上 下
65 / 967
大人の隠れんぼ=旦那編=

旦那たちの愛を見届けろ/16

しおりを挟む
 光命の声で気づくと、独健の視界は真っ暗だった。閉じてしまったまぶた。さっと瞳を開け、妄想を振り切るようにごくり生唾を飲み、

「わっ、わかった……」

 鍵盤を弾こうとしたが、もう限界だった。

(ドキドキして、手が震えるっ!?)

 光命は自分の手のひらから、このはつらつとした夫の手が、小刻みに震えているのを感じ取り、優雅に微笑んでチェックメイト――

(ずいぶん困っているみたいです――)

 とうとう耐えきれなくなって、光命はくすくす笑い出し、

「…………」 

 それきり何も言えなくなって、神経質な手の甲を中性的な唇につけて、彼なりの大爆笑を始めた。

 恥ずかしさもドキドキも一瞬にして消え去って、独健は後ろにパッと振り返り、

「あ、お前、わざとやってるだろう?」
「えぇ」

 優雅なうなずきがピアノの弦に混じると、独健の屋敷中に響くような怒鳴り声が炸裂した。

「このエロ悪戯夫っっ!!」
「ありがとうございます」

 この優雅な王子夫ときたら、なぜかお礼を言うのだ。嘘でも何でもなく、本気で述べてくるのである。即行、独健からツッコミ。

「だから、褒めてない!」

 光命は思う――

 夫たちの中では、自身は若く経験も知識も少ない。夫夫だからこそ、対等に愛したいと、それがルールであり、決まりだから守らなければいけない。

 夫たちの言動をデータとして頭にしまう日々。可能性を導き出しては、予測と違うことをしてくる。愛そうと思っても、逆に愛されるばかり。

 それでも諦めず、冷静に対処しようとする。だが、追いつかず、何度も倒れた。愛したいと願うのに倒れてしまう。自身の望んでいる方向とは正反対、迷惑をかける方向へと結果はたどり着いてしまう。

 それならば、可能性の導き出し方が間違っているのだ。そうして、新しいルールを見つけた。この優しい男に自分は今のように悪戯をして甘える。そんな愛し方もあるのではないかと。自分らしくいることが、愛を返す方法ではないのかと。

 だからこそ、今のように罠を仕掛けて、くすくす笑う。子供じみた快楽に身を投じても、許してくれるこの男の愛の中で自分は幸せに生きている。

 いつも夫たちのデータを収集しているからこそ、この男がどれほど優しくて、人に気を使っているのか知っている――

 くすくす笑うのをやめて、光命は甘く囁いた。

「愛していますよ――」
「あっ! そうか……。それを言うために近づいたのか」

 若草色の瞳は優しさ色に染まった。

 独健は思う――

 この男は全て覚えていると言う。日常生活でもそうなのだ。専門分野の音楽など、曲を一度聞けば、全ての音を楽譜として、頭の中へしまってしまう。

 全てが数字。頬を横切る風も匂いも数字だ。曖昧さがどこにもない。その感覚は自分にはわからない。

 十五年間、同性を愛するという、ルールからはずれた日々の中で一人きり、猜疑心、羞恥心、自己嫌悪……様々な感情に足元を何度もすくわれそうになっただろう。

 自分がもし、同じ立場に立たされたら、耐えられなかったかもしれない。その日々の痛みも何もかも、今でもついさっきのように鮮明に覚えているのだろう。

 それならば、今から笑顔の毎日を過ごせるようにしてやればいい。冷たい優雅な笑みではなく、陽だまりみたいな優しい笑みになればいい。

 この男が笑うのなら、自分は罠にでも悪戯にでもはまってやる――

 独健の体は後ろにねじられ、

「ん~、俺も好きだ」

 光命の細い腰を自分へと引き寄せた。甘くスパイシーな香水のついた内手首は、独健の頬を上へと持ち上げ、ふたつの唇はピアノの黒の前で出会ってしまった。

 ――悪戯と優しさのキス。

    *

 颯茄のベルベットブーツは、未だに最後の二人を見つけることができず、何度も同じ廊下を行ったり来たりしていた。

「どこにもいない……」

 どこかずれている妻の脳裏で、ピカンと電球がついた。パッとハイテンションに右手を斜めにかかげて、できるだけまだら模様の声で言った。

「こんな時は! デジタル思考回路、使っちゃ~う!」

 感情だけで突っ走るのはやめて、事実を可能性からはじき出す。光命と独健の居場所を。

 そして、今度はあごに人差し指を当てて、できるだけ優雅に微笑んだ。

「自分で確認していないことは決めつけない。可能性が0.01%でもあるならば、勝手に切り捨ててはいけない。ということで、ピアノの部屋であるという可能性がある!」

 さっと瞬間移動をして、ドアはもちろんノックせず、そうっと扉を中へ入れた。

「ん~~? いたっ!」

 妻は見てしまった――

 紺の髪とピンクのストールで隠れていてよく見えないが、座っている独健の足と立っている光命。そばにいるのに話してもいない。動きもしない。ということは……。

「あぁっ! 光さんと独健さんが……。お取り込み中……」 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

4人の王子に囲まれて

*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。 4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって…… 4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー! 鈴木結衣(Yui Suzuki) 高1 156cm 39kg シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。 母の再婚によって4人の義兄ができる。 矢神 琉生(Ryusei yagami) 26歳 178cm 結衣の義兄の長男。 面倒見がよく優しい。 近くのクリニックの先生をしている。 矢神 秀(Shu yagami) 24歳 172cm 結衣の義兄の次男。 優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。 結衣と大雅が通うS高の数学教師。 矢神 瑛斗(Eito yagami) 22歳 177cm 結衣の義兄の三男。 優しいけどちょっぴりSな一面も!? 今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。 矢神 大雅(Taiga yagami) 高3 182cm 結衣の義兄の四男。 学校からも目をつけられているヤンキー。 結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。 *注 医療の知識等はございません。    ご了承くださいませ。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます

富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。 5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。 15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。 初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。 よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

処理中です...