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カエルの歌はママから/4

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 お湯をかき上げ、澄藍は湯船に背を預け、ゆったりを足を伸ばした。

「人間の自分には真似できないけど、何人も運命の人がいることもあるんだね。神さまが嫉妬するなんて想像つかないし、女性同士でも協力して夫婦をしてるんだ。本当に綺麗で素敵な世界だ」

 人を――いや神を受け入れる。大人の神さまと会いたいのなら、彼らと価値観が通じるように理解をすることが、着実な一歩。

 素質を持っていることを証明するように、陛下のお宅がハーレムを前向きに解釈をした。そんな澄藍は、閃光が脳裏を走るようにひらめいた。

「あ、今ピンときた!」

 奇跡は目の前にいつもある。ただ自分が見逃しているだけ。

「自分の心の声かと思ってたけど、これが女性の神さまの声だったんだ。聞こえてたんだ、今までずっと」

 姿が見えず、声だけ霊視すれば、それが自分と同じ周波数のものであれば、なおさら心の声かと信じ込んでしまう。

 澄藍は万歳をするように、両腕をお湯の中からざばっとかかげて、大きく伸びをした。

「やっぱり決めつけちゃいけないんだ。心と思考を柔軟にするんだ。姿は相変わらず見えないけど、声は聞こえてた。あとは見るだけだ」

 コウの他にもいつもそばにいて、自分を見守ってくださっているのかもしれない。それならば、姿を確認してきちんと話をしなくてはと、澄藍は思った。

 そこで、極めて重要なことを思い出し、上げていた腕を力なくお湯の中に落とした。

「あれ? もしかして見逃してた? 他にも大人の神さまたちの言動があるかもしれ――!」

 落雷したような衝撃を受けた。心は自由に過去へと戻れる。ある日の買い物で、レジで清算中、背後から男が瞬間移動してきて左斜め後ろに立ち――

「光命さんが後ろから名前を呼んだ時が一度だけあった」

 その時の様子を、スローモーションで追ってゆく。驚きすぎて悲鳴を上げる暇もなく、霊体は気絶し、それを支える彼の腕だと思えるものが視界に入り込む。

「それは私じゃなくて、奇跡来の時だけど……。姿ははっきり見てない」

 まだ地球への出入りに厳しい規制が敷かれていなかった頃。奇跡来に悪戯をしにきたのだとわかっている。彼女が光命の母親に似ているものだから、驚く姿を見て堪能しようということだったのだろう。

 神々の遊びに、人間である澄藍は、いや魂が宿る器――肉体は翻弄されるだけ。どこかずれてるクルミ色の瞳は、急に影が差した。

「もう関係ない……。私にじゃないんだから。魂を見ている神様には、肉体の記憶は必要ないんもんね……」

 人間の女の中では記憶は全てつながっている。どこかの物語みたいに、都合よく記憶が切り替わってくれたらいいのだが、そうもいかなようだった。自分の人生なのに、誰かの人生のように扱うしかない、そんな感覚。

 矛盾が生まれる。それでは一体誰が恋をしたのか。今も必死で耐えているのは誰なのか。魂が入れ替わるたび、関連する神々も変わり、自分の呼び名だって変わる。

「それって、会ってないのと一緒」

 一人空回り。神界という心の世界の住人――青の王子にしてみれば、人間の女などどこにもいないのだ。

「自分はカエルの被り物と同じ。それも、見えない透明の被り物……」

 今もみんなにとって大切な人は、澄藍であって、人間の女ではない。心が大切とはそういう意味だった。

 話もできて、姿をひそかに見たとしても、人間からすれば、やはり遠い存在である神。そこへ一歩近づこうとしたのが、何かの間違いだったのだろうか……。

「霊感なんていらなかった。そうすれば、普通の人と同じように、自分の気持ちだけを考えて生きていけたのかもしれない」

 人と違う。霊感を持っている人はいるだろう。しかし、霊界に本当の家族がいて、魂が入れ替わるたび、関係性も変わる。そんな話を信じる人がいるどころか、奇異な目で見られる。

 揺れる水面に、自分の悲しげな顔が映っているのを見つけ、苦しそうに目を閉じると、涙が波紋を作った。

「じゃあ、見えても聞こえても無視すればいいと思う。だけど、五歳の子供が声をかけてきてるのを無視するの?」

 いろいろな小さな人と話をしてきた。人間の子供の比にならないほど、心がとても澄んでいて、純真な瞳で楽しげにあれこれ言ってくる。

 澄藍は両手をギュッと握り合わせて、おでこを抑える。

「それはできない、できないよ……。あんな純粋な子たちに、聞こえない振りをしたとしても……」

 次々に涙が落ちてゆく音が風呂場に響き渡る中で、脳裏に鮮やかに蘇る。見えているとわかっている神さまの子供の話を聞かず、視線をそらし続けても、おそらく彼らは、

「どうしたのかな?」

 と言うばかりだろう。澄藍は胸が引き裂かれそうになって、顔を覆って静かに泣き始めた。

「悪意にも取らず、責めることもせず、ただただ不思議に思うだけの姿を黙って見ていられる人って、どれだけいるんだろう?」

 澄んだ心を踏みにじる――。

 彼女の三十三年間で培ってきた信念のひとつ――自分がされて嫌なことは他人にもしない。そこに反する問題で、澄藍は首を横に振った。

「ううん、私にはできない……」

 だからこそ、彼女に神まで見える霊感が宿り、今の運命を歩いている。未来が見えない人間の考えとは浅はかで、数十年――生きている間でしか物事を見ていないものだ。

 大切なものは時には、手を離したくなる苦痛をともなう。それでも何かの理由で手を離せない人だけが、その大切なものを手に入れられるのだ。
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