上 下
90 / 243

カエルの歌はママから/3

しおりを挟む
 放課後の我が家に時間は戻ってきて、澄藍は思わず両手で顔を覆い、畳の上に打ちしがれるように横ずわりを崩した。

「あぁ~、やってしまった。先生ご迷惑をおかけして申し訳ないです」

 人間の女は神の御前で深く深く懺悔をした。学校中の生徒を幸せにできたと思っている我が子は、右に左に嬉しそうに体を揺らしながら、カエルの歌を熱唱していた。

 親としても、子供の自主性を摘むようなことをしたくない。かと言って、このままではいけない。澄藍は母親として子供を導いた。

「とりあえずさ、何人でやるか決めて歌おうよ。他の遊びをしたい子もいるかもしれないでしょ?」
「オッケー!」

 子供は両腕で頭を囲むように円を作り、にっこり微笑んだ。見たこともない返事の仕方を前にして、持ちつ持たれつつの学校生活をママは想像した。

「それも学校で流行ってるの?」
「そう! みんな、オッケーってやってる」

 子供はまた両腕で円を頭の上に作った。何かの話をしていて、中庭や教室で小さな子たちが合図みたいにしているのかと思うと、澄藍は微笑ましなくなった。

「かわいいね。小学生って」

 遠くのほうで別の子供が呼ぶ声が聞こえた。そばにいた子供は慌て出し、小さく手を振って走り出す。

「あ、アニメが始まる時間だから、急いでリビングに戻らないと! またくるね、ママ」

 あっという間に、あの世の自宅にあるテレビへと行ってしまった子供を見送って、澄藍は幸せの吐息をもらす。

「はぁ~、神さまの世界も人と変わらないんだ。アニメを楽しみにしてるなんて……。明日、学校で友達と話すのかな?」

 邪神界が倒されてから、急速に人間の世界に近くなった神界。今頃、神さまたちも洗濯はないが、テレビでアニメを見ている子供たちと話をしたりしながら、夕飯の支度をしているのかもしれなかった。

 そうして夜――。

 畳の上に布団を二枚敷いて、あとはお風呂に入って眠るだけとなるころ、子供がクマのぬいぐるみを抱えて、眠そうな目をしてこっちへやってきた。

「ママ?」
「どうしたの? こんな時間に」
「今日こっちで一緒に寝てもいい?」

 自分は分身をしていて、本体は向こうで暮らしている。それでも、こっちにきたがって、やってきたのだろう。しかし、あの世でも配偶者がいる。

「それじゃ、パパに聞いてこないとね。何も言わないでくると、どこに行ったのかなって心配するよ」
「わかった、じゃあ言ってからまたくるね」

 五歳の小学校一年生でも、言葉はきちんと覚えていて、漢字まで使える。きちんと話せば理解もする。

 澄藍の視界は一人きりの寝室で、涙に揺れる。

「私は幸せだと思う。この世界では違うけど、本当に幸せだと思う。まわりの人からそう見えなくても、私は幸せだ」

 神世を見られる人が少ない霊感。物質界には共有できる人がいない。瞬きをすると、頬に一筋の涙がこぼれ落ちていった。

「永遠の子供がそばにいる。永遠に愛する人もいる」

 この世界ではどんなに努力を重ねても、心が通じ合えない夫婦仲。責められることはあっても、認められることのない日々。

 義理の両親は優しいけれども、結婚に本当に大切なのは配偶者との相性。それが合わないとお互いに思う。何とか前向きに解釈しようとしてきたが、ついにたかは外れ、涙が次々とこぼれ出した。

「私の心の支えは、向こうの世界の家族だ。死んでからも続いてゆく家族。大切なものはみんな向こう側。だからと言って、現実から逃げるつもりはないけど……」

 配偶者が部屋へ戻ってくると入れ替えに、澄藍はお風呂の用意をして、襖を閉めて廊下を歩き出した。

 入浴剤もアロマオイルも入れられない湯船に、一人で浸かる。既成概念を捨て、差別をも捨て、神さまの恋愛事情を考える。

「神さまは自分勝手だったり、肉体の欲望がない。だから、自分たちが付き合うことで、他のみんなも含めて幸せであるかを見極めてから結婚する。そうなると、陛下はたくさんの人を愛することが個性のひとつなんだろうな。他の神さまたちは男女の一対一で結婚してるんだから」

 お湯を肩までかけると、チャポンと水の音がこだまする。どこかの空想物語も真っ青な、実在している夫婦の形。女である自分には、ハーレムなど興味もないが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

愛しているからこそ、彼の望み通り婚約解消をしようと思います【完結済み】

皇 翼
恋愛
「俺は、お前の様な馬鹿な女と結婚などするつもりなどない。だからお前と婚約するのは、表面上だけだ。俺が22になり、王位を継承するその時にお前とは婚約を解消させてもらう。分かったな?」 お見合いの場。二人きりになった瞬間開口一番に言われた言葉がこれだった。 初対面の人間にこんな発言をする人間だ。好きになるわけない……そう思っていたのに、恋とはままならない。共に過ごして、彼の色んな表情を見ている内にいつの間にか私は彼を好きになってしまっていた――。 好き……いや、愛しているからこそ、彼を縛りたくない。だからこのまま潔く消えることで、婚約解消したいと思います。 ****** ・感想欄は完結してから開きます。

(完結)だったら、そちらと結婚したらいいでしょう?

青空一夏
恋愛
エレノアは美しく気高い公爵令嬢。彼女が婚約者に選んだのは、誰もが驚く相手――冴えない平民のデラノだった。太っていて吹き出物だらけ、クラスメイトにバカにされるような彼だったが、エレノアはそんなデラノに同情し、彼を変えようと決意する。 エレノアの尽力により、デラノは見違えるほど格好良く変身し、学園の女子たちから憧れの存在となる。彼女の用意した特別な食事や、励ましの言葉に支えられ、自信をつけたデラノ。しかし、彼の心は次第に傲慢に変わっていく・・・・・・ エレノアの献身を忘れ、身分の差にあぐらをかきはじめるデラノ。そんな彼に待っていたのは・・・・・・ ※異世界、ゆるふわ設定。

今更、いやですわ   【本編 完結しました】

朝山みどり
恋愛
執務室で凍え死んだわたしは、婚約解消された日に戻っていた。 悔しく惨めな記憶・・・二度目は利用されない。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
身長172センチ。 高身長であること以外はいたって平凡なアラサーOLの佐伯花音。 婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。 名前からしてもっと可愛らしい人かと…ってどういうこと? そんな人こっちから願い下げ。 −−−でもだからってこんなハイスペ男子も求めてないっ!! イケメン副社長に振り回される毎日…気が付いたときには既に副社長の手の内にいた。

【完結】可愛くない私に価値はない、でしたよね。なのに今さらなんですか?

りんりん
恋愛
公爵令嬢のオリビアは婚約者の王太子ヒョイから、突然婚約破棄を告げられる。 オリビアの妹マリーが身ごもったので、婚約者をいれかえるためにだ。 前代未聞の非常識な出来事なのに妹の肩をもつ両親にあきれて、オリビアは愛犬のシロと共に邸をでてゆく。 「勝手にしろ! 可愛くないオマエにはなんの価値もないからな」 「頼まれても引きとめるもんですか!」 両親の酷い言葉を背中に浴びながら。  行くあてもなく町をさまようオリビアは異国の王子と遭遇する。  王子に誘われ邸へいくと、そこには神秘的な美少女ルネがいてオリビアを歓迎してくれた。  話を聞けばルネは学園でマリーに虐められているという。  それを知ったオリビアは「ミスキャンパスコンテスト」で優勝候補のマリーでなく、ルネを優勝さそうと 奮闘する。      

処理中です...