上 下
227 / 967
最後の恋は神さまとでした

従兄弟と仕事と秘密と/1

しおりを挟む
 夜空から流れ落ちる光る滝のように、摩天楼がそびえ立っている。ルーフバルコニーでは、よく冷やされたシャンパンが細長いグラスの中で、小さな泡を打ち上げ花火のようにシュワシュワと弾けさせる。

 庭の奥では地平線がはるか遠くで半円を描いていた。ライトアップされた下で、青々とした生命の息吹を強く感じる草原が、風が吹くたびザワザワと揺れる。新しい手で打たれてゆくチェス盤に、冷静な瞳は落とされていた。

 可能性の数値を測りながら、何手先までも読み切り、神経質な指先は駒をひとつ前のマスへ進ませた。

「夕霧、地球という場所を知っていますか?」
「知っている」

 地鳴りのように低い声は簡潔に答えて、彼の前で駒がひとつ弾かれた。

「そうですか」
「なぜそんなことを聞く?」

 はしばみ色の無感情、無動の瞳は不思議そうに、水色の冷静なそれに上げられた。光命は優雅に微笑みながら――ポーカフェースでこう言った。

気まぐれ・・・・ですよ」

 生まれてやっと半年が経とうとしている夕霧命は、従兄弟の手口が日に日に巧妙になっていくため、おかしいと気づかず、ただ相づちをし、

「そうか。光は興味があるのか?」

 同じ質問をしたが、光命は曖昧な答えを言って、聞き返した――疑問形を投げかけた。

「そうかもしれませんね。あなたはあるのですか?」
「ある」

 相手の番を待っている間、夕霧命はシャンパングラスに手を伸ばし、一口飲んだ。

「なぜですか?」
「人生という修業を、俺もしてみたい」

 ビショップは白いマスへ落とされ、光命はまた疑問形。

「地球へ生まれ出るのですか?」
「それはまだわからんが、守護神の資格は取ろうと思っている」

 そんな話は初耳だったが、光命は素知らぬふりで、まだ疑問形。

「資格とは具体的に、どのようものですか?」
「地上に生まれて死ぬか、それと同等の経験をこの世界でするかが必要だ」

 陛下が決めた新しいルールのひとつ。神々と人々の暮らす世界は違いが多すぎる。それなのに、人の人生を守護し、導くのには無理がある。だから、身をもって体験した者しかなれない。

 未だ気づかず、真っ直ぐ答えてくる従兄弟に、光命は疑問形――罠を仕掛け続ける。

「夕霧はどちらで資格を取るのですか?」
「この世界からいなくなることはできない。だから、後者の方だ」

 光命の冷静な瞳はついっと細められた。

(おかしい――。私たちは十八歳です。十分大人です。ですから、地球へ行かない理由としてはこちらでは少々おかしいです。従って、別の理由がある可能性が99.99%)

 ここまでの思考時間は0.1秒。夕霧命が手を考えている前で、光命の細い足は優雅に組み替えられ、疑問形――これに答えたら、夕霧命の情報が光命に渡る。

「なぜ、いなくなることができないのですか?」
「好きな女ができた――」

 答えてしまった。シャンパングラスを神経質な指先でそっと取り上げ、光命は心の中で密かに祝杯を上げる。

 最近、従兄弟の様子がおかしいと思っていたが、罠を仕掛けた通り情報が出てきた。恋に落ちていたのだった。

    *

 国家機関の中でも、環境整備を担当する組織。その制服は秀美。芸術の才能に富んだ神がデザインしたものだからだ。

 高貴の意味を表す紫。そのマントが初夏の風に威風堂々と翻る。襟元にアクセントとしてつけられた鮮やかな水色――ターコイズブルーのリボンが揺れる。

 上下白の服に、膝までの黒いロングブーツ。腰元には所持義務の細身の剣――レイピアが威厳を持っていた。

 背が高くキリッとしたイケメンの隊長が、ダンディーに微笑む。

紀花きのはな 夕霧命」
「はい」

 呼ばれて、深緑の短髪は前へ進み出た。

「躾隊少将に任命する」
「ありがとうございます」

 夕霧命は丁寧に頭を下げて、自分が元いた場所へ戻った。上官は背丈が百九十センチを超えた、イケメンの隊長だったが、いきなり背が縮んだ。

 五十センチぐらいの小さなバーコード頭の親父に変身して、マイクに自分の背が届かず、ぴょんぴょんと跳ねたり、まわりを落ち着きなく見渡して、助けを求める仕草をし始めた。

「くくく……」

 夕霧命は噛み締めるように笑った。まったく、この世界の大人――いや男どもときたら、率先して笑いを取りにくるのだ。

 どのような状況になろうとも力が抜けていて、明るく前向きに進んでいってしまう。それは、いろいろな経験をしてきた年長者だからできることだと、夕霧命は改めて思った。自分が気にかけている地球では、年齢を重ねると硬くなってしまう人が多いと聞く。なぜそんなことが起きるのかと首を傾げてしまうが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

処理中です...