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ルナスマジック/2

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 そして、またある日の城の廊下。マゼンダ色の髪を縛る水色のリボンは、横へピンと緊張感を表すように、綺麗に引っ張られていた。

 通い慣れた謁見の間までの廊下を、茶色のロングブーツはかかとの音を赤い絨毯に吸い込まれながら進んでゆく。

「本日は担当科目を歴史に変えましたので、陛下にご報告に上がりましょう」

 反対側からきた女が脇を通り過ぎと、すぐに背後で悲鳴を上げ、

「きゃあっ!」

 倒れる風圧で、マゼンダ色の長い髪が揺れた。進行方向と逆の場所での出来事で、他の人たちが先に反応し、集まってくる。

「どうした?」
「これは気絶というものではありませんか?」
「最近、おかしなことが起きる」
「どうなっているんだ?」
「とにかく運びましょう」

 振り返ると、ヴァイオレットの瞳に、すれ違った女が目を閉じたまま、他の人々に運ばれる様子がまた映っていた。月主命は人差し指をこめかめに当て、困った顔をする。

「おや~? 気絶がまた起きました。おかしいみたいです~」

 何も知らない他の人々が全員立ち止まり、驚いたり不思議な顔をする。嵐の予感が、神界に漂っていた。
 
    *

 あれから恋愛シミレーションゲームを片っ端からやっている、奇跡来は季節の移ろいを感じることなく、家の中でコントローラーを握っていた。

 床暖房のぬくぬく感に浸りながら、ケーキにハチミツをかけた甘々なお菓子を頬張ると、壁の向こうからコウの声が響いた。

「今日はマジでおかしな話を持ってきてやったぞ」
「マジで? いつも神さまの話は、人と違っておかしいけどね」

 砂糖なしの紅茶をごくごくと飲んで、ゲームを一時停止すると、コウが全貌を現した。

「月主命がいただろう?」
「うん、いたね。それがどうしたの?」

 噂の神がモデルとして出ている、RPGゲームを購入していない奇跡来は、恐れも知らず平然と聞き返した。

 こうして、コウの口から城で起きている摩訶不思議現象が、この世にもたらされる。

「陛下の元に挨拶にくる女が全員、月主命と結婚したいと言う、マジでおかしなことが起きてる」

 口に入れようとしていたケーキが、白い線を描いて床に転がり落ちた。

「全員が結婚したい!?!?」

 慌ててティッシュで拭きとって、ゴミ箱にポンと投げると、見事に中に入り、奇跡来はウキウキな気持ちになって、まだ見ぬ神を想像する。

「それほど、イケメンってことだ」

 人は見た目で判断しがちだと、よく言う。そんな女の頭を、コウはぴしゃんと軽く叩くが、奇跡来に痛みはなかった。

「心が澄んでる神さまが見た目で判断するわけがないだろう! 魂の濁った人間じゃあるまいし」
「あぁ、そうか。女の神さまたちは月主命さんの心を見てるんだね。じゃあ、性格が女性受けするとか?」

 赤と青のくりっとした瞳は横へ揺れた。

「いや、それもない。頭はいいが、女に特に好かれるような性格でもない」
「あぁ、そう。じゃあ、女性の知り合いがいっぱいいたとか?」

 銀の長い髪が今度は横へ揺れる。

「いや、月主はたぶん、女たちのことを知らないぞ。というか、話したこともないだろうな。ただすれ違ったか、どこかで見かけられた・・・だけだろう」
「一目惚れされた……?」

 奇跡来は口にしてみたが、どうも違和感がひどく、フォークをくわえたままぼんやりした。人間の女の手にあるそれを、コウは次元の違うところで奪い取り、皿に残っていたケーキを遠慮なしに頬張る。

「もぐもぐ……」

 神界でのケーキはどんどん消えてゆくが、どこかずれているクルミ色の瞳に映る同じものはなくならない。

「一目惚れもおかしいなあ。全員はならないよね? じゃあ、何が原因で、そんなにモテてるんだろう?」

 あっという間にケーキをたいらげたコウは、膨らんだお腹をポンポンと叩いた。

「だから、マジでおかしなことなんだろう」
「本当だ。マジでおかしいわ」

 ゲーム画面のイケメンを見つめながら、奇跡来はケーキを口に入れようとしたが、よそ見していたお陰で、今度はスカートの上にころっと落ちた。

 それでも、彼女は気にすることなく、ティッシュを再び取って拭き拭きする。

「うん、何かいいことがあるんだ。ケーキが何回も落ちるんだからさ。これは意味があるね!」

 先走りとコウに言われても、バカだと言われても、確かにそうだと前向きに納得して、何でも乗り越えていってしまう奇跡来という魂。

 そんなたくましい限りの彼女を、赤と青の瞳が静かに見つめていた。

「この現象について、陛下はこう言った」
「うん」
「あの気の流れでは、全員がプロポーズしてくるのも無理はない」
「気の流れ?」

 ポンとゴミを投げると、またストライクで入った。しかし、予想もしない解釈が出てきて、奇跡来はまたケーキを落とした。

「うん、やっぱりいい意味がある~!」
「お前、気の流れのことは学んだだろう?」
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