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最後の恋は神さまとでした
従兄弟と仕事と秘密と/3
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風で落ちてしまった後毛を、光命は神経質な指先で耳にかけた。
「仕事はいかがですか?」
「ぼちぼちだ」
「そうですか」
六百八十七年経たなければ、十九歳にはならない。ゆったりとした時の流れの中でも、お互いの生活は少しずつ変わり始めていた。
「お前は?」
チョコレートをひとつ口の中へ入れて、夕霧命の視線が光命に向かった。社会人として――いやミュージシャンとして誰にも言えないが、従兄弟にだけは伝えたかった。
「こちらの話はここだけにしておいてください」
「わかった」
いつも家にくると、クラシックの旋律が屋敷の庭にまで流れてきて、音符がまるで輪舞曲を踊るようにくるくると回っている。それほど一日中、音楽と戯れている従兄弟は優雅に微笑んで、
「自作のCDを来月に出し、音楽界へデビューします」
そう言う光命はどこまでも冷静だった。浮き足立った気持ちなどない。自分の才能におごり高ぶることも。
世の中には何百億年も生きている大人がいる。この世界は努力するのが当たり前で、数ヶ月しか生きていない若い自分たちがどうやっても追いつけない。だからこそ、謙虚であり続けることができるのだ。
夕霧命ははしばみ色の瞳を細め、珍しく微笑んだ。
「そうか。お前も順調そうだ」
よきライバルとして、切磋琢磨できる関係。光命は優雅な声で、「えぇ」とうなずき、夜空を見上げた。
「神のお陰で好きな仕事にもつけ、日々望む通りに進んでいます」
独特な言い回しに、夕霧命は不思議そうな顔をした。
「教会? には頻繁に行っているのか?」
「いいえ。私は神職ではありませんからね、月に一度や二度です」
紺の長い髪は横へ揺れた。光命に霊感はなかったが、宗教というものが新しい世界には生まれて、神さまに感謝をするという習慣を持っていた。
「そうか」
お手伝いさんには断りを入れている、ふたりきりの誰もこないルーフバルコニー。虫も存在しないこの世界では、都会の騒音が時折、夜風と一緒に耳へと運ばれる。
光命は書斎机の引き出しに昨日しまった手紙についての記憶を、今デジタルに蘇らせた。
初めて城へと上がったあの日。陛下の執務室から出てくると、一人の男が近づいてきて、名刺を差し出した。
それは出版権を取り扱う団体で、取材をさせてほしいとのことだった。それに応じると、ぜひお願いしたいことがあると言われ、詳しい説明を聞いたあと承諾して、日常生活にちょっとした動きが出てきた。
「あなたのところにもゲームイベントへ、キャラクターのモデルとして参加する旨を問う手紙はきましたか?」
「きた」
ゲームである以上、キャラクターの声優がイベントに出るのが常だが、神さまの世界は違っていた。そのモデルになった人も一緒に出ることになる。つまり、キャラクター一人に対して、二人出演するのだ。
光命は思う。自身は音楽家だ。人前に出ることもあり、それに関しては既に了承済みだが、国家公務員の従兄弟は一般の人間だ。単純に気になった――情報をほしがった。
「あなたはどのように思っているのですか?」
「あまり気は進まんが、出る。お前は?」
「参加させていただきます。私のような人生経験のない者を、モデルにしていただいたお礼をしなくてはいけませんからね」
人前に立つための練習――情報源がめぐってくるかもしれないのなら、光命が出ない理由はなかった。もちろん、神にも感謝をする彼は、嘘も言っていなかった。
夕霧命はシャンパンを少し飲んで、珍しくあきれた顔をする。
「お前が出たら、ファンができそうだ」
自分はないだろうと彼は思う。実際、侍女の女は別として、視線が合った異性などいない。しかし、目の前に座っている従兄弟は違う。
だが、チョコレートをひとかけら入れた中性的な唇が、おどけた感じで微笑んだ。
「陛下や他にも魅力的な男性が参加されますから、私にはどなたも振り向きませんよ」
「お前はいつも謙遜する。街を歩くと、全員振り返ってお前のことを見てる」
興味がないと言うように、光命はチェアにひじをもたれかからせ、遠くの泉で水が落ちる音に耳を傾けた。
「そうですか?」
「そうだ。釘付けという言葉はお前にあるようなもんだ」
「なぜ、そのようなことが起きるのでしょうね?」
「詳しいことはわからないが、お前が人より綺麗だからだ」
紺の髪は肩より長く、質感はしなやかでありながらコシがある。逆三角形の体型は男性的なのに、全体を見ると中性的。神経質でありながら、瞬発力で大胆さを発揮する。
永遠の世界なのに、ガラス細工のような繊細で壊れやすさを持つ。真逆が生み出すギャップ。光命の魅力はそこにあると、夕霧命は思っていた。
「そうですか」
光命は興味がないというように、静かな夏の夜に声を落とした。
「仕事はいかがですか?」
「ぼちぼちだ」
「そうですか」
六百八十七年経たなければ、十九歳にはならない。ゆったりとした時の流れの中でも、お互いの生活は少しずつ変わり始めていた。
「お前は?」
チョコレートをひとつ口の中へ入れて、夕霧命の視線が光命に向かった。社会人として――いやミュージシャンとして誰にも言えないが、従兄弟にだけは伝えたかった。
「こちらの話はここだけにしておいてください」
「わかった」
いつも家にくると、クラシックの旋律が屋敷の庭にまで流れてきて、音符がまるで輪舞曲を踊るようにくるくると回っている。それほど一日中、音楽と戯れている従兄弟は優雅に微笑んで、
「自作のCDを来月に出し、音楽界へデビューします」
そう言う光命はどこまでも冷静だった。浮き足立った気持ちなどない。自分の才能におごり高ぶることも。
世の中には何百億年も生きている大人がいる。この世界は努力するのが当たり前で、数ヶ月しか生きていない若い自分たちがどうやっても追いつけない。だからこそ、謙虚であり続けることができるのだ。
夕霧命ははしばみ色の瞳を細め、珍しく微笑んだ。
「そうか。お前も順調そうだ」
よきライバルとして、切磋琢磨できる関係。光命は優雅な声で、「えぇ」とうなずき、夜空を見上げた。
「神のお陰で好きな仕事にもつけ、日々望む通りに進んでいます」
独特な言い回しに、夕霧命は不思議そうな顔をした。
「教会? には頻繁に行っているのか?」
「いいえ。私は神職ではありませんからね、月に一度や二度です」
紺の長い髪は横へ揺れた。光命に霊感はなかったが、宗教というものが新しい世界には生まれて、神さまに感謝をするという習慣を持っていた。
「そうか」
お手伝いさんには断りを入れている、ふたりきりの誰もこないルーフバルコニー。虫も存在しないこの世界では、都会の騒音が時折、夜風と一緒に耳へと運ばれる。
光命は書斎机の引き出しに昨日しまった手紙についての記憶を、今デジタルに蘇らせた。
初めて城へと上がったあの日。陛下の執務室から出てくると、一人の男が近づいてきて、名刺を差し出した。
それは出版権を取り扱う団体で、取材をさせてほしいとのことだった。それに応じると、ぜひお願いしたいことがあると言われ、詳しい説明を聞いたあと承諾して、日常生活にちょっとした動きが出てきた。
「あなたのところにもゲームイベントへ、キャラクターのモデルとして参加する旨を問う手紙はきましたか?」
「きた」
ゲームである以上、キャラクターの声優がイベントに出るのが常だが、神さまの世界は違っていた。そのモデルになった人も一緒に出ることになる。つまり、キャラクター一人に対して、二人出演するのだ。
光命は思う。自身は音楽家だ。人前に出ることもあり、それに関しては既に了承済みだが、国家公務員の従兄弟は一般の人間だ。単純に気になった――情報をほしがった。
「あなたはどのように思っているのですか?」
「あまり気は進まんが、出る。お前は?」
「参加させていただきます。私のような人生経験のない者を、モデルにしていただいたお礼をしなくてはいけませんからね」
人前に立つための練習――情報源がめぐってくるかもしれないのなら、光命が出ない理由はなかった。もちろん、神にも感謝をする彼は、嘘も言っていなかった。
夕霧命はシャンパンを少し飲んで、珍しくあきれた顔をする。
「お前が出たら、ファンができそうだ」
自分はないだろうと彼は思う。実際、侍女の女は別として、視線が合った異性などいない。しかし、目の前に座っている従兄弟は違う。
だが、チョコレートをひとかけら入れた中性的な唇が、おどけた感じで微笑んだ。
「陛下や他にも魅力的な男性が参加されますから、私にはどなたも振り向きませんよ」
「お前はいつも謙遜する。街を歩くと、全員振り返ってお前のことを見てる」
興味がないと言うように、光命はチェアにひじをもたれかからせ、遠くの泉で水が落ちる音に耳を傾けた。
「そうですか?」
「そうだ。釘付けという言葉はお前にあるようなもんだ」
「なぜ、そのようなことが起きるのでしょうね?」
「詳しいことはわからないが、お前が人より綺麗だからだ」
紺の髪は肩より長く、質感はしなやかでありながらコシがある。逆三角形の体型は男性的なのに、全体を見ると中性的。神経質でありながら、瞬発力で大胆さを発揮する。
永遠の世界なのに、ガラス細工のような繊細で壊れやすさを持つ。真逆が生み出すギャップ。光命の魅力はそこにあると、夕霧命は思っていた。
「そうですか」
光命は興味がないというように、静かな夏の夜に声を落とした。
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