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リレーするキスのパズルピース

従兄弟と男/6

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 泣いていても、優雅さは消え失せることはなく、濃い紫のロングブーツはエレガントに組まれたままだった。

(しかしながら、未練という泉から出ることはできませんでした。ルールはルールです。決まりは決まりです。そちらは守らなければいけません。ですが、何度、あなたへの想いを追い出そうしても、追い出すどころか……。私の中の激情の獣を暴れさせ、悲恋という傷跡をつけていった。それでも、私は冷静さで自身の欲情を抑えてきました)

 泣き止む気配のない光命。夕霧命はとうとう力強く抱き寄せた。小さい時からしていた男の匂い。それが今は、性的なフレグランスを色濃くして、すぐ近くで捕まえて、捕まえられた。

 夕霧命は自分の胸の中で、寒さに凍えるように肩を震わせて泣いている男の、苦悩の日々を振り返る。

 自分と違って感情を持つ男。

 だからこそ、自分の居場所もわからなくなるほど、激情の濁流に飲み込まれる日がどれだけあったのか。それでも、新しい朝はやってきて、仕事も生活もしなくてはいけない。平気なふりをして、ポーカフェイスで必死に生きてきただろう、光命は。

(俺はただ見守っていた。お前が望まんことは絶対にせん。だから、お互いの気持ちに気づいても、言わんかった)

 絶対不動、沈着。それを持つ夕霧命。彼の匂いと腕の温もり。それが、涙で熱くなっていた頬の熱を冷ましてゆく。光命はまぶたをそっと閉じ、袴の白に無防備に身を任せた。

(あなたの鼓動を耳元で聞きながら、昼寝シエスタで見る淡く甘美な夢。私を恍惚こうこつとさせる、あなたの男性的な香気こうき。めまいという断崖絶壁に立ち、ちてゆく無我の境地。全ては、遠い昔から望んでいた無窮むきゅう蜃気楼しんきろう。ですが、今は私のそばにある、真実の愛)

 夕霧命はどこか遠い目をしながら、光命の内側を武術の技でじっと見つめる。

(俺はお前のために生きている。俺はお前を守るためにいる。俺はお前を愛するためにいる)

 他の人たちが立ち止まって、不思議そうな顔をする。首を傾げながら去ってゆく。そんなことが繰り返されていることなど、今の夕霧命と光命にとってはどうでもいいことだった。

 だがしかし、奇跡はやってきたのだ、意外な形で、思いも寄らない場所から。ビュービューとふたりを引き離そうと吹き荒れていた、悲恋の嵐はもう去ったのだ。夕霧命と光命の心は今、彼らの頭上に広がっている青空のようにどこまでも晴れ渡っていた。

 神経質な頬を伝っていた涙は、もう完全に乾いていた。愛している男の腕の中で、ある男女ふたりの面影を、冷静な頭脳の浅い部分に引き上げた。そうして、優雅な笑みは復活リバイバル

(……私はもう赦されたのです。彼らによって……。ですから、私はあなたに素直に伝えましょう)

 白い袴の胸に埋もれていた紺の長い髪は、乱れを細い指先で直しながら起き上がった。夕霧命の芸術的な技を生み出す手はそっと添えられていたが、今ここが外で、人の目があることに気づいて、ゆっくりと自分の元へ引き戻した。

 光命の瞳からは愁いという影は消え去り、冷静さと陽だまりのような穏やかさがにじみ出ていた。この男が、こんな表情をするようになったのは最近だ。それまでは、突き放すような冷たさ。激情という灼熱。両極の間で揺れ動き続けていた。それが、今はバランスを絶妙にたもち、新しい人生を歩み始めている。

 夕霧命の切れ長な瞳は自然と細められて笑みがもれた。光命はまるで一輪の赤いバラを手に持ち、愛する人へそれを純粋な気持ちを持って送るように、冷静な水色の瞳で見つめ返した。

「夕霧、約束してください」
「何だ?」

 昔から変わらず、地鳴りのような低さがある声が返ってくると、ふたりのまわりにあった音と視線が全て消え去った気がした。

 光命はまるでプロポーズした女性の手に指輪をつけるように、夕霧命の手を握った。

「今から、私がいいと言うまで、私の話を黙って聞くと。よろしいですか?」

 自分の身を捧げてもいいと。自分の人生をかけてもいいと。そう思う男からの願い。夕霧命の返事はもう決まっていた。

「構わん、聞く」

 合気の達人のもうひとつの手は、足をそろえて座っている紺の袴の上に行儀よく乗せられた。

 海のような青が突き抜ける空。そこを時々、春風という独特のリズム、マズルカに乗って踊る桜の花びら。

 それらに包み込まれた男ふたりのベンチの上で、手というボディータッチが繰り広げられる。

 結婚指輪をした細く神経質な左手は、夕霧命の深緑の頭を優しくなでた。

「そよ風に吹かれたように、私の頬に寄り添うあなたの髪を愛している」

 冷静な水色の瞳と無感情、無動のはしばみ色の瞳は一直線に交わった。

「私の身をがすほど熱くする、あなたの瞳を愛している」

 夕霧命の凛々しい頬を、ピアニストの左手がすうっとなぞる。

「エクスタシーという海へいざなう、あなたの素肌を愛している」

 袴の白が交わる少し上を、愛おしそうにさする。

「私に媚薬びやくという響きを与える、あなたの声を愛している」
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