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最後の恋は神さまとでした

緑の線は新たな道標/4

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 嫁に行った娘には、実家の居場所などなかった。両親は家庭内別居。毎日のように、怒鳴り声が聞こえてくる家。どんなに円満に別れてきたと言っても、江の心は傷ついていた。

 彼女の本来の世界――神世では両親は仲睦まじく、兄弟は優しく笑顔で、自分の存在を否定するような人は誰もいない。何よりも配偶者は、守護神の役割も持っていて、いつもいつも優しく冷静に導いてくれていた。

 しかし、現実で浴びせられる言葉は真逆だった。

「離婚して帰ってくるなんて、恥ずかしいから出歩くな」
「慰謝料ももらってこないで……」

 意味不明な言葉が、暴力という名で、江に襲いかかる。

(結婚って、お金なの?)

 忘れたかった、お金優先で心を無視する人たちの集団を。

「あなたの居場所なんかないんだから、いつ出ていくの?」
「父さんと母さんは何も間違ってない。姉ちゃんが間違ってるんだ」

 この人たちとやってゆくのには、ふたつにひとつ。

 同じ価値観になるか。
 あらがい続けるか。

 江は後者を選んだ。霊感を手に入れて、神さまの世界をのぞいてきた彼女は、価値観が変わってしまっていた。

 みんながやっているから正しいとは限らない。
 自分の信念は心を一番大切にすること。

 肉体には限りがある。しかし、心は永遠。彼女の見ている範囲は死んだあとを見据えていた。私利私欲で生きられるほど、彼女の霊層はもう低くなかった。

 魂の透明度――霊層はどんなことが起きても下へ落ちることがないと、神が判断された時に、上がってゆくもの。

 下の人からは上の人を見ることができない。未知の世界だからだ。しかし、上の人から下の人はよく見える――どんな打算や悪意がそこにあるのかわかる。なぜなら、自分が通ってきた道だからだ。

 白でもみんなが黒と言えば、黒になってしまう現実での家族。風当たりはすさまじく、彼らの口から出てくるのは人の悪口や陰口ばかり。耳をふさぎたくなる毎日。

 それでも、彼女は目を閉じて、神さまへの感謝を日々忘れずに生き、できるだけ本当の家族と話をする。

 十八歳の兄弟たちも守護に加わると言ってくれて、自分を何事からも守るように三百六十度囲んでくれている光景が、唯一の心の支えだった。

 しかし、この世界の醍醐味は肉体であって、彼女は少しずつ暗い気持ちになっていった。

(友達ももういない。知人もいない。家族にも必要とされてない)

 ドアがついているような部屋は与えられていない。家族のいないトイレなどで一人きり泣き続け、誰にも相談せず耐え続けた結果――

(この世界に、自分の存在はいらない。働かないと生きていけないけど、やる気が起きない。でも全てを解決する方法がある。それは、死ぬ――ことだ)

 人は全員、自分で生まれたいと、神さまにお願いをして生まれてくる。それを、途中で強制終了することは、無責任以外の何ものでもない。

 自殺したあと、どうなるか、神さまと話してきた江は知っている。その罪の重さがどれほどなのかも知っている。

 一畳ほどの広さの空間に自動的に移動し、声も念――想いさえも通さない地獄へと入り、一人きりで荒波を乗り越えてゆかなければいけない。

 今自分のそばにいる本当の家族とも、罪を償うまでは会えないことも知っている。しかし、それでも、彼女の心はこの言葉で埋め尽くされた。

(死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい……)

 兄弟であろうと夫であろうと、守護をする神である以上、彼らはただ人間の女が自身ではい上がるのを優しく見守るだけだった。配偶者が神であろうと、肉体を持った神はいない。江は人間だ。

 神にしてみれば、人間が地獄へと落ちるのも本人の責任であり、それはそれで魂の修業の一過程でしかない。

 人間の力だけで全てどうにかできるという傲慢さを持っている彼女には、神に手を伸ばすという術が、選択肢からなくなっていた。

(あの夢みたいな神さまに囲まれた世界は、どこにもない……。この家にはどこにもない)

 綺麗な青空が広がっていても、江はもう見上げることも忘れた。それでも、彼女の心の片隅では、何としてもここから抜け出そうという情熱の炎は燃え続けていた。
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