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最後の恋は神さまとでした

神の御前で恋は散って/5

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 光命とは違う人をモデルとして小説を書いていた、澄藍のそばへきたコウのテンションは少し低かった。

「実はな。十八歳まで一気に成長した子供がいただろう?」
「うん、光命さんとか夕霧命さんとかだね?」
「そうだ。心の不具合が見つかってな」

 神さまの世界で間違いが起きた。完璧なイメージの神々でも、その上にも神がいる以上、そういうことが起きるのだと、彼らも彼らなりに生活が大変だのだと、澄藍は思った。

「どういうこと?」
「やっぱり神でも、子供の頃の親との日々は心の成長にはかけがえのないものだと、研究結果が出たんだ。それで、通常の五百倍の早さで、時が流れる大きな空間に入って、やり直すことになった」

 地上とは違って、対策も素早く待遇もバッチリだと安心し、澄藍は再びパチパチキーボードを打ち出した。

「よかったね。それで大人として、今までよりもしっかりとやっていけるんだったら、いいね」
「そういうことだ。あぁ~、忙しい忙しい! じゃあな、またくるぞ」

 ここのところ本当に忙しいらしく、コウは五分もいないことが多い。何をやっているのか知らないが、見た目が子供でも、彼も大人である以上仕事があるのだろう。

 お茶のペットボトルを傾けて、澄藍は気になることがあって、手をふと止めた。

「十八歳だったのに、子供の記憶があとになる? 生きる順番が逆ってこと? 何だかややこしいなぁ」

 人間だったら、気持ちがついていけないのではないかと思った。神さまは心と考えが柔軟だから対応できるのかと納得しかけたが、不具合が起きてやり直すとなると、不穏な空気が漂っていた。

    *

 中心街から数キロ離れた修業施設へと、やり直しをするよう命じられた十八歳の男女は集まっていた。誰一人もれることなく、絶対服従となっていて、光命と夕霧命も例外ではなかった。

 スピーカーもマイクもないのに、人々の前に立っていた貴族服を着た狐の男が話すと、広い会場にきちんと声が響き渡った。

「それでは全員集まりましたので、もう一度詳細をお伝えします」

 集まっていた人々は話すのをやめ、静まりかえった。

「今現在の記憶を一度こちらで預かり、ゼロ歳まで戻ります」

 一番前にいた男が手を上げて、待ったをかける。

「それって、配偶者や恋人の存在を忘れるってことですか?」
「はい、そうです。出会った時期が十八歳ですから、この中にいる間にはパートナーの方は出てきません」

 空中を海のようにして、浮かんでいるイルカが今度は疑問を投げかけた。

「出てくるまでにどのくらいかかるんですか?」
「今現在はひとつ年齢を重ねるには、六百八十七年とされていますが、様々な方向から検証した結果、一年をそのまま一年とし、五百倍の速度で時が流れます。ですから、十八年で計算すると、十三日と三時間半少々です」

 二週間弱で出られる。仕事をしている人がいる以上、それより長くは社会に影響が出ると判断されたことによる、速度の調整だった。

「終了後に今までの記憶を戻し、元の生活へとお戻りいただきます」

 体が大きいためにみんなの邪魔にならないよう一番後ろにいた龍が、親とのやり直しがメインである以上絶対に欠かせない人々がここにいないことを危惧した。

「家族などはどのようになるんですか?」
「中にはご本人はおりませんが、最新技術で擬似の家族はおります。全てが終わった時には、その方たちの記憶もお渡ししますので、元の生活へ戻っても、家族や友人としての思い出というものは残ります」

 この施設から出ても、まわりの人たちと話のズレはなく、本当に一緒に生きた記憶と体験だけが、関係者に渡るということだ。

「他に質問はございませんか?」

 真ん中ほどに立っていた猫の女性が、独身らしい質問をした。

「恋人とかできることはあるんですか?」
「そちらはあるかと思います。すでにご存知かと思いますが、十七歳で成人ですから、今現在いらっしゃらない方は、今回参加されている方の中で運命の方がいらっしゃいましたら、人によってはご結婚されて、お子様が生まれる可能性はあります」

 同級生と恋愛。よくある話。しかし、個々の家で両親から教育を受けたきた人々は、学校というものへ行くこととなり、クラスメイトが恋人になるという新しい選択肢が出てきた。

 係りの狐が細い目でまわりを見渡す。

「他には?」
「…………」

 誰からも質問はもう上がらなかった。扉を開ける係りの者が操作をすると、室内のはずなのに、中には外が広がり、いつも見ている首都の中央にそびえ立つ、城と同じものが眼前に佇んでいた。

「それでは、みなさんお入りください」

 人々が順番に入ってゆくのについていきながら、十八歳の姿しか見たことのない従兄弟がどんな子供になるのかと、夕霧命は想像してみた。

「お前の幼い時を見てみたい」
「そちらは私も同じです」

 この深緑の短髪を持ち、いつも落ち着き払っている男が、どんな子供時代を送るのかと思うと、光命は新しい世界へと胸を躍らせた。

「それでは、十八歳の誕生日までお楽しみください」

 全員が中に入ると、外の世界としばしの別れというように扉が閉まってゆく。そうして、完全に閉まると、真っ暗闇が襲い、ついで音が途切れ、全ての人々は記憶をなくした――――
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