142 / 967
リレーするキスのパズルピース
従兄弟と男/6
しおりを挟む
泣いていても、優雅さは消え失せることはなく、濃い紫のロングブーツはエレガントに組まれたままだった。
(しかしながら、未練という泉から出ることはできませんでした。ルールはルールです。決まりは決まりです。そちらは守らなければいけません。ですが、何度、あなたへの想いを追い出そうしても、追い出すどころか……。私の中の激情の獣を暴れさせ、悲恋という傷跡をつけていった。それでも、私は冷静さで自身の欲情を抑えてきました)
泣き止む気配のない光命。夕霧命はとうとう力強く抱き寄せた。小さい時からしていた男の匂い。それが今は、性的なフレグランスを色濃くして、すぐ近くで捕まえて、捕まえられた。
夕霧命は自分の胸の中で、寒さに凍えるように肩を震わせて泣いている男の、苦悩の日々を振り返る。
自分と違って感情を持つ男。
だからこそ、自分の居場所もわからなくなるほど、激情の濁流に飲み込まれる日がどれだけあったのか。それでも、新しい朝はやってきて、仕事も生活もしなくてはいけない。平気なふりをして、ポーカフェイスで必死に生きてきただろう、光命は。
(俺はただ見守っていた。お前が望まんことは絶対にせん。だから、お互いの気持ちに気づいても、言わんかった)
絶対不動、沈着。それを持つ夕霧命。彼の匂いと腕の温もり。それが、涙で熱くなっていた頬の熱を冷ましてゆく。光命はまぶたをそっと閉じ、袴の白に無防備に身を任せた。
(あなたの鼓動を耳元で聞きながら、昼寝で見る淡く甘美な夢。私を恍惚とさせる、あなたの男性的な香気。めまいという断崖絶壁に立ち、堕ちてゆく無我の境地。全ては、遠い昔から望んでいた無窮の蜃気楼。ですが、今は私のそばにある、真実の愛)
夕霧命はどこか遠い目をしながら、光命の内側を武術の技でじっと見つめる。
(俺はお前のために生きている。俺はお前を守るためにいる。俺はお前を愛するためにいる)
他の人たちが立ち止まって、不思議そうな顔をする。首を傾げながら去ってゆく。そんなことが繰り返されていることなど、今の夕霧命と光命にとってはどうでもいいことだった。
だがしかし、奇跡はやってきたのだ、意外な形で、思いも寄らない場所から。ビュービューとふたりを引き離そうと吹き荒れていた、悲恋の嵐はもう去ったのだ。夕霧命と光命の心は今、彼らの頭上に広がっている青空のようにどこまでも晴れ渡っていた。
神経質な頬を伝っていた涙は、もう完全に乾いていた。愛している男の腕の中で、ある男女ふたりの面影を、冷静な頭脳の浅い部分に引き上げた。そうして、優雅な笑みは復活。
(……私はもう赦されたのです。彼らによって……。ですから、私はあなたに素直に伝えましょう)
白い袴の胸に埋もれていた紺の長い髪は、乱れを細い指先で直しながら起き上がった。夕霧命の芸術的な技を生み出す手はそっと添えられていたが、今ここが外で、人の目があることに気づいて、ゆっくりと自分の元へ引き戻した。
光命の瞳からは愁いという影は消え去り、冷静さと陽だまりのような穏やかさがにじみ出ていた。この男が、こんな表情をするようになったのは最近だ。それまでは、突き放すような冷たさ。激情という灼熱。両極の間で揺れ動き続けていた。それが、今はバランスを絶妙にたもち、新しい人生を歩み始めている。
夕霧命の切れ長な瞳は自然と細められて笑みがもれた。光命はまるで一輪の赤いバラを手に持ち、愛する人へそれを純粋な気持ちを持って送るように、冷静な水色の瞳で見つめ返した。
「夕霧、約束してください」
「何だ?」
昔から変わらず、地鳴りのような低さがある声が返ってくると、ふたりのまわりにあった音と視線が全て消え去った気がした。
光命はまるでプロポーズした女性の手に指輪をつけるように、夕霧命の手を握った。
「今から、私がいいと言うまで、私の話を黙って聞くと。よろしいですか?」
自分の身を捧げてもいいと。自分の人生をかけてもいいと。そう思う男からの願い。夕霧命の返事はもう決まっていた。
「構わん、聞く」
合気の達人のもうひとつの手は、足をそろえて座っている紺の袴の上に行儀よく乗せられた。
海のような青が突き抜ける空。そこを時々、春風という独特のリズム、マズルカに乗って踊る桜の花びら。
それらに包み込まれた男ふたりのベンチの上で、手というボディータッチが繰り広げられる。
結婚指輪をした細く神経質な左手は、夕霧命の深緑の頭を優しくなでた。
「そよ風に吹かれたように、私の頬に寄り添うあなたの髪を愛している」
冷静な水色の瞳と無感情、無動のはしばみ色の瞳は一直線に交わった。
「私の身を焦がすほど熱くする、あなたの瞳を愛している」
夕霧命の凛々しい頬を、ピアニストの左手がすうっとなぞる。
「エクスタシーという海へ誘う、あなたの素肌を愛している」
袴の白が交わる少し上を、愛おしそうにさする。
「私に媚薬という響きを与える、あなたの声を愛している」
(しかしながら、未練という泉から出ることはできませんでした。ルールはルールです。決まりは決まりです。そちらは守らなければいけません。ですが、何度、あなたへの想いを追い出そうしても、追い出すどころか……。私の中の激情の獣を暴れさせ、悲恋という傷跡をつけていった。それでも、私は冷静さで自身の欲情を抑えてきました)
泣き止む気配のない光命。夕霧命はとうとう力強く抱き寄せた。小さい時からしていた男の匂い。それが今は、性的なフレグランスを色濃くして、すぐ近くで捕まえて、捕まえられた。
夕霧命は自分の胸の中で、寒さに凍えるように肩を震わせて泣いている男の、苦悩の日々を振り返る。
自分と違って感情を持つ男。
だからこそ、自分の居場所もわからなくなるほど、激情の濁流に飲み込まれる日がどれだけあったのか。それでも、新しい朝はやってきて、仕事も生活もしなくてはいけない。平気なふりをして、ポーカフェイスで必死に生きてきただろう、光命は。
(俺はただ見守っていた。お前が望まんことは絶対にせん。だから、お互いの気持ちに気づいても、言わんかった)
絶対不動、沈着。それを持つ夕霧命。彼の匂いと腕の温もり。それが、涙で熱くなっていた頬の熱を冷ましてゆく。光命はまぶたをそっと閉じ、袴の白に無防備に身を任せた。
(あなたの鼓動を耳元で聞きながら、昼寝で見る淡く甘美な夢。私を恍惚とさせる、あなたの男性的な香気。めまいという断崖絶壁に立ち、堕ちてゆく無我の境地。全ては、遠い昔から望んでいた無窮の蜃気楼。ですが、今は私のそばにある、真実の愛)
夕霧命はどこか遠い目をしながら、光命の内側を武術の技でじっと見つめる。
(俺はお前のために生きている。俺はお前を守るためにいる。俺はお前を愛するためにいる)
他の人たちが立ち止まって、不思議そうな顔をする。首を傾げながら去ってゆく。そんなことが繰り返されていることなど、今の夕霧命と光命にとってはどうでもいいことだった。
だがしかし、奇跡はやってきたのだ、意外な形で、思いも寄らない場所から。ビュービューとふたりを引き離そうと吹き荒れていた、悲恋の嵐はもう去ったのだ。夕霧命と光命の心は今、彼らの頭上に広がっている青空のようにどこまでも晴れ渡っていた。
神経質な頬を伝っていた涙は、もう完全に乾いていた。愛している男の腕の中で、ある男女ふたりの面影を、冷静な頭脳の浅い部分に引き上げた。そうして、優雅な笑みは復活。
(……私はもう赦されたのです。彼らによって……。ですから、私はあなたに素直に伝えましょう)
白い袴の胸に埋もれていた紺の長い髪は、乱れを細い指先で直しながら起き上がった。夕霧命の芸術的な技を生み出す手はそっと添えられていたが、今ここが外で、人の目があることに気づいて、ゆっくりと自分の元へ引き戻した。
光命の瞳からは愁いという影は消え去り、冷静さと陽だまりのような穏やかさがにじみ出ていた。この男が、こんな表情をするようになったのは最近だ。それまでは、突き放すような冷たさ。激情という灼熱。両極の間で揺れ動き続けていた。それが、今はバランスを絶妙にたもち、新しい人生を歩み始めている。
夕霧命の切れ長な瞳は自然と細められて笑みがもれた。光命はまるで一輪の赤いバラを手に持ち、愛する人へそれを純粋な気持ちを持って送るように、冷静な水色の瞳で見つめ返した。
「夕霧、約束してください」
「何だ?」
昔から変わらず、地鳴りのような低さがある声が返ってくると、ふたりのまわりにあった音と視線が全て消え去った気がした。
光命はまるでプロポーズした女性の手に指輪をつけるように、夕霧命の手を握った。
「今から、私がいいと言うまで、私の話を黙って聞くと。よろしいですか?」
自分の身を捧げてもいいと。自分の人生をかけてもいいと。そう思う男からの願い。夕霧命の返事はもう決まっていた。
「構わん、聞く」
合気の達人のもうひとつの手は、足をそろえて座っている紺の袴の上に行儀よく乗せられた。
海のような青が突き抜ける空。そこを時々、春風という独特のリズム、マズルカに乗って踊る桜の花びら。
それらに包み込まれた男ふたりのベンチの上で、手というボディータッチが繰り広げられる。
結婚指輪をした細く神経質な左手は、夕霧命の深緑の頭を優しくなでた。
「そよ風に吹かれたように、私の頬に寄り添うあなたの髪を愛している」
冷静な水色の瞳と無感情、無動のはしばみ色の瞳は一直線に交わった。
「私の身を焦がすほど熱くする、あなたの瞳を愛している」
夕霧命の凛々しい頬を、ピアニストの左手がすうっとなぞる。
「エクスタシーという海へ誘う、あなたの素肌を愛している」
袴の白が交わる少し上を、愛おしそうにさする。
「私に媚薬という響きを与える、あなたの声を愛している」
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?
さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。
私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。
見た目は、まあ正直、好みなんだけど……
「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」
そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。
「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」
はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。
こんなんじゃ絶対にフラれる!
仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの!
実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる