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父上の優しさと厳しさ/1
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朝早くに出勤する接客業。ラッシュが始まる前に電車に乗り、夕方六時には確実に家に帰ってこれる仕事を、倫礼は真面目にこなしていた。
蓮は時々部屋にくるが、ひねくれを言い放ち、何か言い返すと、怒ってしまってヴァイオリンを弾きにどこか別の部屋へ行ってしまう。
そんな日々だったが、おまけの倫礼は別に気にならなかった。彼の怒り方は感情的ではなく、理論で怒っている――夕霧命と一緒だときちんと理解していたからだ。
しかし、蓮と特に仲が良くなるわけでもないし、恋愛が始まるわけでもない。ただ、居心地はよかった。それだけだ。
地球で人生経験を送ったことがあるか、もしくは同等の体験をしていないと、守護神になることは法律上許されていない。
陛下の分身として生まれた蓮にはもちろんなかった。倫礼本体と母、家を出た兄弟たちにも守護権はあったが、主に守護をするのは父の光秀となっていた。
バイトから疲れて帰ってきても、電気もついていない家に黙って戻ってくる。『おかえり』も『ただいま』もない虚しさを感じる生活。家事もトラブルも全て自分が対処しなければ、誰もやってくれない。
冬などは心も身も凍えてしまうような寂しさに襲われそうになった。それでも、倫礼は少しでも前向きに明るく取ろうとするが、何かが彼女を邪魔するのだった。
買い溜めた資料本を片っ端から読んでいたが、倫礼はふと手を止めてため息をつく。
「どうしても暗い気持ちになっちゃうな……」
デジタル時計を見ると、二十一時過ぎを表していた。また本に集中しようとするが、さっきより深く吐息をもらす。
「一人で部屋にいたくない」
椅子から立ち上がって、カーテンの隙間から外をのぞく。すぐ隣にある別のアパートで、サラリーマンがドアを開けて帰ってきたところだった。
少し離れた道路は人通りがあまりなく、コンビニに行くような普段着で自転車を乗る人が一人だけ通り過ぎた。
「もう遅い時間だけど、大通りだったら人通りも多いから散歩してこよう!」
倫礼はささっとコートとバッグを肩にかけて、玄関の鍵を外から閉めた。
*
車の走行音をシャットアウトするように、イヤフォンから流れてくる音楽を大きくする。家路へと急ぐ人の流れを逆行して、倫礼はふらふらと散歩してゆく。
心の中で、どうにもならないことをブツクサ言いながら進んでゆく。
「家族からは失踪して、元旦那とはうまくいかなくて、その後失恋……。新しい恋もなし」
コンビニの自動ドアが開くと、おでんのいい香りがしてきた。倫礼は思わず店の中をのぞきながら立ち去ってゆく。
「はぁ~。自分はこの世界ではずっと一人のままなのかな?」
「そうとは限らんであろう?」
すぐ右隣から、落ち着きがあり優しげな声が聞こえてきた。誰もいない場所を倫礼が見ると、彼女の霊感にはこう映っていた。
黒髪の長い髪を後ろでひとつに結い、切れ長な目で見つめる男が一緒に歩いていた。彼女は驚いた様子もなく、
「父上……」
そう言って、人間である娘は、神である父親に、今自身が何をしているのか気づかされた。
「そうですね。いつも同じことばっかり言って、すみません。迷惑かけてばかりで……」
「そうは思っておらん」
倫礼は思う。この世界の家族なら、こんな温かい会話には決してならないだろう。人を蔑み、揚げ足を取ることで、自分が優位に立ったような気持ちでいる人たちには決してできないだろう。
どこかずれているクルミ色の瞳は幸せという感動の涙でにじみ、たとえ自分がいつかは消えてしまう存在であったとしても、彼女は心の中で、父へ向かって頭を下げるのだった。
「ありがとうございます」
心が軽くなって、倫礼はスッキップしたい気分になった。しかし、人の多い場所ではできるはずもなかった。
それでも、人が見ていようとも、彼女はニコニコとひとりで微笑みながら、折り返し地点の信号を渡った。
気分転換がうまくいって、倫礼は家へと急ぐ足が自然と早くなる。すぐそばに父が一緒にいる。そう思うと、心は別の場所へと勝手に飛んでしまったのだった。
蓮は時々部屋にくるが、ひねくれを言い放ち、何か言い返すと、怒ってしまってヴァイオリンを弾きにどこか別の部屋へ行ってしまう。
そんな日々だったが、おまけの倫礼は別に気にならなかった。彼の怒り方は感情的ではなく、理論で怒っている――夕霧命と一緒だときちんと理解していたからだ。
しかし、蓮と特に仲が良くなるわけでもないし、恋愛が始まるわけでもない。ただ、居心地はよかった。それだけだ。
地球で人生経験を送ったことがあるか、もしくは同等の体験をしていないと、守護神になることは法律上許されていない。
陛下の分身として生まれた蓮にはもちろんなかった。倫礼本体と母、家を出た兄弟たちにも守護権はあったが、主に守護をするのは父の光秀となっていた。
バイトから疲れて帰ってきても、電気もついていない家に黙って戻ってくる。『おかえり』も『ただいま』もない虚しさを感じる生活。家事もトラブルも全て自分が対処しなければ、誰もやってくれない。
冬などは心も身も凍えてしまうような寂しさに襲われそうになった。それでも、倫礼は少しでも前向きに明るく取ろうとするが、何かが彼女を邪魔するのだった。
買い溜めた資料本を片っ端から読んでいたが、倫礼はふと手を止めてため息をつく。
「どうしても暗い気持ちになっちゃうな……」
デジタル時計を見ると、二十一時過ぎを表していた。また本に集中しようとするが、さっきより深く吐息をもらす。
「一人で部屋にいたくない」
椅子から立ち上がって、カーテンの隙間から外をのぞく。すぐ隣にある別のアパートで、サラリーマンがドアを開けて帰ってきたところだった。
少し離れた道路は人通りがあまりなく、コンビニに行くような普段着で自転車を乗る人が一人だけ通り過ぎた。
「もう遅い時間だけど、大通りだったら人通りも多いから散歩してこよう!」
倫礼はささっとコートとバッグを肩にかけて、玄関の鍵を外から閉めた。
*
車の走行音をシャットアウトするように、イヤフォンから流れてくる音楽を大きくする。家路へと急ぐ人の流れを逆行して、倫礼はふらふらと散歩してゆく。
心の中で、どうにもならないことをブツクサ言いながら進んでゆく。
「家族からは失踪して、元旦那とはうまくいかなくて、その後失恋……。新しい恋もなし」
コンビニの自動ドアが開くと、おでんのいい香りがしてきた。倫礼は思わず店の中をのぞきながら立ち去ってゆく。
「はぁ~。自分はこの世界ではずっと一人のままなのかな?」
「そうとは限らんであろう?」
すぐ右隣から、落ち着きがあり優しげな声が聞こえてきた。誰もいない場所を倫礼が見ると、彼女の霊感にはこう映っていた。
黒髪の長い髪を後ろでひとつに結い、切れ長な目で見つめる男が一緒に歩いていた。彼女は驚いた様子もなく、
「父上……」
そう言って、人間である娘は、神である父親に、今自身が何をしているのか気づかされた。
「そうですね。いつも同じことばっかり言って、すみません。迷惑かけてばかりで……」
「そうは思っておらん」
倫礼は思う。この世界の家族なら、こんな温かい会話には決してならないだろう。人を蔑み、揚げ足を取ることで、自分が優位に立ったような気持ちでいる人たちには決してできないだろう。
どこかずれているクルミ色の瞳は幸せという感動の涙でにじみ、たとえ自分がいつかは消えてしまう存在であったとしても、彼女は心の中で、父へ向かって頭を下げるのだった。
「ありがとうございます」
心が軽くなって、倫礼はスッキップしたい気分になった。しかし、人の多い場所ではできるはずもなかった。
それでも、人が見ていようとも、彼女はニコニコとひとりで微笑みながら、折り返し地点の信号を渡った。
気分転換がうまくいって、倫礼は家へと急ぐ足が自然と早くなる。すぐそばに父が一緒にいる。そう思うと、心は別の場所へと勝手に飛んでしまったのだった。
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