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空似は方向音痴だ/4
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砂糖水と呼んだほうがいいと、焉貴は思った。テーブルの上に乗っている砂糖スティックの入れ物はとうの昔にカラになっているのに、次々に蓮の手元には砂糖が現れてくるのだった。
「それに、お前、砂糖どっから持ってきたの?」
「わからない」
理論的に成り立たない。それでも、この世界ではひとつだけ、ない物を持ってくることができる方法があった。
他人の空似の男のもうひとつの正体を、焉貴は口にした。
「魔法使い、いるんだね?」
「魔法?」
テレビ番組で子供がよく見て騒いでいるもので、実在するはずがないと、蓮は思った。マスカットをつまんだ指先を、焉貴は斜め上へ持ち上げる。
「だってそうじゃん? 自分のもの以外は、どこにあるかを知らないと、瞬間移動がかけらんない。動かしたいものとの距離が測れないからさ。店の砂糖のストックがどこにあるか、お前知ってんの?」
「いや」
「それなのに、お前、砂糖ここに出してるじゃん。それって、魔法だよね?」
理論的に説明されて、蓮は空いている砂糖の紙袋をつまんではじっと見つめて、つまんではじっと見つめてを繰り返す。
「…………」
その言動から、焉貴は蓮の心を読み切った。
「魔法が使えるって今知ったってことね」
「…………」
超不機嫌顔だった蓮は口の端を上へ持ち上げて、にっこり微笑んだ。子供が新しいことをできるようになったようにとても喜んだ、無邪気な笑みだった。
自分に正直だと思いながら、焉貴はストローでカラカラと氷をかき混ぜる。鋭利なスミレ色の瞳にはさっきから、不可解な行動が映っていた。
「なぜフルーツを頼んだ上に、フルーツジュースを飲む?」
しかも、どっちもマスカット。どれだけマスカットを食べる気だと、蓮は言いたかったが、焉貴が当たり前というように言った。
「俺、フルーツしか基本口にしないの~」
ケーキにハチミツをかけたみたいな甘さダラダラの口調を前にして、蓮は真顔に戻って少しだけ吹き出した。
「ぷっ!」
「何?」
のどに詰まらせるなど、そんな現象は起きない神界。焉貴はマスカットをつまんだまま聞き返した。それに答えず、蓮の表情が歪む。
「ぷぷぷ……!」
「笑ってんの?」
「あははははっ!」
フルーツパーラーにいた他の客たちが、一斉にこっちへ顔を向けた。蓮にとってはそんなことはどうでもよくて、口を大きく開けて、子供がはしゃぐみたいに高らかに笑う。
「どこがおかしかったの?」
焉貴は生まれてこの方、笑ったことがない。微笑むことはあっても、笑い声を上げたことがない。
蓮の綺麗な指先は、焉貴の前にあるフルーツの皿とグラスを交互に指すが、
「フルーツとフルーツが……! あははははっ!」
まったく話になっていなかった。
「お前、それ言葉になってないんだけど……」
「あははははっ!」
笑い声が止む気配はなく、焉貴は無機質な表情で、事実をそのまま口にした。
「ツボにはまってるってやつね」
しばらく、フルーツパーラーに蓮の笑い声が響いていたが、何とか平常に戻ってきた、三歳なのに二十三歳の妻子持ちは、数学教師にこんな言葉を送った。
「他の誰といるよりも、お前といると楽しい。こんなことは初めてだ」
「そう」
焉貴は思う。目の前にいる男は、自身の言っている意味を理解しているのか。それとも正直にただ伝えただけなのか。どっちなのだろうかと。
「それに、お前、砂糖どっから持ってきたの?」
「わからない」
理論的に成り立たない。それでも、この世界ではひとつだけ、ない物を持ってくることができる方法があった。
他人の空似の男のもうひとつの正体を、焉貴は口にした。
「魔法使い、いるんだね?」
「魔法?」
テレビ番組で子供がよく見て騒いでいるもので、実在するはずがないと、蓮は思った。マスカットをつまんだ指先を、焉貴は斜め上へ持ち上げる。
「だってそうじゃん? 自分のもの以外は、どこにあるかを知らないと、瞬間移動がかけらんない。動かしたいものとの距離が測れないからさ。店の砂糖のストックがどこにあるか、お前知ってんの?」
「いや」
「それなのに、お前、砂糖ここに出してるじゃん。それって、魔法だよね?」
理論的に説明されて、蓮は空いている砂糖の紙袋をつまんではじっと見つめて、つまんではじっと見つめてを繰り返す。
「…………」
その言動から、焉貴は蓮の心を読み切った。
「魔法が使えるって今知ったってことね」
「…………」
超不機嫌顔だった蓮は口の端を上へ持ち上げて、にっこり微笑んだ。子供が新しいことをできるようになったようにとても喜んだ、無邪気な笑みだった。
自分に正直だと思いながら、焉貴はストローでカラカラと氷をかき混ぜる。鋭利なスミレ色の瞳にはさっきから、不可解な行動が映っていた。
「なぜフルーツを頼んだ上に、フルーツジュースを飲む?」
しかも、どっちもマスカット。どれだけマスカットを食べる気だと、蓮は言いたかったが、焉貴が当たり前というように言った。
「俺、フルーツしか基本口にしないの~」
ケーキにハチミツをかけたみたいな甘さダラダラの口調を前にして、蓮は真顔に戻って少しだけ吹き出した。
「ぷっ!」
「何?」
のどに詰まらせるなど、そんな現象は起きない神界。焉貴はマスカットをつまんだまま聞き返した。それに答えず、蓮の表情が歪む。
「ぷぷぷ……!」
「笑ってんの?」
「あははははっ!」
フルーツパーラーにいた他の客たちが、一斉にこっちへ顔を向けた。蓮にとってはそんなことはどうでもよくて、口を大きく開けて、子供がはしゃぐみたいに高らかに笑う。
「どこがおかしかったの?」
焉貴は生まれてこの方、笑ったことがない。微笑むことはあっても、笑い声を上げたことがない。
蓮の綺麗な指先は、焉貴の前にあるフルーツの皿とグラスを交互に指すが、
「フルーツとフルーツが……! あははははっ!」
まったく話になっていなかった。
「お前、それ言葉になってないんだけど……」
「あははははっ!」
笑い声が止む気配はなく、焉貴は無機質な表情で、事実をそのまま口にした。
「ツボにはまってるってやつね」
しばらく、フルーツパーラーに蓮の笑い声が響いていたが、何とか平常に戻ってきた、三歳なのに二十三歳の妻子持ちは、数学教師にこんな言葉を送った。
「他の誰といるよりも、お前といると楽しい。こんなことは初めてだ」
「そう」
焉貴は思う。目の前にいる男は、自身の言っている意味を理解しているのか。それとも正直にただ伝えただけなのか。どっちなのだろうかと。
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