110 / 967
リレーするキスのパズルピース
先生と逢い引き/1
しおりを挟む
恋の微熱のように吹いていた夏風が、流れ落ちるように消え去ると、目の前に現れたのは小学校の校庭だった。さっきまでサッカーをしていた子供たちの姿はどこにもなく、使っていたボールもゴールまでも、なぜかきれいになくなっていた。
白い着物の袖をともなった孔明の大きな手で、レースのカーテンはゆっくり開けられた。どこかの美術館かと勘違いするほどの、曲線美を持つ上り階段が広がる前で、ずっと隠し持っている銅色の懐中時計を出した。
「十三時二十八分六秒……」
大きく伸びをして、「あ~ああ~」どさっと両腕を脇へ下ろした。「約束の時間に遅れちゃった。十三時三十三分から講演会はスタートだったのに」
くるっと部屋へ向き直って、誰もいない待合室を眺める。
「それに間に合うように、二十八分に迎えにくるって言われてたのに、六秒遅刻……」
失敗しているようだったが、孔明は春風に吹かれながらスキップするように楽しそうに笑った。
「ふふっ。な~んちゃって。嘘かも!」
応接セットのローテーブルには、どんな強い雨風にも負けない岩のようにじっと動かない存在感の大きな弁当箱がいた。その結び目は、最初は女の長い髪を結い上げたような色気を漂わせていたが、今は美しい筆文字を書くほど器用な手を持つ、孔明の男の色香に取って代わっていた。
「ボクのこと迎えにこようと一回したかも? あの男の先生」
約束の時刻を過ぎているのだから、その可能性は大きい。しかも、瞬間移動をして別の惑星へ行ってしまって、席をいきなり外している。というわけで、その可能性はさらに上がるのだった。
窓へ振り返ると、眉目秀麗な自分のキリッとした眉尻と、どこまでも広がる氷の湖のように冷たい雰囲気がガラスに映っていた。
「恋愛で相手を振り向かせる。それを成功させるためには、余計な感情は捨てる。今の罠の最終目的はこれ。明引呼からキスしたいと思うようにさせて、すること」
さっき話した、あの甘々で砕けた感じの言葉が全て罠で、何ひとつ無駄がなかったことを、孔明は一人でつぶやいた。
「それをするために、ボクは具体的にこうした」
銀のチェーンブレスレットを、指先でくるくると回し弄び始める。
「貴増参はボケてるところがある。罠を張る時がある。そうすると、明引呼にラブレターの主が誰か告げないで、貴増参は仕事に戻る可能性が高い」
すうっと手に戻ってきた、閉じたままの紫の扇子を縦にして、先を唇に当て、紙の少し痛いくらいの感触を感じる。
「明引呼は挑発的なところがある。ラブレターの主がわからない。そうなると、探そうとする可能性が高い。そこへボクが電話をして、ボクだと告げる。明引呼の興味はボクに自然と向く」
両脇に追いやられたレースのカーテンを、扇子の先端でなぞり、繊維に引っかかりもたつき、わざと崩したリズムを刻む楽器の音色のように楽しむ。
「でも、それだけじゃ、明引呼の心をボクに向けることは少し難しい。だから、わからないことを放置したくない明引呼が、未だに知らないことを聞いてくるように話を仕向けた。その答えを囮にして、興味をさらに惹きつけるために」
今もジリジリと線香花火のような熱を発している唇を、指先で何度もなでる。
「だけど、気をつけないとけないのは、キスをすることから遠くならないように話すこと。だから、ボクの話す内容にはずっと色がついてたんだ」
唇を軽くトントンと叩くと、薄手の白い袖口は、乱れた髪をかきあげる女のような色気を振りまいた。
今は春で、いくぶん色 褪せている青空を見上げたが、さっき男とキスをしてきた、あの惑星の姿を仰ぎ見ることはできなかった。夜になれば、一番近くの輝く星として、人々を魅了するのに。
「そして、明引呼のキスをしたいっていう気持ちを二回確認した。でも、隣の惑星で離れてて、会いにいけない。お互い仕事中でもあるしね」
小学校でこれから講演会を行う大先生の頭脳はやはり優れていた。
「そこで、ボクが瞬間移動をいきなりして、キスをした。だから、目標は達成、ボクの勝ち!」
持っていた扇子をバッと開いて、漆黒の髪をパタパタと仰ぎ揺らした、まるで国家規模の戦場で、つかみ取った勝利を祝福するように。
白い着物の袖をともなった孔明の大きな手で、レースのカーテンはゆっくり開けられた。どこかの美術館かと勘違いするほどの、曲線美を持つ上り階段が広がる前で、ずっと隠し持っている銅色の懐中時計を出した。
「十三時二十八分六秒……」
大きく伸びをして、「あ~ああ~」どさっと両腕を脇へ下ろした。「約束の時間に遅れちゃった。十三時三十三分から講演会はスタートだったのに」
くるっと部屋へ向き直って、誰もいない待合室を眺める。
「それに間に合うように、二十八分に迎えにくるって言われてたのに、六秒遅刻……」
失敗しているようだったが、孔明は春風に吹かれながらスキップするように楽しそうに笑った。
「ふふっ。な~んちゃって。嘘かも!」
応接セットのローテーブルには、どんな強い雨風にも負けない岩のようにじっと動かない存在感の大きな弁当箱がいた。その結び目は、最初は女の長い髪を結い上げたような色気を漂わせていたが、今は美しい筆文字を書くほど器用な手を持つ、孔明の男の色香に取って代わっていた。
「ボクのこと迎えにこようと一回したかも? あの男の先生」
約束の時刻を過ぎているのだから、その可能性は大きい。しかも、瞬間移動をして別の惑星へ行ってしまって、席をいきなり外している。というわけで、その可能性はさらに上がるのだった。
窓へ振り返ると、眉目秀麗な自分のキリッとした眉尻と、どこまでも広がる氷の湖のように冷たい雰囲気がガラスに映っていた。
「恋愛で相手を振り向かせる。それを成功させるためには、余計な感情は捨てる。今の罠の最終目的はこれ。明引呼からキスしたいと思うようにさせて、すること」
さっき話した、あの甘々で砕けた感じの言葉が全て罠で、何ひとつ無駄がなかったことを、孔明は一人でつぶやいた。
「それをするために、ボクは具体的にこうした」
銀のチェーンブレスレットを、指先でくるくると回し弄び始める。
「貴増参はボケてるところがある。罠を張る時がある。そうすると、明引呼にラブレターの主が誰か告げないで、貴増参は仕事に戻る可能性が高い」
すうっと手に戻ってきた、閉じたままの紫の扇子を縦にして、先を唇に当て、紙の少し痛いくらいの感触を感じる。
「明引呼は挑発的なところがある。ラブレターの主がわからない。そうなると、探そうとする可能性が高い。そこへボクが電話をして、ボクだと告げる。明引呼の興味はボクに自然と向く」
両脇に追いやられたレースのカーテンを、扇子の先端でなぞり、繊維に引っかかりもたつき、わざと崩したリズムを刻む楽器の音色のように楽しむ。
「でも、それだけじゃ、明引呼の心をボクに向けることは少し難しい。だから、わからないことを放置したくない明引呼が、未だに知らないことを聞いてくるように話を仕向けた。その答えを囮にして、興味をさらに惹きつけるために」
今もジリジリと線香花火のような熱を発している唇を、指先で何度もなでる。
「だけど、気をつけないとけないのは、キスをすることから遠くならないように話すこと。だから、ボクの話す内容にはずっと色がついてたんだ」
唇を軽くトントンと叩くと、薄手の白い袖口は、乱れた髪をかきあげる女のような色気を振りまいた。
今は春で、いくぶん色 褪せている青空を見上げたが、さっき男とキスをしてきた、あの惑星の姿を仰ぎ見ることはできなかった。夜になれば、一番近くの輝く星として、人々を魅了するのに。
「そして、明引呼のキスをしたいっていう気持ちを二回確認した。でも、隣の惑星で離れてて、会いにいけない。お互い仕事中でもあるしね」
小学校でこれから講演会を行う大先生の頭脳はやはり優れていた。
「そこで、ボクが瞬間移動をいきなりして、キスをした。だから、目標は達成、ボクの勝ち!」
持っていた扇子をバッと開いて、漆黒の髪をパタパタと仰ぎ揺らした、まるで国家規模の戦場で、つかみ取った勝利を祝福するように。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?
青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。
そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。
そんなユヅキの逆ハーレムのお話。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます
富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。
5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。
15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。
初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。
よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!
女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる