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空似は方向音痴だ/5

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 また新しい春が来て、蓮は訪問のプリント用紙を持って、正面玄関から真正面にある突き当たりの廊下で見渡していた。

「明智さん、教室は右ですよ」

 マダラ模様の声ではなく、凛とした澄んだ女性的だが男性の響きが左隣から聞こえた。マゼンダ色の長い髪とニコニコの笑みを見つけて、蓮はその人の名前を口にしようとしたが、

「月主命せんせ――!」
「どうかしたんですか?」

 頭の上に緑色のものが乗っているのを見つけてしまった。

「…………」

 鋭利なスミレ色の瞳に、大きなくりっとした目がふたつ映っている。月主命が首を傾げると、マゼンダ色の長い髪が肩からサラッと落ちた。

「明智さん?」
「ぷっ!」

 立ち止まったまま、綺麗な唇からは音が吹き出されて、月主命のヴァイオレットの瞳は珍しくまぶたから姿を現した。

「ぷ……?」
「あははははっ!」

 廊下を歩いていた小学生たちが不思議そうな顔で立ち止まって、蓮と月主命先生を見つめ始めた。

「おや~? 何がおかしいんですか~?」
「あははははっ!」

 月主命はこめかみに人差し指を突き立てて、珍しく表情を曇らせる。

「困りましたね~。ツボにはまってしまったみたいで、笑いが止まらない――」
「カエル……」

 頭の上に乗っているものの正体を、蓮は口にした。

「止まりました」
「なぜ、それを被っていらっしゃるんですか?」

 カエルのかぶり物をしている教師に向かって、保護者は質問をした。月主命は女性的な含み笑いをする。

「うふふふっ。子供が笑ってくれたら、私は幸せなんです」
「お疲れ様です」

 蓮は両足をそろえて、きちんと仕事をしている教師に労いの気持ちを持って、礼儀正しく頭を下げた。

 子供と同じように笑う大人がいる。いや男がいる。月主命は心が温かくなり、あの鋭いアッシュグレーの瞳を持つ男が言ってきたように、鋭利なスミレ色の瞳をした男を誘ってみた。

「もしよかったら、と一緒に放課後お茶を飲みに行きませんか?」
「構わない」

 超不機嫌はどこかへ消え去っていて、蓮は自分の口調が変わっていることにも気づかなかった。全てを記憶している月主命は、ヴァイオレットの瞳をまぶたの裏に隠す。

は感性の人みたいです~」
「??」

 どこからそんな話が出てきたのかと、蓮は思ったが、月主命は不気味に含み笑いをするだけで、決して教えてくれようとはしなかった。

「うふふふっ」

 その後、蓮は時々、ふたりの教師と個人的に別々に会っては、お茶をするという日々を過ごしていった。

    *

 平和で幸せな我が家で、パジャマに着替えて、蓮はソファーで焉貴と月主命とのやり取りを思い出しては、思わず吹き出してしまうのだった。

「な~に~? 一人で笑って~。何かいいことでも学校であった?」

 寝そべって、雑誌を読んでいた妻――倫礼の声が急に割って入って、蓮は不機嫌な顔に戻った。

「お前には関係ない」
「あら、そう」
「先に寝る」

 蓮はリビングのドアを開けるのではなく、その場から瞬間移動で子供達が眠る寝室へと行ってしまった。

 夫はある意味わかりやすい性格で、妻は姿を消した場所をじっと見つめた。

「何だか変なのよね? 学校に蓮が行くようになってから、嬉しそうな顔して家に戻ってくるの。子供たちに聞いても、先生と楽しく話してたって――!」

 そこで、衝撃的な事実を、妻はひらめいてしまった。

「まさか、そういうこと? 思い出してみると、最初に焉貴先生と月主先生に会った時からよね? ってことは、一目惚れ・・・……。そういうことになるわね」

 めくっていたページをパラパラと力なく落として、足をパタパタさせる。

「でも変ね? 蓮は誠実だから、きちんと責任取ろうとするわよね? 私に隠したりもしない。それに、先生たちも結婚してるものね? 結婚してるのに、結婚するなんて……! 二重に結婚する? 何か引っかかるわね?」

 小さな違和感。結婚生活は順調で、地球にいる人間の女も順調で、幸せに囲まれた日々。

 あえていうなら、自分たちの仕事がまだ決まっていないことぐらい。しかしそれも、地上ほどの焦りは必要ない。物々交換で物流は成り立っている。働かなくても生きていけるような世の中だ。

 ただ、誰かの役に立ったという、本当の幸せが自分にやってくることはあまりない。だからこそ、妻と夫は自身を生かせる仕事を探し続けるのだった。
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