上 下
347 / 967
最後の恋は神さまとでした

おまけはまだ愛している/1

しおりを挟む
 楽しい気分は今や度を超していて、トランス状態となっていた。狂ったように踊り続けていた断崖絶壁から真っ逆さまに海面へジャボンと落ち、口からぶくぶくと泡を吐きながら、海底へ向かって沈んでゆく。

 それでもまだ楽しくて仕方がなく、息が苦しくなっていても、そんなことにも気づかず、音楽再生メディアから流れてくる音楽に、おまけの倫礼はノリノリだった。

 泉があふれ出てくるように次々と思い浮かぶ小説のアイディアを、彼女はパソコンへ打ち込んでゆく。

 その背後には、針のような銀の髪と鋭利なスミレ色の瞳、すらっとした長身の守護神である、蓮が腕組みをして立っていた。

(毎日、毎日、同じ曲ばかり繰り返している)

 一ヶ月経っても、流れてくる音楽はいつもいつも同じ。変える気もないというよりかは、ドラックのような中毒症状を起こしているような有様だった。

 ヴァイオリンを上品に弾きこなす、クラシックを好む蓮にとっては、理解不可能な行動で、怒りで形のよい眉をピクつかせた。

(どういうつもりだ?!)

 デュアルモニターにしているもうひとつの画面を、蓮は倫礼の背中からのぞき込む。

(何回再生して――二千五百……。お前は針飛びするレコードか!)

 しかも、蓮にとっては未知の音楽で、独特のグルーブ感が体にまとわりつくようだった。

(何だ、この引っ張られるようなリズムは。何というジャンル……R&B?)

 生まれてやっと五年目を迎えようとしている神は、見知らぬ音楽の名を口にして首を傾げた。

    *

 ソファーの上で両膝を抱えながら、おまけの倫礼は涙をボロボロとこぼしていた。

「好きな人が振り向かなくて、他に優しくしてくれる人が告白してきた……」

 神威が効いていると前から噂の海外ドラマを見て、物語に入り込んでいる彼女は、テレビを前にしてぶつぶつと独り言を言う。

「他の人に好きって言われるのは違うんだよな。ここで自分の気持ちを曲げるのは、相手に対して失礼だよね?」

 本命の人から傷つくこと言われようとも振り向かなくとも、主人公が一途に想い続ける姿が、自分とやけに重なる倫礼は、ポテトチップスを一口かじって納得の声を上げた。

「あぁ、やっぱり主人公断った」

 ドラマを全て見終わり、湯を張ったバスタブに、アロマオイルを二、三滴入れる。花の女王とも呼ばれるイランイランの香りが際立った。

 ユニットバスの狭い湯船にひとりきり浸り、そっと目を閉じる。

「さすがだね、あのテレビドラマ。蓮と倫礼さんが主役のモデル。恋愛もの。しかも、優しくしてくれるのは父上と弟がモデルっていう設定。仲はいいんだけど、恋愛対象じゃないもんね?」

 さっきの場面を現実で例えるなら、蓮に冷たく扱われたところへ、光秀がやってきて、前から想っていたと告白されるシーンだったのだ。

 しかし、娘は父を断り、無事にファザコンから抜け出した。そんな気分に、おまけの倫礼はなっていた。

 口数が少なく落ち着きのある男。それなのに感性で動いてもいる男。そんな彼――神界で結婚している配偶者に夢中な倫礼。

 彼女の心の中には、言葉を流暢に話し、冷静な頭脳で感情を抑える男――青の王子はどこにもいなかった。

 肩へと湯をかき上げ、一人暮らしの静かな部屋に水音が寂しく響く。

「主人公、最初、失敗ばかりで格好よくないんだよね。人のこと優先でさ、自分のことはいつも後回し。だけど、曲げられないものは曲げられないって主張する」

 いつも意見は言えずじまいで、主張することもなかった。それでも、倫礼は主人公の信念の強さと自分を重ねようとする。

 すると浮き彫りになるのは、意地っ張りで度を越すと、怒りで記憶が消えてしまう自分だった。見たくもない、目を背けたくなるような出来損ないの自分。

「主人公って人里離れたところで、神様を信じて生きてきたから、感覚が人とずれてるんだよね? これって、自分も似てるのかな?」

 霊感を持っていて、人と見る角度の違う彼女がまさしくそうだったが、自身のことは客観的に見れないものだ。

「倫礼さんと似てるってことは、自分とも似てる。そうなのかな?」

 バスタブの縁に両肘をかけて、頬を腕に預けた。

「これで自分探しの旅の足がかりになるかな?」

 魂が何人も入れ替わって気がつけば、どれが本当の自分かわからなくなっていた。好きな色さえわからない。好きな食べ物さえわからない。そんな毎日の中で、ひとつの道標を見つけた貴重な時間だった。

 お風呂から上がり、パジャマに着替えて、最後の間接照明のスイッチを切る。

「ふ~、いい一日だった、今日も。神さまありがとうございます。お休みなさ~い」

 そして、人間の女はひとり眠りについた――。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

4人の王子に囲まれて

*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。 4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって…… 4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー! 鈴木結衣(Yui Suzuki) 高1 156cm 39kg シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。 母の再婚によって4人の義兄ができる。 矢神 琉生(Ryusei yagami) 26歳 178cm 結衣の義兄の長男。 面倒見がよく優しい。 近くのクリニックの先生をしている。 矢神 秀(Shu yagami) 24歳 172cm 結衣の義兄の次男。 優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。 結衣と大雅が通うS高の数学教師。 矢神 瑛斗(Eito yagami) 22歳 177cm 結衣の義兄の三男。 優しいけどちょっぴりSな一面も!? 今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。 矢神 大雅(Taiga yagami) 高3 182cm 結衣の義兄の四男。 学校からも目をつけられているヤンキー。 結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。 *注 医療の知識等はございません。    ご了承くださいませ。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます

富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。 5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。 15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。 初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。 よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

処理中です...