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最後の恋は神さまとでした

逆順番で恋に落ちて/4

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 死がないからこそ、老いがないからこそ、向上心を誰でも持っているからこそ、若い彼らは、年配者にはすぐに追いつけないのだ。同じ歳になった時に、追い越しているかどうかを比べるのが賢い方法だ。

 それと比べて、光命は自分の情けなさに少し気を落とした。

「また気絶して、君が運んでくれたんだな」
「そうだ」
「すまない。幼い頃からずっと、君に迷惑をかけてばかりで……」

 いつだって、どんな時だってそばにいて、自分が気づかないようなことを教えてくれて、夕霧命のために何かをしたいと願っているのに、現実は残酷なほど裏目に出てばかり。

「構わん、俺はお前のために生きている――」

 数々の恋愛物語やSNSで聞いてきた愛の言葉だった。自分と違って真っ直ぐな性格の夕霧命が嘘で言うはずがない。そうなると、光命は言葉に詰まるのだった。

「あり……がとう……」

 布団の中で、シーツをきつく握りしめる。

(その言葉を言わないでくれ。ルールはルール。順番は順番だ。だから、守らなくてはいけない。それなのに、僕はできない。男女が出会って、恋をして結婚するがルールだ。これを破ってはいけない)

 ぐるぐると目が回って、横になったままでも意識が遠のきそうになる。

(だけど、僕は気づいた時には君に恋をしていた。ルールと違う。僕は神の御心に背いている。だから、君を忘れる努力を怠ってはいけない。嘘が相手にバレない可能性が高い方法……)

 うまく言えなかった言葉を、光命はもう一度夕霧命に伝えた。

「ありがとうございます――」
(丁寧語で話すことが、成功する可能性が高い)

 少年ではなく、青年に変わった光命を、夕霧命は不思議そうに見下ろした。

「なぜ、言葉遣いを変えた?」
「丁寧語を使うと罠が成功する可能性が八十二パーセントを越したからです」
「そうか。俺はどっちでもいい。お前はお前だ。変わらん」

 恋心はすれ違ったまま時は過ぎ、十八歳の誕生日を迎えて、先に生まれた光命から、元の世界へ戻ってきた――

 扉を出たと同時に、全ての記憶が戻った。生まれてすぐに大きくなり、大人の夕霧命と話し、彼の結婚式の帰りに、出会った女と生涯を共にすると心に決めたことも、何もかもが順番を逆にして、戻ってしまった。

(私は、何を!)

 表情をあらわにしない光命も、珍しく冷静な水色の瞳が焦りを見せた。勝手に頬を流れてゆく涙を、誰にも知られないように指先で拭いとる。

(……夕霧はもうすでに結婚しているではありませんか――)

 光命の神へご意志に反する罪の意識はさらに増した。可能性を導き出すよりも早く、五百倍で流れている時の中から、三日遅れで生まれた夕霧命が後ろから出てきた。

 躾隊に入隊したあの日、女王陛下の侍女と目が合って、あっという間に恋に落ちて結婚をして、子供を作ろうと約束していたことが今頃戻ってきた。

「っ!」

 思わず息を詰まらせ、前に立つ紺の長い髪を持つ従兄弟の背中をじっと見つめた。

(思い出した。俺は結婚しとった。光には彼女がいる)

 冷静な水色の瞳が振り返り、無感情、無動のはしばみ色の瞳を出会うと、ふたりの心の中で同じ言葉が重なった。

(やり直しをして、記憶を失ったばかりに、全てが狂ってしまった……)

 他の人たちも続々と擬似体験を終えて、施設は賑わい始め、入る前は知人でもなんでもなかった人たちが、無二の親友になって肩を組み合い、生まれた子供を抱いて配偶者と出てくる人たちもいた。

 その中で、光命は夕霧命を見つめたまま、ただ立ち尽くした。

(私には共に人生を歩もうと心に決めた女性がいる。彼女を愛している気持ちは変わりません。ですが、なぜ私は夕霧を愛したのでしょう? やはり間違いだった)

 夕霧命は自分を見つめたまま、中性的な唇を動かさない光命の気持ちが痛いほどわかっていた。

(人は人だ。俺は俺だ。愛しているのは変わらん。しかし、光は気にする。だから、俺からは言わん。お前が困った時に手を貸せる場所にいつでもいる。ただ見守るだけでいい。それが俺のお前への愛だ――)

 ふたりきりの世界は、係の人の声で打ち破られた。

「それでは、こちらがご家族や友人の記憶でございます」

 五百倍の早さはあっという間で、陛下からのご命令であるやり直しを終わらせ、擬似体験の部屋は扉が全て閉まり、もうあの十八年間は人々の心だけの産物となった。

 綺麗な箱にリボンがかけられたものを、係員から間違いなく渡され、光命と夕霧命は我に返って頭を下げた。

「ありがとうございます」
「すまん」

 お祭りムードみたいに盛り上がっている会場。みんなは入る前よりも幸せをいくつも増やして戻ってきた、十八年間のやり直し。

 ふたりの恋心は見落とされ、それでもデジタルに感情を切り捨て、光命は夕霧命に向かって優雅に微笑んだ。

「今後もよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いする」

 お互いが共有する記憶を持って、従兄弟ふたりは元の生活へと戻っていった。
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