ゲームソフトを指先で追っていたが、引き出す前に止まった。

「俺がモデルになったのと同じものに出ている……」

 取り出して、不機嫌な自分の顔は見ず、さわやか好青年で微笑む男を見つけると、

「――神さまが反則っていうほど、頭がよかった人? 有名な人ってやっぱりすごいんだね」

 恋愛シミュレーションゲームをプレイして、罠にはまったとオーバーリアクションで撃沈されている、おまけの姿が目に浮かぶ。次の紙をめくる。

「孔雀大明王、魂の研究所、副所長。皇閃すめひら、妻」

 蓮は首を傾げた。

「副所長は今は違う。間違っているのか?」

 どんな運命かは知らないが、さっきから持ったままだったゲームソフトを持ち上げた。

「俺がモデルになったものと同じものに出ている……」

 邪神界がまだ倒される前のこと――古い倫礼の記憶を蓮はたどる。

「――白くんと甲くん、よろしくね。優しいね、孔雀明王さんって。ありがとうございます」

 護法童子として、人間の女を守るためにやってきた子供たちに、笑顔で話しかけている彼女が見えた。
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