上 下
19 / 243

生まれたての十八歳/2

しおりを挟む
「神さまにも霊層があるんだ。親のそれが上がれば、子供も一緒に上がって成長する。陛下は常に努力をして、霊層を上げてる。だから、その子供も上がるし、親戚だって甥だって上がる」

 心が成長すれば、子供の体――霊体も成長するという法則。肉体がないからこその話で、奇跡来は大いに感心した。

「それでか。人が入り込めないほど、ロイヤルファミリーだ……」

 どんな神々かはわからないが、城などがあるほどだ。さぞかし、威厳があるのだろう。しかし、コウは首を横に振って、銀の長い髪を揺らす。

「家系じゃないぞ。人間の中身が大切だ」
「そうだね。確かにそうだ。心が重要だ」

 空の青が向かいのビルの上のほうに映っているのを見上げながら、奇跡来はアイスクリームを口の中に入れた。

「それに、甥は甥で、皇家には含まれない。SPもつかない。ただの家だ」
「なるほどね。確かに何の業績もないのに、ロイヤルになったらおかしいね」

 みんなに平等な世界が、雲の隙間から垣間見えた気がして、奇跡来はさくっとワッフルコーンをかじった。

 呑気にアイスクリームを食べている人間の女に、コウは一言忠告する。

「名前が多くなってきたから、どこかにメモしておけよ。ノートでもパソコンでもいいから。まだまだ神さまの名前は増えるぞ」
「そうだね。忘れるのも失礼だもんね」

 奇跡来にとっては、神さまの話も名前もすでにどんなものより大切な宝物だった。家に帰ったら真っ先にそれをしようと意気込みで、アイスを食べるスピードをアップさせた。

 急ぐ必要などどこにもないのに、前のめりな魂を見て、コウはニヤニヤしながら、残りのアイスクリームを大きな口を開けて、一口で食べた。

「じゃあな、もう行くぞ。俺は大忙しだからな。厳しい現実に生きろよ~!」

 すうっと消え去った小さな神さまに、心の中で手を振っていたが、ふと何かに気づいて、奇跡来の表情は曇った。

「生まれてすぐに十八歳……。大人としてやっていけるのかな? 大変じゃないのかな? それとも、神さまだから平気なのかな?」

 消えたと思ったのに、コウの銀の長い髪は再び姿を現した。

「おっと言い忘れた。神さまの世界は、真実の愛がないと子供は絶対に生まれないからなあ~」
「行為をすれば、望んでなくても生まれるってことはないってこと?」
「そうだ。それはこの世界の厳しい修業だけで十分だろう。お互いを思っている心がないと無理ってことだ」
「そうか。そのほうがみんな幸せになるよね」

 どこまでも、心を大切にする世界だと、奇跡来は思い、さらににっこり微笑んだ。コウは本当に忙しいらしく、淡い霧のように消え去りながら、

「今度こそ、じゃあな」

 そして、一人きりのテーブル席で、奇跡来はアイスクリームを頬張って、バニラビーンズの香りに酔いしれる。

「嘘が通じないっていうのは、素晴らしい世界だ」

 霊感というものは厄介なもので、人が嘘をついているのがわかってしまう。魂の言っている言葉と、実際声で出てくる言葉が二重に聞こえるのだから。

 人と話すことがわずらわしい――。さっき渡ってきた横断歩道を横切っている人々の中で、誰かのためを思って嘘をつくのではなく、自分を誤魔化すために嘘をついている人は何人いるのだろうと、奇跡来は思った。

    *

 黒塗りのリムジンが一台、陛下がおわす城に面した大通りを走り抜けてゆく。荘厳なクラシック曲が、クリーム色のリアシートに降り注でいた。

「夕霧? あなたはどのような仕事につくのですか?」

 独特で優雅な声が車内に、エレガントに舞った。その声色は、こんな言葉は存在しないがこうとしか言いようがない。遊線が螺旋を描く芯のある、若い男のものだった。 

「俺は父と同じように、国家機関へ入る」

 さっきの声とは真逆の性質で、落ち着きが非常にあり、地鳴りのような低さで真っ直ぐだった。

 車窓から入り込む春風に、肩より長い紺の髪が揺れる。

聖輝隊せいきたいですか?」
「いや、躾隊しつけたいのほうだ。光、お前は?」

 風に触れる遊びの部分がないほど短い髪は、深緑色をしていた。氷雨ひさめ降るほど冷静な水色の瞳がもう一人の男――夕霧命を見つめた。

「私は母の影響を受けているみたいですから、音楽家として仕事をしていきます。ですから、恩富隊おんぷたいへ入りますよ」
「そうか」

 無感情、無動のはしばみ色の瞳は、斜向かいに座っている従兄弟――光命の返事にうなずくと、車中はまた静かになった。

 しばらく行くと、教会から白いウェディングドレスを着た花嫁と花婿が、ライスシャワーを浴びながら外へ出てくるのが見えた。

 十八歳だが、実際はまだ一ヶ月前に生まれたばかり。世界の何もかもは色彩と活力に満ちていて、光命の肌も生き生きとしていた。

「夕霧、恋というものはどのようなものなのでしょう?」

 三日遅く生まれた夕霧命は何の感情もなく、従兄弟の問いかけをバッサリと切り捨てる。

「知らない。生まれたばかりの俺に聞くな」
「そうですか」

 今のは罠であって、夕霧命に好きな人がいるのかどうか確かめるためだった。そう思いながらも、光命は優雅な笑みを絶やさないまま、平然とただ相づちを打った。

「光は恋に興味があるのか?」
「ないといえば嘘になりますが、どのようなものか予測がつきません」

 頬にかかった後毛を、光命は神経質な指先で耳にかけた。夕霧命は腰の低い位置で腕組みをしながら、恋にこがれているような従兄弟に真っ直ぐ言葉を送った。

「お前が先に結婚するかもしれない」

 結婚式に夢中になっているのかと思ったが、どうも光命は違うようで、後ろ髪引かれることなく、軽く曲げた人差し指をあごに当て、夕霧命に振り返った。

「そうとは限らないのではありませんか?」
「なぜ、そんなことを言う?」

 不思議そうな顔をした従兄弟に、生まれたての十八歳で策士の光命は、優雅に微笑みながらこんな言葉を口にした。

「可能性の問題です」
「可能性……?」

 夕霧命にはなぜ今この言葉が出てきたのかわからなかったが、光命にしてみれば、彼は何も嘘はついていないのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

初恋が綺麗に終わらない

わらびもち
恋愛
婚約者のエーミールにいつも放置され、蔑ろにされるベロニカ。 そんな彼の態度にウンザリし、婚約を破棄しようと行動をおこす。 今後、一度でもエーミールがベロニカ以外の女を優先することがあれば即座に婚約は破棄。 そういった契約を両家で交わすも、馬鹿なエーミールはよりにもよって夜会でやらかす。 もう呆れるしかないベロニカ。そしてそんな彼女に手を差し伸べた意外な人物。 ベロニカはこの人物に、人生で初の恋に落ちる…………。

幼馴染みを優先する婚約者にはうんざりだ

クレハ
恋愛
ユウナには婚約者であるジュードがいるが、ジュードはいつも幼馴染みであるアリアを優先している。 体の弱いアリアが体調を崩したからという理由でデートをすっぽかされたことは数えきれない。それに不満を漏らそうものなら逆に怒られるという理不尽さ。 家が決めたこの婚約だったが、結婚してもこんな日常が繰り返されてしまうのかと不安を感じてきた頃、隣国に留学していた兄が帰ってきた。 それによりユウナの運命は変わっていく。

優しい微笑をください~上司の誤解をとく方法

栗原さとみ
恋愛
仕事のできる上司に、誤解され嫌われている私。どうやら会長の愛人でコネ入社だと思われているらしい…。その上浮気っぽいと思われているようで。上司はイケメンだし、仕事ぶりは素敵過ぎて、片想いを拗らせていくばかり。甘々オフィスラブ、王道のほっこり系恋愛話。

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません

下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。 旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。 ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...