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リレーするキスのパズルピース

先生と逢い引き/4

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 無事に終了した講演を行なった講堂ははるかかなたにある、万里の長城どころの長さではない、学校の渡り廊下を歩いている、孔明と噂の先生。同じ男性でも、身長差が三十四センチもあって、カップルみたいに見える後ろ姿。

「孔明先生、本日は我が校にきていただき、誠にありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ、お声がけいただき、痛み入ります」

 二人の髪は女性を連想させるほどの長さ。しかも、種類は違えど、髪飾りというリボンをつけている男二人。漆黒とマゼンダ色の髪が、春風が吹くたびに背中で同じ方向へ揺れ動く、まるで心でも重ね合わせるように。

 凛とした澄んだ丸みのある儚げな女性的な声で、パステルブルーの服を着ている、噂の先生が問いかけた。

「いかがでしたか? 小学校での講演は」

 天女のような白い着物を着た孔明は、月のように美しい素肌を持つ人の、ニコニコした笑顔を見下ろした。

「そうですね? 私の話は少し難しかったかもしれませんね、小学生には」

 校舎に規則正しく並ぶ窓たちを眺めながら、マゼンダ色の長い髪は左右へゆっくりと揺れる。

「そんなことはありませんよ。子供は日々、成長していきます。その過程で、本日の先生のお話を思い返して、彼らなりに人生のかてにしていくんです。私は教師として、生徒たちに接していると、小さいながらも個人として、人として、私が予測したよりも大きく突然、成長することもたくさんあります」

 カツンカツンと大理石の上を細く硬いものが動くような音が、なぜかさっきからしている。それにまぎれながら、立場の違う先生たちの会話は進んでゆく。

「そうですか。私は子供と深く接したことが今までありませんでしたから、月命先生のお言葉に大変感銘を受けました」
「子供と接したことがない……」

 月命の声のトーンが少し低くなった気がした。そして、カツンカツンという音はふと止まり、妙な間が二人の先生の間に広がってゆく。すると、すぐ近くの校庭から、別の先生の話し声が聞こえてきた。

「はい、今日は短距離走のタイムを計ります。浮遊している人と地面に足をつけて走る人にまずわかれてください。それから次は、二本足と四本足で走る人にわかれてください」

 かなり細かい種別がある短距離走だった。二本足の人がいくら頑張っても、飛行するものと四本足で走るものにはかなわない。平等だった。

 いつの間にか、渡り廊下の途中で止まっていた、孔明と月命。ニッコニコの笑顔で、凛々しい眉をした男を見上げる。お互いの間に漂う空気がおかしいのに、微笑み。即効性のあるものではなく、じわりじわりとあとになって効いてくる毒のように、恐怖が襲いかかる予感が強く漂っていた。

 ヴァイオレットの瞳は常に微笑んでいるがために、まぶらから解放されることが少なく、今ももれずにお隠れ遊ばせ中。

「ご結婚されたと、うかがいましたが……?」

 語尾がわざと濁らされている疑問形。雲行きが夕立並みに急速によくなくなってゆく。好青年、陽だまりみたいな柔らかさはそれでも乱れず、孔明の両腕は後ろで組まれまま、丁寧な言葉で会話をしながらまた歩き出す。すると、カツンカツンという音も鳴り出した。

「えぇ、仕事のほうが忙しくなりそうでしたので、以前から親しくさせていただいていた方と、先日いたしましたよ」

 社交辞令――。そんな言葉が世の中にはある。今まさしく、この2人はそうだった。

「そちらは、おめでとうございます」
「ありがとうございます」

 妙な空気がまた流れ、カツンという音が止まると、孔明の裾が広がった白い着物もそこに居残った。聡明な瑠璃紺色と今も隠れているヴァイオレットの瞳は交わることもなく、言葉も途切れ、サーッと桜の花びらを乗せた春風が二人の間を吹き抜けてゆく。

 それでも動かない孔明と月命。だが、視界の端で猛スピードで動くものを見つけた。校庭へ目をやると、さっきの体育の短距離走でタイムを計っているところだったが、チーターの子供が四つ足の俊足しゅんそくで、ピューッとぶっちぎりの一位を取っているのが見えた。

 子供たちの驚きと歓喜が遠くから、耳元に穏やかに優しく流れ込んでくるが、さっきから様子がおかしい先生二人は、何事もなかったように、平然とした顔でまた歩き出す。すると、カツンカツンという音も鳴り始めた。

 お互いの死角――背中側で、孔明のシルバーの細いチェーンが悪戯っぽくスースーと肌のまわりでゾクゾク感を描く。

「失礼ですが、先生は、ご結婚されているんですか?」

 負けずと言わんばかりに、月命は頭の上に乗っている銀色のものが落ちないように、マゼンダ色の髪に差し込んだ。

「えぇ、妻と子供がいます」

 春という夢の世界へ誘うように、風がサーッと吹いてきて、遠くの木から順番に葉音を鳴らし、協奏曲を奏で始めた。白とパステルブルーの服に、漆黒とマゼンダの長い髪は軽やかなダンスを踊る。

 歩みをふと止めて、孔明は青空を見上げ、瑠璃紺色の瞳に雲が流れてゆくのを映しながら、目を細め珍しく素直に感想を述べた。

「風が、空が綺麗で気持ちがいい……」
「ええ、いい日和ひよりですね」

 背中から見ると、仲のいい恋人同士が仲良く散歩をしているように見える、孔明と月命だが、二人の心の中はさっきからドロッドロの血なまぐさい戦いがなぜか起きていた。それを相手にさとられないように微笑み続ける。

「…………」
「…………」

 今回は間が長く三分経過。授業中の静かな教室。体育の授業の生徒たちの話し声。それと、聞こえるのは風が揺れ動かすものだけだったが、奥の渡り廊下で、

「きゃあああっっっ!!!!」

 女子生徒のかん高い黄色い声がにわかに爆発したように弾け飛んだ。二人の注意が引き寄せられると、少し離れたところで、ちょっとした人だかりができていた。その真ん中には、山吹色のボブ髪の男が見える。
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