165 / 243
空似は方向音痴だ/5
しおりを挟む
また新しい春が来て、蓮は訪問のプリント用紙を持って、正面玄関から真正面にある突き当たりの廊下で見渡していた。
「明智さん、教室は右ですよ」
マダラ模様の声ではなく、凛とした澄んだ女性的だが男性の響きが左隣から聞こえた。マゼンダ色の長い髪とニコニコの笑みを見つけて、蓮はその人の名前を口にしようとしたが、
「月主命せんせ――!」
「どうかしたんですか?」
頭の上に緑色のものが乗っているのを見つけてしまった。
「…………」
鋭利なスミレ色の瞳に、大きなくりっとした目がふたつ映っている。月主命が首を傾げると、マゼンダ色の長い髪が肩からサラッと落ちた。
「明智さん?」
「ぷっ!」
立ち止まったまま、綺麗な唇からは音が吹き出されて、月主命のヴァイオレットの瞳は珍しくまぶたから姿を現した。
「ぷ……?」
「あははははっ!」
廊下を歩いていた小学生たちが不思議そうな顔で立ち止まって、蓮と月主命先生を見つめ始めた。
「おや~? 何がおかしいんですか~?」
「あははははっ!」
月主命はこめかみに人差し指を突き立てて、珍しく表情を曇らせる。
「困りましたね~。ツボにはまってしまったみたいで、笑いが止まらない――」
「カエル……」
頭の上に乗っているものの正体を、蓮は口にした。
「止まりました」
「なぜ、それを被っていらっしゃるんですか?」
カエルのかぶり物をしている教師に向かって、保護者は質問をした。月主命は女性的な含み笑いをする。
「うふふふっ。子供が笑ってくれたら、私は幸せなんです」
「お疲れ様です」
蓮は両足をそろえて、きちんと仕事をしている教師に労いの気持ちを持って、礼儀正しく頭を下げた。
子供と同じように笑う大人がいる。いや男がいる。月主命は心が温かくなり、あの鋭いアッシュグレーの瞳を持つ男が言ってきたように、鋭利なスミレ色の瞳をした男を誘ってみた。
「もしよかったら、僕と一緒に放課後お茶を飲みに行きませんか?」
「構わない」
超不機嫌はどこかへ消え去っていて、蓮は自分の口調が変わっていることにも気づかなかった。全てを記憶している月主命は、ヴァイオレットの瞳をまぶたの裏に隠す。
「君は感性の人みたいです~」
「??」
どこからそんな話が出てきたのかと、蓮は思ったが、月主命は不気味に含み笑いをするだけで、決して教えてくれようとはしなかった。
「うふふふっ」
その後、蓮は時々、ふたりの教師と個人的に別々に会っては、お茶をするという日々を過ごしていった。
*
平和で幸せな我が家で、パジャマに着替えて、蓮はソファーで焉貴と月主命とのやり取りを思い出しては、思わず吹き出してしまうのだった。
「な~に~? 一人で笑って~。何かいいことでも学校であった?」
寝そべって、雑誌を読んでいた妻――倫礼の声が急に割って入って、蓮は不機嫌な顔に戻った。
「お前には関係ない」
「あら、そう」
「先に寝る」
蓮はリビングのドアを開けるのではなく、その場から瞬間移動で子供達が眠る寝室へと行ってしまった。
夫はある意味わかりやすい性格で、妻は姿を消した場所をじっと見つめた。
「何だか変なのよね? 学校に蓮が行くようになってから、嬉しそうな顔して家に戻ってくるの。子供たちに聞いても、先生と楽しく話してたって――!」
そこで、衝撃的な事実を、妻はひらめいてしまった。
「まさか、そういうこと? 思い出してみると、最初に焉貴先生と月主先生に会った時からよね? ってことは、一目惚れ……。そういうことになるわね」
めくっていたページをパラパラと力なく落として、足をパタパタさせる。
「でも変ね? 蓮は誠実だから、きちんと責任取ろうとするわよね? 私に隠したりもしない。それに、先生たちも結婚してるものね? 結婚してるのに、結婚するなんて……! 二重に結婚する? 何か引っかかるわね?」
小さな違和感。結婚生活は順調で、地球にいる人間の女も順調で、幸せに囲まれた日々。
あえていうなら、自分たちの仕事がまだ決まっていないことぐらい。しかしそれも、地上ほどの焦りは必要ない。物々交換で物流は成り立っている。働かなくても生きていけるような世の中だ。
ただ、誰かの役に立ったという、本当の幸せが自分にやってくることはあまりない。だからこそ、妻と夫は自身を生かせる仕事を探し続けるのだった。
「明智さん、教室は右ですよ」
マダラ模様の声ではなく、凛とした澄んだ女性的だが男性の響きが左隣から聞こえた。マゼンダ色の長い髪とニコニコの笑みを見つけて、蓮はその人の名前を口にしようとしたが、
「月主命せんせ――!」
「どうかしたんですか?」
頭の上に緑色のものが乗っているのを見つけてしまった。
「…………」
鋭利なスミレ色の瞳に、大きなくりっとした目がふたつ映っている。月主命が首を傾げると、マゼンダ色の長い髪が肩からサラッと落ちた。
「明智さん?」
「ぷっ!」
立ち止まったまま、綺麗な唇からは音が吹き出されて、月主命のヴァイオレットの瞳は珍しくまぶたから姿を現した。
「ぷ……?」
「あははははっ!」
廊下を歩いていた小学生たちが不思議そうな顔で立ち止まって、蓮と月主命先生を見つめ始めた。
「おや~? 何がおかしいんですか~?」
「あははははっ!」
月主命はこめかみに人差し指を突き立てて、珍しく表情を曇らせる。
「困りましたね~。ツボにはまってしまったみたいで、笑いが止まらない――」
「カエル……」
頭の上に乗っているものの正体を、蓮は口にした。
「止まりました」
「なぜ、それを被っていらっしゃるんですか?」
カエルのかぶり物をしている教師に向かって、保護者は質問をした。月主命は女性的な含み笑いをする。
「うふふふっ。子供が笑ってくれたら、私は幸せなんです」
「お疲れ様です」
蓮は両足をそろえて、きちんと仕事をしている教師に労いの気持ちを持って、礼儀正しく頭を下げた。
子供と同じように笑う大人がいる。いや男がいる。月主命は心が温かくなり、あの鋭いアッシュグレーの瞳を持つ男が言ってきたように、鋭利なスミレ色の瞳をした男を誘ってみた。
「もしよかったら、僕と一緒に放課後お茶を飲みに行きませんか?」
「構わない」
超不機嫌はどこかへ消え去っていて、蓮は自分の口調が変わっていることにも気づかなかった。全てを記憶している月主命は、ヴァイオレットの瞳をまぶたの裏に隠す。
「君は感性の人みたいです~」
「??」
どこからそんな話が出てきたのかと、蓮は思ったが、月主命は不気味に含み笑いをするだけで、決して教えてくれようとはしなかった。
「うふふふっ」
その後、蓮は時々、ふたりの教師と個人的に別々に会っては、お茶をするという日々を過ごしていった。
*
平和で幸せな我が家で、パジャマに着替えて、蓮はソファーで焉貴と月主命とのやり取りを思い出しては、思わず吹き出してしまうのだった。
「な~に~? 一人で笑って~。何かいいことでも学校であった?」
寝そべって、雑誌を読んでいた妻――倫礼の声が急に割って入って、蓮は不機嫌な顔に戻った。
「お前には関係ない」
「あら、そう」
「先に寝る」
蓮はリビングのドアを開けるのではなく、その場から瞬間移動で子供達が眠る寝室へと行ってしまった。
夫はある意味わかりやすい性格で、妻は姿を消した場所をじっと見つめた。
「何だか変なのよね? 学校に蓮が行くようになってから、嬉しそうな顔して家に戻ってくるの。子供たちに聞いても、先生と楽しく話してたって――!」
そこで、衝撃的な事実を、妻はひらめいてしまった。
「まさか、そういうこと? 思い出してみると、最初に焉貴先生と月主先生に会った時からよね? ってことは、一目惚れ……。そういうことになるわね」
めくっていたページをパラパラと力なく落として、足をパタパタさせる。
「でも変ね? 蓮は誠実だから、きちんと責任取ろうとするわよね? 私に隠したりもしない。それに、先生たちも結婚してるものね? 結婚してるのに、結婚するなんて……! 二重に結婚する? 何か引っかかるわね?」
小さな違和感。結婚生活は順調で、地球にいる人間の女も順調で、幸せに囲まれた日々。
あえていうなら、自分たちの仕事がまだ決まっていないことぐらい。しかしそれも、地上ほどの焦りは必要ない。物々交換で物流は成り立っている。働かなくても生きていけるような世の中だ。
ただ、誰かの役に立ったという、本当の幸せが自分にやってくることはあまりない。だからこそ、妻と夫は自身を生かせる仕事を探し続けるのだった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
皇太子殿下の秘密がバレた!隠し子発覚で離婚の危機〜夫人は妊娠中なのに不倫相手と二重生活していました
window
恋愛
皇太子マイロ・ルスワル・フェルサンヌ殿下と皇后ルナ・ホセファン・メンテイル夫人は仲が睦まじく日々幸福な結婚生活を送っていました。
お互いに深く愛し合っていて喧嘩もしたことがないくらいで国民からも評判のいい夫婦です。
先日、ルナ夫人は妊娠したことが分かりマイロ殿下と舞い上がるような気分で大変に喜びました。
しかしある日ルナ夫人はマイロ殿下のとんでもない秘密を知ってしまった。
それをマイロ殿下に問いただす覚悟を決める。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
おかしな日記
明智 颯茄
エッセイ・ノンフィクション
この日記は常軌を脱しているのだ――
霊感を持ち、あの世のことと、この世のことが同時進行している日々の、おかしな日記。
もっと、簡潔に日々の記録を残しておきたいという、非常に私的なエッセイです。
【完結】本音を言えば婚約破棄したい
野村にれ
恋愛
ペリラール王国。貴族の中で、結婚までは自由恋愛が許される風潮が蔓延っている。
奔放な令嬢もいるが、特に令息は自由恋愛をするものが多い。
互いを想い合う夫婦もいるが、表面上だけ装う仮面夫婦、
お互いに誓約書を作って、割り切った契約結婚も多い。
恋愛結婚をした者もいるが、婚約同士でない場合が多いので、婚約を解消することになり、
後継者から外され、厳しい暮らし、貧しい暮らしをしている。
だからこそ、婚約者と結婚する者が多い。だがうまくいくことは稀である。
婚約破棄はおろか、婚約解消も出来ない、結婚しても希望はないのが、この国である。
そこに生まれてしまったカナン・リッツソード侯爵令嬢も、
自由恋愛を楽しむ婚約者を持っている。ああ、婚約破棄したい。
※気分転換で書き始めたので、ゆるいお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる