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男はナンパでミラクル/6
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男はマスカットをまた指先につまんで、見せつけるように縦に何度も振る。微妙というような声を上げた。
「あぁ~、それね。学校の授業で教わるやつね。肉体とかっていうもの持って、厳しい修業して、死んで?」
三百億年も生きてきたが、昔少しだけ体験した記憶が残っているだけで、男にとっては死は非現実的だった。
子供が学校で習ってきたのを得意げに話されるのを、パパとして聞いたような間接的な言い方だった。
「こっちに戻ってくるってやつだよね? ここにきて、そんな世界があるって初めて知ったよ」
別の宇宙にいた男。肉体が物質化をしているという場所は本当に皆無に等しいのだ。
孔明は何気なく話し出したが、マダラ模様の声で途中でさえぎられた。
「最初は悪――」
「アクって何?」
「邪神界のこと……」
男は「あぁ、あれね」とナルシスト的な笑みを浮かべて、軽い感じで話していたが、途中からビリビリと緊迫した空気に変わり、皇帝陛下でも現れたように、店にいる他の客がいたたまれない気持ちになった。
「陛下が倒したとかいう、いらない人間がいた世界ね。どうでもいいよね? 自分のことだけ考えてて、人の邪魔するやつなんてさ。その話初めて聞いた時、全員消滅――させたかったよ」
マイナス要素を知らない男の意見は、どんな気持ちからくるのだろうと思うと、孔明は思わず身を乗り出してしまうのだった。
「嫌いってこと?」
「キライって何?」
「好きの反対」
「それって、普通でしょ?」
それが神さま全員の見解だった。誰もがそう答えた。無関心だと言うマイナス精神の神は一人もいなかった。憎しみや恨みもなかった。人の存在を無視することもない。みんなが幸せになるために手を下す必要があるのならする。ただそれだけ。
人間から神世へ上がった自身は、まだまだ心に磨くところが残っているのだと、孔明は思い知らされる日々だ。
「そうだね……」
だからこそ、この男の前にいることが、恥ずかしいことに思えるのだ。
「どうして、ボクが綺麗なの?」
(悪を知ってるボクが……)
核心に迫ったつもりだったが、マスカットに視線を落としたままの男は、
「人好きになんのに、理由がいんの?」
長い間直接会っていない張飛を、孔明はふと思い出し、
「ん~? いらないね」
細いシルバーのブレスレットを指先でつまみ、くるくると回し弄ぶと、あの豪快な男がすぐそばにいるようで、孔明は冷たい金属が触れる感触がひどく愛おしかった。しかし、真正面に座っているスラッとした綺麗な男にはきちんと断りを入れた。
「でも、ボクはキミのこと好きじゃない」
「そう? 俺のこと好きになるよ」
可愛く小首を傾げ、男は当たり前というように言った。生クリームをグラスの奥からスプーンですくい出して、孔明は抗議するように尋ねた。
「どうして、そう言えるの?」
男は人差し指を突き立て、斜め上へ向かって勢いよく持ち上げる。
「だってそうじゃん? 自分が好きだと思ったやつって、必ず自分のこと好きだよね?」
出会えば、永遠に続く愛になってしまう。つまりはそう言うことだ。しかし、張飛と結婚をするという敵の大将へたどり着くこともできない、恋愛戦争の真っ只中で、恋する天才軍師――孔明が首を傾げると、エキゾチックな香がほのかに漂った。
「そう?」
ふたりの間に置いてある観葉植物の小さな枝が、興味津々というように右に左に顔をやっているようだった。
「この世界での話だけ、思い出しちゃって」
「ん~~?」
「片想いで終わったなんて聞かないでしょ?」
「そうだね」
携帯電話でネットを見ることが大好きな孔明だったが、そんな単語はヒットしなかった。
「別れたって話も聞かないでしょ? 大体、出会って一年弱でみんな結婚しちゃって、子供産まれちゃうじゃん?」
今頃ひとりで、あの綺麗なススキが風になびく庭を見渡せる家に、紅朱凛は荷物を入れて、整理整頓をしてくれているのだろう。
彼女は結婚したいという素振りも見せないし、そんな言葉もお首にも出さない。孔明はグラスの縁を、長いスプーンでなぞった。
「ボクは違うけど……」
「そう?」
「ボクは彼女と付き合って、五年になるけど……」
「そう。何で結婚しないの?」
チクッと孔明の心が痛んだ、自分の気持ちに半分だけ嘘をつくから。
「仕事が楽しいから――」
張飛との結婚が遠のく可能性が上がってしまうから、結婚しないのもある。そしてもうひとつは誠実でありたいと願うから。孔明の隙を突いたように、男は当然の質問を向けてきた。
「結婚しても、仕事できるよね?」
男女平等が当たり前の世界で、五歳児が爆発的に増えているご時世で、男性でも育児休暇を取ることを考慮をしていない企業などとこにもなかった。いやそんな価値観は存在すらしなかった。しかも、孔明は自営業だ。
「ボクの仕事はちょっと難しいかも?」
「あぁ~、それね。学校の授業で教わるやつね。肉体とかっていうもの持って、厳しい修業して、死んで?」
三百億年も生きてきたが、昔少しだけ体験した記憶が残っているだけで、男にとっては死は非現実的だった。
子供が学校で習ってきたのを得意げに話されるのを、パパとして聞いたような間接的な言い方だった。
「こっちに戻ってくるってやつだよね? ここにきて、そんな世界があるって初めて知ったよ」
別の宇宙にいた男。肉体が物質化をしているという場所は本当に皆無に等しいのだ。
孔明は何気なく話し出したが、マダラ模様の声で途中でさえぎられた。
「最初は悪――」
「アクって何?」
「邪神界のこと……」
男は「あぁ、あれね」とナルシスト的な笑みを浮かべて、軽い感じで話していたが、途中からビリビリと緊迫した空気に変わり、皇帝陛下でも現れたように、店にいる他の客がいたたまれない気持ちになった。
「陛下が倒したとかいう、いらない人間がいた世界ね。どうでもいいよね? 自分のことだけ考えてて、人の邪魔するやつなんてさ。その話初めて聞いた時、全員消滅――させたかったよ」
マイナス要素を知らない男の意見は、どんな気持ちからくるのだろうと思うと、孔明は思わず身を乗り出してしまうのだった。
「嫌いってこと?」
「キライって何?」
「好きの反対」
「それって、普通でしょ?」
それが神さま全員の見解だった。誰もがそう答えた。無関心だと言うマイナス精神の神は一人もいなかった。憎しみや恨みもなかった。人の存在を無視することもない。みんなが幸せになるために手を下す必要があるのならする。ただそれだけ。
人間から神世へ上がった自身は、まだまだ心に磨くところが残っているのだと、孔明は思い知らされる日々だ。
「そうだね……」
だからこそ、この男の前にいることが、恥ずかしいことに思えるのだ。
「どうして、ボクが綺麗なの?」
(悪を知ってるボクが……)
核心に迫ったつもりだったが、マスカットに視線を落としたままの男は、
「人好きになんのに、理由がいんの?」
長い間直接会っていない張飛を、孔明はふと思い出し、
「ん~? いらないね」
細いシルバーのブレスレットを指先でつまみ、くるくると回し弄ぶと、あの豪快な男がすぐそばにいるようで、孔明は冷たい金属が触れる感触がひどく愛おしかった。しかし、真正面に座っているスラッとした綺麗な男にはきちんと断りを入れた。
「でも、ボクはキミのこと好きじゃない」
「そう? 俺のこと好きになるよ」
可愛く小首を傾げ、男は当たり前というように言った。生クリームをグラスの奥からスプーンですくい出して、孔明は抗議するように尋ねた。
「どうして、そう言えるの?」
男は人差し指を突き立て、斜め上へ向かって勢いよく持ち上げる。
「だってそうじゃん? 自分が好きだと思ったやつって、必ず自分のこと好きだよね?」
出会えば、永遠に続く愛になってしまう。つまりはそう言うことだ。しかし、張飛と結婚をするという敵の大将へたどり着くこともできない、恋愛戦争の真っ只中で、恋する天才軍師――孔明が首を傾げると、エキゾチックな香がほのかに漂った。
「そう?」
ふたりの間に置いてある観葉植物の小さな枝が、興味津々というように右に左に顔をやっているようだった。
「この世界での話だけ、思い出しちゃって」
「ん~~?」
「片想いで終わったなんて聞かないでしょ?」
「そうだね」
携帯電話でネットを見ることが大好きな孔明だったが、そんな単語はヒットしなかった。
「別れたって話も聞かないでしょ? 大体、出会って一年弱でみんな結婚しちゃって、子供産まれちゃうじゃん?」
今頃ひとりで、あの綺麗なススキが風になびく庭を見渡せる家に、紅朱凛は荷物を入れて、整理整頓をしてくれているのだろう。
彼女は結婚したいという素振りも見せないし、そんな言葉もお首にも出さない。孔明はグラスの縁を、長いスプーンでなぞった。
「ボクは違うけど……」
「そう?」
「ボクは彼女と付き合って、五年になるけど……」
「そう。何で結婚しないの?」
チクッと孔明の心が痛んだ、自分の気持ちに半分だけ嘘をつくから。
「仕事が楽しいから――」
張飛との結婚が遠のく可能性が上がってしまうから、結婚しないのもある。そしてもうひとつは誠実でありたいと願うから。孔明の隙を突いたように、男は当然の質問を向けてきた。
「結婚しても、仕事できるよね?」
男女平等が当たり前の世界で、五歳児が爆発的に増えているご時世で、男性でも育児休暇を取ることを考慮をしていない企業などとこにもなかった。いやそんな価値観は存在すらしなかった。しかも、孔明は自営業だ。
「ボクの仕事はちょっと難しいかも?」
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