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リレーするキスのパズルピース

罠とR指定/8

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 二人の間に、ライムグリーンの四角いものがいきなり出てきた。不透明のもので、月命と焉貴の視線はそれにさえぎられ、今お互いに見えなくなっている。その正体を月命が口にした。

「……下敷き。そちらはどうしたんですか?」

 二人の間を区切っていた四角いものはすうっと持ち上げられ、青空とライムグリーンを重ねるようにしながら、どうして今これを持ってきたのかを、焉貴はチェーンピアスをサラサラとさせながら言う。

「これね、生徒がにくれたの。結婚祝いにって。これ使って、目隠しにして、とお前の二人きりの世界で、いらやしくて甘いキスしちゃう。どう?」

 再び、下敷きは二人の視線をさえぎる障害物となった。だが、その向こうから、邪悪という名がよく似合う含み笑いが聞こえてきた。

「うふふふっ。焉貴、僕の罠にはまりましたね? 先ほど、下敷きをもらってるのを、渡り廊下で見てましたよ」

 孔明と話している時、四角いものが見えていたが、それは下敷きだったのだ。だがしかし、すっと下に下されたそれの向こうでは、もうすでにキスができるほど近くに寄っていた、焉貴の綺麗な顔があった。意味ありげに微笑む。

「嘘。るなす、俺の罠にお前がはまったんでしょ? 負けることが好きなくせに……。俺がお前にキスしたいようにしかけてたんだけど……」

 ピンクのリップスティックを塗った唇がおどけた感じで動く。

「おや? バレてしまいましたか~。君に待てなくさせられたんです~」

 焉貴のデッキシューズは石畳を離れ、右膝はベンチの上に立てて乗せられた。左足はパステルブルーのドレスの上をまたいで、水色のお弁当箱近くに落とされる。まるで月命を上から襲うような体勢になって、下敷きで教室も生徒たちもシャットアウト。パラシュートがまわり落ちてゆくように、焉貴の唇が月命のそれに近づいてゆく。

「じゃあ、目閉じて、いくよ」
「えぇ」

 自分へ向かって、重力に逆らえず落ちてきている山吹色のボブ髪を、結婚指輪をした左手で引き寄せる、十六夜いざよいというみやびな響きの月へきぬごろもで連れてゆくように。

 ヴァイオレットと黄緑色のそれぞれの瞳が焦点が合わないほど大きくなると、慣れた感じですうっと閉じられた。急に吹いてきた桜の花びら混じりの春風が通り過ぎてゆく中、下敷き一枚という目隠しの中で、二人の唇は甘くいやらしく出会った。遠くの空で、他の宇宙へ行く飛行機が離陸する、ゴーッという音を雨のように降らせながら。

 焉貴の体重がかかるキス。それを受け止めるような格好になっている月命の心は、まるで壊れてしまったみたいに、同じ言葉をリピート。

(僕を、僕を、僕を、僕を……これからも君の唇に誘ってください――)

 完全に優勢の焉貴は、押し倒しそうな境界線の上で絶妙なバランスをたもつ。しかも、ベンチの上に両足とも乗せて、地に足がついていない不安定感が、風で上空高くへ巻き上げられる風船のようだった。

(お前のキス、キャンディみたいに甘い。頭、クラクラして意識飛んじゃいそう……)

 お互いの唇はさっき口にした、フルーツの甘酸っぱい香りでれていた。禁断の果実をあと少しでかじってしまうような、魅惑的なキスの感触に酔いしれる、下敷きという目隠しが作った二人きりの世界で。

 だがしかし、月命と焉貴の真正面にも教室はあるのだった。もちろん生徒と教師がそこにもいる。いわゆる、丸見えだった。驚きの声が上がるかと思いきや、ピューピューと指笛や拍手が巻き起こっていた。

 アクロバティックなキスは校内の半分の人間は見ているという、下敷き一枚では隠しきれない、大幅なはみ出しの中で時を刻んだ。

 しばらくすると、唇はそっと離れて、焉貴の宝石のように異様に輝く瞳は、中庭を取り囲むようにしている教室で、授業を受けている子供たちを見渡す。

「それにしても、今日、欠席の生徒多いね」

 少しずれてしまった銀のティアラを手で直しながら、月命は当然というように答えた。

「武道会が開催されていますからね。そちらの時は、観戦で休む生徒は多いです。もう十四年前からの現象です」

 他の宇宙から観戦客がくるような大きな大会。見たいと思う生徒も大勢いる。焉貴はピンクのズボンのポケットから携帯電話を取り出した。

「お前、貴からのメール読んだ?」
「えぇ、読みましたよ。一回戦敗退だったと」

 ムーンストーンの指輪をしている手に、電話が瞬間移動で現れ、焉貴が見ているものと同じ画面が映し出されていた。

 誰かが負けた。独健や明引呼たちは、物憂ものうげな顔をしていたが、さっきからパラレルワールド並みに、価値観が違うこの二人はまったく気にしていなかった。焉貴は携帯電話を手の中てポンポンと投げ遊ぶ。

「まあね、世の中長いからさ、全体的な歴史が。だから、心理戦が要求される武術って、難しいよね?」

 ニコニコというまぶたにもう隠されてしまったヴァイオレットの瞳。人差し指をこめかみに当て小首を傾げると、マゼンダ色の長い髪がサラッと肩から落ちた。

「そうですね~。僕たちの年齢ぐらいでしたら、多少は歯が立つかもしれませんが……」

 焉貴のピンクのズボンはさっとベンチから立ち上がり、脱がされたままのオレンジ色の布のお弁当箱は取り上げられた。

「俺、あれのとこに行くから、先に帰るよ。お前は?」

 振り返った黄緑色の瞳に、ヴァイオレットの瞳が少しだけまぶたから解放された。

「僕もこのあとは授業がないので、少ししたら帰宅です~」

 あんなにキスで盛り上がってったわりには、ドライすぎるほど、あっけない去り際。

「そう、じゃあ」

 焉貴はチェーンピアスの銀の線を残像にして、瞬間移動でいなくなった。

「えぇ」

 しばらく、一人きりの中庭で、風に吹かれていたマゼンダ色の長い髪。やがて、パステルブルーのドレスを着たお姫様という女装をした小学校教諭は、春の香りに包まれた中庭からすうっと消え去った。
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