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リレーするキスのパズルピース

武術と三百億年/8

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 指笛やメガフォンで騒いでいる人々の中で、解説者の達人が、なぜ夕霧命が敗退してしまったのかの理由を、年輪を感じさせる声で混じり込ませる。

「掛け声はの、嘘でやっとったんじゃ、緑のくまさんは。武術の基本中の基本じゃ。掛け声をかけると、りきんで隙だらけになるという教えは。夕霧命がそれを忘れおったのじゃ。若いからの、心理戦で負けおったの。しかも、次回の作戦を立てる情報まで引き出されたんじゃ、緑のくまさんを始めとする参加者全員にの。修業をもっと積んで、また三年後じゃ」

 通路の向こうからもれる光がまるで陽炎かげろうのように、夕霧命の後ろ姿はゆらゆらと歩いていたが、スッと左へ曲がると、三年後に向けての修業の日々に旅立った。

    *

 血のように真っ赤に染まる空。押しつぶされそうな黒い雲が立ち込める。その合間を、縦横無尽じゅうおうむじんに青白い閃光せんこうが走る。不気味な空を縦に割るように、遠くの地面に落雷し、少し遅れて雷鳴が地響きのように迫ってきた。

 白と紺の袴が静かに佇む。草履の下はひどくひび割れた乾いた大地。しかも、それは地の底から切り立っている破壊、崩壊という名の塔がピタリとくる。デコボコの円を描く限られた、高い場所にある地面。少しでも足を踏み外せば、グツグツと煮えたぎるマグマの海という奈落の底へ落ちてゆくしかない運命。

(正中線。腸骨筋。腸腰筋。足裏の意識を高める……。縮地)

 腰に差したままの日本刀の柄に手をかけながら、土煙ひとつ上げずに、鉄の塊が猛スピード動く破壊力を持って、夕霧命の袴は駆け抜けてゆく。砂色の布に包まれたお弁当箱を地面に残したまま。腕をほとんど動かさず、足だけで目に止まらぬ速さで進む。

 あと一歩踏み出せば、マグマの海に真っ逆さまに落ちるという時、すぐ近くの地面に落雷がギザギザの縦線を描きながら、

 ズバーンッッ!!!!

 体をビリビリに破いてしまうような強烈な音が響き渡ったが、動じることもなく、夕霧命は強く地面を蹴りつけ、すうっと斜め上に向かって飛び上がる。暗雲をはい回る雷光の龍がどんどん近づいてくる。だが、ブラックアウトがすうっと起こった。足音ひとつ立てず、別の塔の地面の上に立っていた。

 さっき自分がいた地面ははるか後方にある。現れた途端、日本刀を鞘から抜きざまに、左下から右上へ切りつける動きをする。ビュッという空気が咆哮ほうこうするような切る音が響く。まるで空に浮かぶ暗雲を断ち割るような勢いで。

(どうすれば、変えられる……。どうすれば捕まらない?)

 無感情、無動の瞳は身じろぎひとつせず、急に現れた敵を次々に切ってゆく。無住心剣流という、たったふたつの動きを使って。本物の刃物――武器。刃元が相手にぶつかると、悲鳴も上げずに消えてゆく。

 殺傷能力のある武器を手にして、自分へ息つく暇なく刃先を向けてくる敵を迎え撃つ。

(武器の重みだけで下ろす)

 上げたままの日本刀を下へ押し切りする要領で、敵を切りつけてゆく。右手で剣を扱い、左手では合気をこなす。

(くる。左、殺気)

 剣を頭上高くに構えたままの敵が、猛スピードで入り込んでくる。間合いがゼロになるまで、他の敵を倒しながらただただ待ち続ける。

(相手の呼吸に合わせる。相手の操れる支点を奪う)

 敵がジャンプして、真上から脳天めがけて剣を振り下ろし始めた。無感情、無動の瞳に武器がどんどん大きくなってゆく。それでも、まぶたを閉じることもなく、他の敵の対処もしながら着実に技をかける。

(敵の武器を奪う。相手の呼吸に合わせる。相手の手の支点を奪う)

 敵の刃物が深緑色の髪に触れる刹那、背をそらして、武器の到着地点を遅らせ、白の袴の袖は刃先の軌跡きせきをさけて、艶やかに揺れ動き、節々のはっきりとした手が相手のそれに触れると同時に、技の仕上げにかかる。

(テコの原理でバランスを崩す。奪った支点を肩甲骨まわりで回す。合気)

 全てがスローモーションになった。

(相手の手の動きが封じられる)

 振り下ろされていた武器が当初の動きから大きくはずれ出した。その背後の遠い場所に、すっと人が現れた。それは山吹色のボブ髪と宝石のように異様に輝く黄緑色の瞳の持ち主。

(相手の手の力が抜ける。武器が落ちてくる)

 自分へ向かって、敵の剣の柄が、まるで芸術というように落下してきた。夕霧命の体が勝手に反応する、次の動きの準備のために。

(武器と自分の正中線を合わせる。左の肩甲骨の意識を高める。武器を奪う)

 艶やかに武器が自分の手に移ってきた。それでも、敵はまだまだ自分のまわりを囲んでいる。孤独な侍のように見える夕霧命の正中線という気の流れが、きっちり縦に一本通った端麗な後ろ姿。

 ピンクの細身のズボンとラフな白のシャツは、ふわふわと上空に浮いたまま。それに気づかないのか、夕霧命は二刀流になって少し経ったところで、ふと動きを止めた。すると、不思議なことに、自分を取り囲んでいた敵が風で散らされた煙のように消え去った。

(縮地……。瞬間移動……?)

 奪った武器は上空へバッと投げられると同時に、瞬間移動で消え去った。そして、さっきと同じように、土煙ひとつ上げずに、夕霧命は腰を低くして走り込んでゆく。しばらく、そんな修業の時間が淡々と黙々と続いていた。
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