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大人の隠れんぼ=妻編=

妻の愛を勝ち取れ/2

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 ――轟音ごうおんに全身が突如包まれる。

 ババババババッ!

 颯茄はいつの間には迷彩柄の服を着て、ミサイル弾を発射する筒状の武器――ロケットランチャーを手にして、ステルス戦闘機に乗っていた。

 ガガッシュー!

 無線機ががなりたてる。

「全軍に告ぐ! 敵軍を殲滅せんめつせよ!」
「ラジャー!」

 パシッと勢いよく敬礼すると、

 ガシャーンッ!

 釣りバシゴが地上に向かって投げ下ろされた。決戦の火ぶたは降ろされたのだ。

 颯茄は軽快にハシゴを降りてゆき、地面近くで手を離し、大地にストンと軽やかに着地。

 ロケットランチャーを肩にかかげ、警戒態勢――腰を低くして、ロビーから廊下――敵地へと勇ましく進んでゆく。

「ゴーゴー!」

 廊下の氷をイメージした水色の絨毯の上を進んでいたが、あまりにも長く、妻の妄想は時間切れを迎えた。

 左手は壁ばかり。右手の全面ガラス張りから、冬の優しい陽光が降り注ぐ。

「ん~~? どこに隠れれば見つからないんだろう?」

 深緑色のロングブーツは直進を止め、小さな中庭が見える窓にささっと走り寄った。妻のどこかずれているクルミ色の瞳には、水面みなもが映っていた。

「あっ、池の中!」

 永遠を連想させる廊下で、妻は懸命に考える。

 ――隠れんぼで、冬の池の中に入る。

 を。

「こう鼻をつまんで、中でじっとしてる……」

 いつの間にか鼻をふさいでいた手を残念そうにだらっと下ろして、紫のワンピースを両手で触り出し、

「あぁ、それは難しいな。服が濡れちゃうよね……」

 窒息するのではなく、妻の最大の心配事はそこだった。

「じゃあ、別のところだ」

 水色の絨毯を再び歩き出そうとすると、ピカンと脳裏で電球がついた気がした。人差し指を立てて、頭の上に持ち上げる。

「あっ、大きな物陰!」

 妻の姿は長い廊下からすうっと消え去った。

    *

 次に意識が戻ってくると、こげ茶のドアの前にいた。そこは、蓮がヴァイオリンを弾く部屋。ベルベットブーツはかかとを軸にして、くるっと百八十度ターンした。

「ピアノの下!」

 向かい側にある部屋のドアノブをパッとつかみ、Aラインのワンピースは廊下から姿をさっと消した。

 ――海の底かと勘違いするような空間。青を基調にしたステンドグラスの天井窓から降り注ぐマリンブルーの光。強い青――花色のカーテンと上品な白のレースのカーテンがエレガントさを添える。

 鏡のようにピカピカな黒のグランドピアノ。習慣なのか、いつ弾いてもいいようになのか、誰もいないのに、フタはつっかえ棒をされて、ピアノの弦の並びが顔を出していた。

 ドアを入ってすぐ右手は、壁に埋め込まれた本棚。几帳面に整えられた棚。子供がいるとは思えない、大人の空間。

 だったが、やはりファミリーの家だった。すぐそばに、小さなおもちゃ箱があった。この部屋をおもに使う小さな人と大きな人の仲を、颯茄は思い出すと、隠れんぼしていることも忘れて、自然と笑みがこぼれるのだった。

 あの二人の仲のよさと言ったら、親子になるために生まれてきたみたいなのだ。父が溺愛すぎなところは少々頭が痛いところだが。

 颯茄は我に返り、

「あ、そうだった」

 さっそくピアノに近寄り、大理石の上に膝を落として、出会ってしまった――

 ピアノの足という大木の下で、余暇を楽しむ優雅な王子さまのような、夫が寄りかかっている姿があった。頭がぶつからないように、そうっと近づいてゆく。

「光さん?」
「……zzz」

 茶色のロングブーツとグレーの細身のズボンは軽くクロスされていたが、動く気配はなかった。

「寝てる……?」

 四つ足でさらにはってゆく。紺の長い髪が少しだけ乱れ、神経質な頬に絡みついているのを前にして、颯茄はボソボソと独り言を言う。

「初めて見た……。光さんの寝顔。どうして、初めてなんだろう?」

 妻はこの優雅な王子夫にいつも守られて生きていていたのだ。

「あっ、そうか! 私が眠ったあとに寝て、私が起きる前に起きてるからだ。だから、見たことがなかったんだ」

 妻に何かあってはと心配して、彼女が動く前から、動き終わったあとまで、冷静な水色の瞳はずっとそばにいるのである。そんな日々が何気なく続いていたことを、颯茄は今知った。

「いつもありがとうございます」

 人ごみを歩けば、誰もが振り返る夫。何度見てもため息が思わず出るほど綺麗な男。颯茄は膝を抱えて、そうっと近寄ってみる。

「うわ~、長いまつげ。ビューラーで巻いたみたいに綺麗にそろってる。肌も透き通ってるし、洗顔フォーム何使ってるんだろう?」

 いい機会である、ここは無遠慮に眺めさせていただこう。と思った矢先……。

 紫のシャツとピンクのストールを着た夫が、急に横に倒れ始めた。颯茄は慌てて大理石を滑り込んで、右肩で光命を受け止めた。

「おっとっとっと……! 危ない危ない」

 強く広がる甘くスパイシーな香水。それは大人のアイテムなのに、隠れている間に寝てしまうとは。

「子供みたいだ……。可愛い」

 この男が今そばにいることを、颯茄は考えると、もうすぐで結婚して一年が経つというのに、昨日の出来事のように色あせず、幸せの涙で視界がにじむのだ。
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