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永遠は真実の愛/1
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パソコンの中にある音楽再生メディアは、すでに今の曲を二千回以上もプレイしていた。イヤフォンで現実をシャットアウト。視界はパソコン画面に釘づけで、キーボードを激しくパチパチと打っている。
その女の目には文字が次々と映り込んでゆく。
――私は小さい頃から、見えも聞こえもしないけど、墓地へ行くと、視線を感じることがよくあった。振り向いても、そこには誰もいなくて。でも、見られている感覚はよくあって。
いわゆる霊感ってやつだろう。しかし、何とも中途半端なもので、占い師になれるわけでもなく、私は二十代の頃はシンガーソングライターを目指していた。
あちこちの事務所から声をかけていただいたが、若さゆえに怖くなって、全てを断ってしまった。
二十代前半に運命の出会いをした人と、二十六歳で結婚。
二十九歳の時だ。変な宗教団体のお祈りの仕方なんてものを試してから、見えないものが見えるようになったのは。いわゆる、開眼した。完全に霊媒体質だ。宗教団体には入らなかったが。
しかも、都合よく、神様しか見えないという霊感で、霊体験の怖い思いもせず、スピリチュアルな世界へと入ってしまった。
他の人とは価値観がズレてゆくばかり。信じない人は信じない。それどことろか、否定されることもある。
それでも、神様と話すのは楽しかった。ただ困ったことがあって、神様の子供だけで、大人は見えない。だから、頼み事や願いを叶えてもらうことはできなかった。
どうも、霊感もチャンネルというものがあって、その照準が神様の子供に合っていたらしい。だから、彼らに友達の話や学校のことを聞かせてもらっていた。
それでも、とても心の澄んだ話で、綺麗な世界をずいぶんと夢見た。神様が住んでいるところは、とても素敵で、いい人ばかりなのだろうと思った。
しかし現実は厳しく、性格の不一致というありきたりな理由で、三十四歳で離婚。
家族とはもともと仲がよくなくて、しかも出戻りだからこそ、風当たりは強く、一年で失踪した。知り合いもいない都会で一人暮らし。
それでも、再婚し、霊感を使う仕事にもついたが、少しずつ体調を崩していき、最後は相手が浮気という形で、また離婚をした。
現実の忙しさに翻弄され、霊感はなくなっていき、精神的なバランスをかいて、現代医学では治せない病を抱え、結局実家へ戻ってくるしかなかった。
絶望の淵で生きていく気力もなく、あの綺麗だった神様の世界はもうどこにもなかった。
そして、気がつけば、四十三歳になっていた。好き好んで、病気持ちのアラフォー平凡女と結婚する男などいないだろう。子供はいなかったが。
しかし、ある日転機がやってきたのだ――
パソコンのキーボードを打っていた手をふと止め、イヤフォンをしているはずなのに、音量は目一杯なのに、春風のような穏やかな男の声が親しげに響いた。
「颯ちゃん!」
いきなりのバックハグ。薄手の白い布地が胸に強く巻きついた。
「どうして、抱きついてるんですか?」
漆黒の長い髪を揺らして、聡明な瑠璃紺色の瞳が悪戯っぽくのぞき込んだ。
「ぎゅーってしたいから」
その反対側から、地をはうような低さなのに、凛とした澄んだ女性的でありながら男性の声が呪い殺すように対抗してきた。
「なぜ、君だけがするんですか~? 僕もしたいんです~」
ピンクでフリフリの腕が二本巻きついてきて、妻はパソコンの前で、回転椅子の上で、夫ふたりに拘束をかけられた。
「いやいや! ふたりで抱きついてきて、どういうことで――」
背後のかなり上のほうから、高い声をわざと低くしたような、ありとあらゆる矛盾を含んだマダラ模様の声が、神さま使用の物言いをする。
「何、それ? 後ろからバッと飛びついていいの?」
妻の脳裏にパパッと電光石火の如く映像が浮かんだ。それは、跳び箱をするように遠くから勢いよく走ってきて、両足で床を強く蹴って、妻の背中に突進してくる夫の姿だった。
本作の最終的な主人公――明智 颯茄は慌てて止める。
「いやいや、やめてください! みんなの体重が十五分の一だからって、衝撃はきます!」
時々口走る、神さまを見ることができるようになってしまった、颯茄からの神ルール、その一。
――重力は地球の十五分の一。
摩擦も何もかもが十五分の一。それが常識の神世。
さっきまで気配がなかったのに、妻の背後にまた一人現れる。
神さまルール、その二。
――大人は瞬間移動ができる。
幽霊みたいに突然背後に現れるなど日常茶飯事。
出た~! まさしく、それである。神様だけど……。
羽のような柔らかで少し低めの夫の声が、あまり残念でもなさそうに、
「今日も僕は先を越されてしまったみたいです。残念無念」
「そういうわりには、お前、颯茄のそばに行かないよな?」
はつらつとしているが鼻声の、男にしては少し高めの響きが別の夫にツッコミを入れた。
「譲り合いの精神です。僕は彼女と他の方の時間を大切にしていますからね」
その女の目には文字が次々と映り込んでゆく。
――私は小さい頃から、見えも聞こえもしないけど、墓地へ行くと、視線を感じることがよくあった。振り向いても、そこには誰もいなくて。でも、見られている感覚はよくあって。
いわゆる霊感ってやつだろう。しかし、何とも中途半端なもので、占い師になれるわけでもなく、私は二十代の頃はシンガーソングライターを目指していた。
あちこちの事務所から声をかけていただいたが、若さゆえに怖くなって、全てを断ってしまった。
二十代前半に運命の出会いをした人と、二十六歳で結婚。
二十九歳の時だ。変な宗教団体のお祈りの仕方なんてものを試してから、見えないものが見えるようになったのは。いわゆる、開眼した。完全に霊媒体質だ。宗教団体には入らなかったが。
しかも、都合よく、神様しか見えないという霊感で、霊体験の怖い思いもせず、スピリチュアルな世界へと入ってしまった。
他の人とは価値観がズレてゆくばかり。信じない人は信じない。それどことろか、否定されることもある。
それでも、神様と話すのは楽しかった。ただ困ったことがあって、神様の子供だけで、大人は見えない。だから、頼み事や願いを叶えてもらうことはできなかった。
どうも、霊感もチャンネルというものがあって、その照準が神様の子供に合っていたらしい。だから、彼らに友達の話や学校のことを聞かせてもらっていた。
それでも、とても心の澄んだ話で、綺麗な世界をずいぶんと夢見た。神様が住んでいるところは、とても素敵で、いい人ばかりなのだろうと思った。
しかし現実は厳しく、性格の不一致というありきたりな理由で、三十四歳で離婚。
家族とはもともと仲がよくなくて、しかも出戻りだからこそ、風当たりは強く、一年で失踪した。知り合いもいない都会で一人暮らし。
それでも、再婚し、霊感を使う仕事にもついたが、少しずつ体調を崩していき、最後は相手が浮気という形で、また離婚をした。
現実の忙しさに翻弄され、霊感はなくなっていき、精神的なバランスをかいて、現代医学では治せない病を抱え、結局実家へ戻ってくるしかなかった。
絶望の淵で生きていく気力もなく、あの綺麗だった神様の世界はもうどこにもなかった。
そして、気がつけば、四十三歳になっていた。好き好んで、病気持ちのアラフォー平凡女と結婚する男などいないだろう。子供はいなかったが。
しかし、ある日転機がやってきたのだ――
パソコンのキーボードを打っていた手をふと止め、イヤフォンをしているはずなのに、音量は目一杯なのに、春風のような穏やかな男の声が親しげに響いた。
「颯ちゃん!」
いきなりのバックハグ。薄手の白い布地が胸に強く巻きついた。
「どうして、抱きついてるんですか?」
漆黒の長い髪を揺らして、聡明な瑠璃紺色の瞳が悪戯っぽくのぞき込んだ。
「ぎゅーってしたいから」
その反対側から、地をはうような低さなのに、凛とした澄んだ女性的でありながら男性の声が呪い殺すように対抗してきた。
「なぜ、君だけがするんですか~? 僕もしたいんです~」
ピンクでフリフリの腕が二本巻きついてきて、妻はパソコンの前で、回転椅子の上で、夫ふたりに拘束をかけられた。
「いやいや! ふたりで抱きついてきて、どういうことで――」
背後のかなり上のほうから、高い声をわざと低くしたような、ありとあらゆる矛盾を含んだマダラ模様の声が、神さま使用の物言いをする。
「何、それ? 後ろからバッと飛びついていいの?」
妻の脳裏にパパッと電光石火の如く映像が浮かんだ。それは、跳び箱をするように遠くから勢いよく走ってきて、両足で床を強く蹴って、妻の背中に突進してくる夫の姿だった。
本作の最終的な主人公――明智 颯茄は慌てて止める。
「いやいや、やめてください! みんなの体重が十五分の一だからって、衝撃はきます!」
時々口走る、神さまを見ることができるようになってしまった、颯茄からの神ルール、その一。
――重力は地球の十五分の一。
摩擦も何もかもが十五分の一。それが常識の神世。
さっきまで気配がなかったのに、妻の背後にまた一人現れる。
神さまルール、その二。
――大人は瞬間移動ができる。
幽霊みたいに突然背後に現れるなど日常茶飯事。
出た~! まさしく、それである。神様だけど……。
羽のような柔らかで少し低めの夫の声が、あまり残念でもなさそうに、
「今日も僕は先を越されてしまったみたいです。残念無念」
「そういうわりには、お前、颯茄のそばに行かないよな?」
はつらつとしているが鼻声の、男にしては少し高めの響きが別の夫にツッコミを入れた。
「譲り合いの精神です。僕は彼女と他の方の時間を大切にしていますからね」
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