上 下
157 / 967
リレーするキスのパズルピース

同僚と恋人/13

しおりを挟む
「なぜ、そんなことを聞く?」

 水色の瞳はついっと細められて、細く神経質な人差し指は軽く曲げられ、あごに当てられた。それは思考時のポーズ。そして、遊線が螺旋を描く声が自分の頭の中にある物事を、そのまま現実という空気になじませた。

「答えないということは、全員に伝えていないという可能性が99.99%」

 蓮の鋭利なスミレ色の瞳から、紺の長い髪を持つ夫は消え失せ、店員のイルカが後片づけをしている背中に移動した。

「…………」

 愛している男の言動など、全て冷静な頭脳の中にデータ化済み。

「返事を返してこないということは、100%、事実として確定です。どなたに伝えていないのですか?」

 光命の質問は冷酷無情に続いてゆく。じわりじわりと、袋小路デットエンドに追いつめていくように。

 言葉を自由に操り流暢に話す、光命。
 彼とは逆に、最低限の言葉、しかも相手に通じてなかろうが、何だろうが、ゴーイングマイウェイで返す、蓮。

 観念して、蓮は話し始めたが、

「あれに……」

 途中でイライラという火山が噴火して、天にスカーンと抜けるような怒鳴り声を上げた。

「伝えることはお前には関係ないだろう!」

 激情の獣を飼っていようと、そんなもの、今はデジタルに抑え込める。恐れもせず、いやそれどころか瞬間凍結させるような面持ちになり、水色の瞳は氷の刃に取って代わった。

「あるではありませんか? あなたと私はもう同僚でも恋人でもありません」

 蓮は気まずそうに視線を外し、ナプキンを一度持ち上げ、ポイッとテーブルの上に投げ置いた。暴言に近い言葉を言ってしまった唇に手を当て、鋭利なスミレ色は少しだけ陰りを見せた。

「…………」
「反省しているのでしたら、独健に伝えてきてください」

 ループで、あのひまわり色の短髪と、はつらつとした若草色の瞳を持つ男に話が戻っていった。唇に当てていた手をといて、蓮は不思議そうに光命の顔を見つめる。

「なぜ、あいつだとわかった?」

 光命は紅茶を一口飲んで、デジタル頭脳で長々と的確に説明を始めた。

「あなたの今から四つ前の言葉で、『あれに』と言いました。単数形です。従って、ひとりに伝えていないという可能性が99.99%。そうなると、最後に加わった、独健であるという可能性が78.98%。ですが、これらの可能性は、今あなたが疑問形で認めたので、100%、確定です」

 蓮は光命とは反対側の店のカウンターキッチンを眺めた。

「…………」

 それが何を意味しているか、光命は知っている、夫なのだから。

「図星でしたら、今すぐ行って、彼に愛していると伝えてきてください」

 本番前の貴重な時。今は目の前にいる光命との時間を楽しんでいる。そこに別の男の話。蓮の綺麗な顔は怒りで歪んだ。

「なぜ、今、俺をあいつのところへ行かせようとする?」

 この鋭利なスミレ色の瞳で、人混みをモーセが海を割いたがごとく、他の人々を両脇に寄せさせて、平気で歩いてゆく蓮。だったが、光命も負けず劣らず、猛吹雪を感じさせるほど冷たい瞳で見つめ返した。

「あなたは私に先ほど愛していると言われて、どのように想いましたか?」

 光命にとうとう言いくるめられた蓮は唇を噛みしめながら、小さく吐息だけもらした。

「…………」

 激情という名の感情を持つ人らしく、光命は誰に対しても優しかった。冷静な頭脳という盾がそれを隠しているだけで。

「あなたの中に生まれた幸せと愛を、彼にもすぐに差し上げてください」
「ん」

 蓮は最低限この上なくうなずくと、残っていたショコラッテを飲んだ。その隣で、光命の手に鈴色をした円の中で、時を刻む懐中時計が現れた。

(十六時五十九分十一秒)

 目の間にいるアーティストのコンサートは十八時スタート。

「開演一時間前を切ります。ですから、必要でしたら魔法で時を止めてでも、彼のところへ行ってきてください」
「使う」

 口元を潔癖症らしく拭いて、蓮は立ち上がろうとした。その横顔に、光命の遊線が螺旋を描く声が続きという引き止めをする。

「それから……」
「まだあるのか?」
「一旦、家へ戻ってきてください」

 独健のところに行けと言っていたのに、戻ってこいと言う。蓮が首を傾げると、銀の長い前髪がさらっと落ちて、両目があらわになった。

「ん?」

 あごに当てていた手をといて、光命は優雅に微笑んだ。

「いつものことがあるかもしれませんからね」

 事件の匂いが思いっきりしていた。だが、愛している男の隠した表現。それは、そこに何らかの意図があってしている時。蓮は短く大人しくうなずいた。何を言っても、今の光命から真相は聞き出せないとわかっていて。

「ん」
「それでは、またあとで会いましょう」

 光命が言うと、ふたりは席から立ち上がった。慣れた感じで、瞬間移動で店からいなくなる。代金を支払わず、白のカットソーと薄茶のトレンチコートは消え去った。ディーバ ラスティン サンディルガーのサイン入りCDを代価として、テーブルの上に残して。

 後片づけにきたイルカの店員は、CDを見つけて目を輝かせた。ピューッと慌ててテーブルから離れていく。店長にそれを手渡すと、すぐに店のBGMはR&Bのグルーブ感に包まれた。

 奥行きがあり少し低めの独特の音階を、アナログチックな声帯という楽器で奏でる曲に、店にいる客たちは思わず歓喜のため息をもらした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

処理中です...