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青の王子は大人のメルヘン/3

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 夜色が映るレースのカーテン越しに、光命は自身の瞳を映した。じっと見つめ、誰にも聞こえない声で言う。

「なぜ、彼女は私の性欲が強いと知っているのでしょう? おかしいみたいです」

 内容はそういう物語だった。何がどうなって、あの女がそんな描写をしたのか、可能性を導き出せない。

「夕霧にしか話したことがありません」

 両親にも言っていない。家族にも言っていない。友人も知らないことだ。それなのに、あの女は堂々と描いている。

 いつも遠目にしか見ていない人間の女を、光命は脳裏で鮮明に蘇らせる。

「しかしながら、アダルト作品を書くような女性を、私は……」

 これ以上ないくらい優雅に微笑んだ。

「嫌いではありませんからね」

 遠くの空に、別の宇宙へ向かう宇宙船が飛んでゆく赤いランプが点滅する。それを少し眺めていた光命は、中性的な唇から言葉をこぼした。

「彼女を愛したほうがいいという可能性は、0.01%から上がって23.56%です」

 出会うはずのない、人間の女と神の男はこうして奇跡が起こり出会ったのだった。

「小説は感情で書いているみたいです。そうなると、彼女は理論と感情の両方をあわせもった人みたいです。興味深いですね。彼女を愛した方がいいと可能性は23.56%から上がり32.92%」

 こうやって、光命の中の恋の可能性の数値は上がり続けていき、何かに導かれるように一年後にはとうとう、八十二パーセントを越して、光命が言動を起こすまでになった。

    *

 以前と違って、光命は意味を持って、倫礼のそばへやってきて、彼女の動向をうかがうようになっていた。可能性の数値は上がり続け、百パーセントに近くなっていた。

 入院する前の、家から出られなくなってしまった倫礼でも、神は見捨てることも、差別することもなくじっと見守る。すると、おまけの倫礼はふと思い出したように、独り言を心の中でつぶやいた。

「個性なんだと思う。神様は心を大切にするし、肉体の欲望もない。自分勝手な人は誰もいない。だから、何人もの人を愛せるっていう個性を持った人が、世の中にはいるんだと思う。もちろん、一人だけを愛せるっていう個性の人もいる。人数が多いからいいとかそうじゃないとかの問題じゃないんだと思う」

 光命は口の中だけで繰り返し、

「人の個性……」
 
 冷静な頭脳の中で大きな変化をもたらした。

(彼女を愛しているという可能性は、98.97%から上がって100%。いいえ、私は彼女を愛している)

 とうとう、神の男が人間の女を愛する日がやってきたのだった。光命は地球にあるソファに腰を下ろしたまま、隣に座っている蓮の横顔を見つめる。

「少々、彼女の本棚を拝見してもよろしですか?」
「構わない」
「それでは、失礼」

 彼女の書いた小説をかたっぱしから、光命は読み始めた。この人間の女のことをもっと知りたくて。
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