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リレーするキスのパズルピース
同僚と恋人/10
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修羅場になるだろう。文句のひとつも出てくるだろう。しかし、蓮の綺麗な唇から出てきたのは、たった一言。
「ん」
驚きもしない。問い詰めることもしない。否定もしない。ただの肯定。同じ女をふたりの男が愛している。そんなことが、穏やかな雰囲気で平然と受け入られる。ここはそんな世界だった。
人を愛すること。それは相手を想いやること。
嫉妬をすること。それは自己中心的になること。
よく考えてみればわかる。自分側からしか見れなくなった時に人は嫉妬をする。自身を犠牲にしてでも、愛する人を守りたい。大切にしたい。それとは真逆の感情。
嫉妬しているから、愛しているは間違っている。この世界では、この考えが常識だった。それが理解できない人は、ここに存在することは、やはり神から赦されていない。
同じ女を愛する。そこには、一種の絆が存在していた。冷静な水色の瞳にはまず最初に、自分の結婚指輪が映り、次は蓮の指にある同じものを見つめた。そうして、遊線が螺旋を描く優雅な声が問いかけた。
「なぜ、あなたは私と結婚しようと決心したのですか?」
「俺が生まれる前から、あれはお前を好きでいた。心の中で考えていることは、俺たちには筒抜けだ。いくらあれが人に気持ちを隠そうと、お前を想っていたのは知っていた。それを叶えてやっただけだ」
愛している女が他の男を好きでいる。だが、自分を愛しているのも確か。ここにも存在していた、愛の重複が。何本も引かれた恋情という軌跡。それは、ひとつは回収され、他は悲恋の傷跡を引き続けた。
消え失せることもなく、色褪せることもなく、どこまでも叶わないまま進んでゆく未来。誰もがそう思っていた。だが、様々な人を通して奇跡が起き、未来の形は変わったのだ。
口にしなくても、女の心の声が聞き取れる。この世界にいる大人たちなら、全員。陛下からの命令がなかったら、光命はその女には出会わなかっただろう。その女が自分を愛していることなども気づかず、月日は過ぎていっただろう。今の結婚もなかっただろう。
だが、まだ話は終わっておらず、光命は言葉を続けた。
「ですが、あなたが結婚するたび、マスコミ関係はお騒ぎです」
「ん」
蓮はただうなずいただけだった。
「式場の前にテレビカメラやリポーターが陣取ってしまい、招待客が身動きが取れなくなるのです。式が終了後に取材がすぐに始まってしまうために」
普通に芸能人が結婚しても、そうなるだろう。それが、貴重な結婚だったらなおさらである。蓮は苛立たしげに首を横に振って、コップの水を心のイライラを洗い流すように飲んだ。
「それは事務所に止めるように言ったが、陛下から圧力がかかった」
国の一番偉い人からの阻止。光命の優雅な笑みがすうっと消え、珍しく真顔になった。
「なぜですか?」
「俺たちのことを世の中に広めたいというお考えだそうだ。だから、マスコミを通して、他のやつらに伝えるために、俺が結婚するたび取材はくるようになっている。俺が広告塔だ。さっき、謁見の間に呼び出された」
自分たちのプライベートが、性癖が他人に知られる。夕霧命とキスする時でさえ、あんなに思い悩み、涙まで流した光命は、組んでいた紫のロングブーツをすうっとといた。
「そうですか」
夫が悩んでいることなど、夫として当然知っている。だから、蓮は迷い悩んで、本番前でも事務所へ瞬間移動してきたのだ。愛する男の神経質な頬に涙が伝うのは、何としても止めたかった、蓮は。だから、言葉を言おうとしたが、
「お前が断るなら――」
光命は途中でさえぎった。
「そちらはご命令ですか? それとも、おうかがいですか?」
「おうかがいだったが、ほぼご命令だ」
陛下はご期待されていた様子だった。ここは帝国。皇帝陛下からの命令。感情はデジタルに切り捨て、光命は冷静な水色の瞳に、蓮をただただ映していた。
「そちらでは、私たちに拒否権はありません。ですから、従うしかありません。ですが、陛下は強くお優しい方です。従って、世の中の方々が今以上に幸せになる可能性が高いと判断され、命令を下されたのかもしれませんよ」
陛下はいつだって、そうだった。自分のことではなく、平民のことを一番に考える人物。それは、この世界に住んでいる人なら誰でも知っている。そうでなくては、ついてくる人などいなくなる。誰もが尊敬できる。そんな人だからこそ、おうかがいだったとしても、従いたいと願うのだ、下にいる人たちは。
自分と同じ銀の髪。その意味を抜かしても、蓮も同意見だった。
「ん」
話は一旦途切れた。店の穏やかで明るいBGM。人々の話し声。食器のぶつかる音。それを優しく包み込むベールのような潮騒。寄せては返す波というリズムを刻み、音楽家ふたりの耳に創造力のギフトを贈ってくる。
濃い紫のロングブーツは優雅に組まれ、紺の長い髪は神経質な指先で耳にかけられた。結婚指輪をした手は、ティーカップの取っ手にそっと絡みつき、ベルガモットとシナモンの香りに酔いしれ、紅茶のストレートが輪郭をはっきりとさせ、苦味というSMチックな刺激に身を任す。
黒のショートブーツは闇色が濃くなり始めたガラス窓に、足を組むという動きを映し出す。繊細な手がたった数本乱れた髪を、潔癖症という名の厳格さで、窓を鏡の代わりにして、スースーと直した。満足がいくほどの完璧がやってくると、未だに結露のできないショコラッテのストローに口をつけて、激甘のオアシスでひとときの休憩。
天井からの様々な青。冷静な水色の瞳にそれを宿し、まるで光のスコールでも浴びるようにまぶたを閉じた。そして、目の前にいる男の匂いで、優しく起こされたようにまぶたをそっと開ける。
「ん」
驚きもしない。問い詰めることもしない。否定もしない。ただの肯定。同じ女をふたりの男が愛している。そんなことが、穏やかな雰囲気で平然と受け入られる。ここはそんな世界だった。
人を愛すること。それは相手を想いやること。
嫉妬をすること。それは自己中心的になること。
よく考えてみればわかる。自分側からしか見れなくなった時に人は嫉妬をする。自身を犠牲にしてでも、愛する人を守りたい。大切にしたい。それとは真逆の感情。
嫉妬しているから、愛しているは間違っている。この世界では、この考えが常識だった。それが理解できない人は、ここに存在することは、やはり神から赦されていない。
同じ女を愛する。そこには、一種の絆が存在していた。冷静な水色の瞳にはまず最初に、自分の結婚指輪が映り、次は蓮の指にある同じものを見つめた。そうして、遊線が螺旋を描く優雅な声が問いかけた。
「なぜ、あなたは私と結婚しようと決心したのですか?」
「俺が生まれる前から、あれはお前を好きでいた。心の中で考えていることは、俺たちには筒抜けだ。いくらあれが人に気持ちを隠そうと、お前を想っていたのは知っていた。それを叶えてやっただけだ」
愛している女が他の男を好きでいる。だが、自分を愛しているのも確か。ここにも存在していた、愛の重複が。何本も引かれた恋情という軌跡。それは、ひとつは回収され、他は悲恋の傷跡を引き続けた。
消え失せることもなく、色褪せることもなく、どこまでも叶わないまま進んでゆく未来。誰もがそう思っていた。だが、様々な人を通して奇跡が起き、未来の形は変わったのだ。
口にしなくても、女の心の声が聞き取れる。この世界にいる大人たちなら、全員。陛下からの命令がなかったら、光命はその女には出会わなかっただろう。その女が自分を愛していることなども気づかず、月日は過ぎていっただろう。今の結婚もなかっただろう。
だが、まだ話は終わっておらず、光命は言葉を続けた。
「ですが、あなたが結婚するたび、マスコミ関係はお騒ぎです」
「ん」
蓮はただうなずいただけだった。
「式場の前にテレビカメラやリポーターが陣取ってしまい、招待客が身動きが取れなくなるのです。式が終了後に取材がすぐに始まってしまうために」
普通に芸能人が結婚しても、そうなるだろう。それが、貴重な結婚だったらなおさらである。蓮は苛立たしげに首を横に振って、コップの水を心のイライラを洗い流すように飲んだ。
「それは事務所に止めるように言ったが、陛下から圧力がかかった」
国の一番偉い人からの阻止。光命の優雅な笑みがすうっと消え、珍しく真顔になった。
「なぜですか?」
「俺たちのことを世の中に広めたいというお考えだそうだ。だから、マスコミを通して、他のやつらに伝えるために、俺が結婚するたび取材はくるようになっている。俺が広告塔だ。さっき、謁見の間に呼び出された」
自分たちのプライベートが、性癖が他人に知られる。夕霧命とキスする時でさえ、あんなに思い悩み、涙まで流した光命は、組んでいた紫のロングブーツをすうっとといた。
「そうですか」
夫が悩んでいることなど、夫として当然知っている。だから、蓮は迷い悩んで、本番前でも事務所へ瞬間移動してきたのだ。愛する男の神経質な頬に涙が伝うのは、何としても止めたかった、蓮は。だから、言葉を言おうとしたが、
「お前が断るなら――」
光命は途中でさえぎった。
「そちらはご命令ですか? それとも、おうかがいですか?」
「おうかがいだったが、ほぼご命令だ」
陛下はご期待されていた様子だった。ここは帝国。皇帝陛下からの命令。感情はデジタルに切り捨て、光命は冷静な水色の瞳に、蓮をただただ映していた。
「そちらでは、私たちに拒否権はありません。ですから、従うしかありません。ですが、陛下は強くお優しい方です。従って、世の中の方々が今以上に幸せになる可能性が高いと判断され、命令を下されたのかもしれませんよ」
陛下はいつだって、そうだった。自分のことではなく、平民のことを一番に考える人物。それは、この世界に住んでいる人なら誰でも知っている。そうでなくては、ついてくる人などいなくなる。誰もが尊敬できる。そんな人だからこそ、おうかがいだったとしても、従いたいと願うのだ、下にいる人たちは。
自分と同じ銀の髪。その意味を抜かしても、蓮も同意見だった。
「ん」
話は一旦途切れた。店の穏やかで明るいBGM。人々の話し声。食器のぶつかる音。それを優しく包み込むベールのような潮騒。寄せては返す波というリズムを刻み、音楽家ふたりの耳に創造力のギフトを贈ってくる。
濃い紫のロングブーツは優雅に組まれ、紺の長い髪は神経質な指先で耳にかけられた。結婚指輪をした手は、ティーカップの取っ手にそっと絡みつき、ベルガモットとシナモンの香りに酔いしれ、紅茶のストレートが輪郭をはっきりとさせ、苦味というSMチックな刺激に身を任す。
黒のショートブーツは闇色が濃くなり始めたガラス窓に、足を組むという動きを映し出す。繊細な手がたった数本乱れた髪を、潔癖症という名の厳格さで、窓を鏡の代わりにして、スースーと直した。満足がいくほどの完璧がやってくると、未だに結露のできないショコラッテのストローに口をつけて、激甘のオアシスでひとときの休憩。
天井からの様々な青。冷静な水色の瞳にそれを宿し、まるで光のスコールでも浴びるようにまぶたを閉じた。そして、目の前にいる男の匂いで、優しく起こされたようにまぶたをそっと開ける。
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