上 下
2 / 243

永遠は真実の愛/1

しおりを挟む
 パソコンの中にある音楽再生メディアは、すでに今の曲を二千回以上もプレイしていた。イヤフォンで現実をシャットアウト。視界はパソコン画面に釘づけで、キーボードを激しくパチパチと打っている。

 その女の目には文字が次々と映り込んでゆく。

 ――私は小さい頃から、見えも聞こえもしないけど、墓地へ行くと、視線を感じることがよくあった。振り向いても、そこには誰もいなくて。でも、見られている感覚はよくあって。

 いわゆる霊感ってやつだろう。しかし、何とも中途半端なもので、占い師になれるわけでもなく、私は二十代の頃はシンガーソングライターを目指していた。

 あちこちの事務所から声をかけていただいたが、若さゆえに怖くなって、全てを断ってしまった。

 二十代前半に運命の出会いをした人と、二十六歳で結婚。

 二十九歳の時だ。変な宗教団体のお祈りの仕方なんてものを試してから、見えないものが見えるようになったのは。いわゆる、開眼した。完全に霊媒体質だ。宗教団体には入らなかったが。

 しかも、都合よく、神様しか見えないという霊感で、霊体験の怖い思いもせず、スピリチュアルな世界へと入ってしまった。

 他の人とは価値観がズレてゆくばかり。信じない人は信じない。それどことろか、否定されることもある。

 それでも、神様と話すのは楽しかった。ただ困ったことがあって、神様の子供だけで、大人は見えない。だから、頼み事や願いを叶えてもらうことはできなかった。

 どうも、霊感もチャンネルというものがあって、その照準が神様の子供に合っていたらしい。だから、彼らに友達の話や学校のことを聞かせてもらっていた。

 それでも、とても心の澄んだ話で、綺麗な世界をずいぶんと夢見た。神様が住んでいるところは、とても素敵で、いい人ばかりなのだろうと思った。

 しかし現実は厳しく、性格の不一致というありきたりな理由で、三十四歳で離婚。

 家族とはもともと仲がよくなくて、しかも出戻りだからこそ、風当たりは強く、一年で失踪した。知り合いもいない都会で一人暮らし。

 それでも、再婚し、霊感を使う仕事にもついたが、少しずつ体調を崩していき、最後は相手が浮気という形で、また離婚をした。

 現実の忙しさに翻弄ほんろうされ、霊感はなくなっていき、精神的なバランスをかいて、現代医学では治せない病を抱え、結局実家へ戻ってくるしかなかった。

 絶望のふちで生きていく気力もなく、あの綺麗だった神様の世界はもうどこにもなかった。

 そして、気がつけば、四十三歳になっていた。好き好んで、病気持ちのアラフォー平凡女と結婚する男などいないだろう。子供はいなかったが。

 しかし、ある日転機がやってきたのだ――

 パソコンのキーボードを打っていた手をふと止め、イヤフォンをしているはずなのに、音量は目一杯なのに、春風のような穏やかな男の声が親しげに響いた。

「颯ちゃん!」

 いきなりのバックハグ。薄手の白い布地が胸に強く巻きついた。

「どうして、抱きついてるんですか?」

 漆黒の長い髪を揺らして、聡明な瑠璃紺色の瞳が悪戯っぽくのぞき込んだ。

「ぎゅーってしたいから」

 その反対側から、地をはうような低さなのに、凛とした澄んだ女性的でありながら男性の声が呪い殺すように対抗してきた。

「なぜ、君だけがするんですか~? 僕もしたいんです~」

 ピンクでフリフリの腕が二本巻きついてきて、妻はパソコンの前で、回転椅子の上で、夫ふたりに拘束をかけられた。

「いやいや! ふたりで抱きついてきて、どういうことで――」

 背後のかなり上のほうから、高い声をわざと低くしたような、ありとあらゆる矛盾を含んだマダラ模様の声が、神さま使用の物言いをする。

「何、それ? 後ろからバッと飛びついていいの?」

 妻の脳裏にパパッと電光石火の如く映像が浮かんだ。それは、跳び箱をするように遠くから勢いよく走ってきて、両足で床を強く蹴って、妻の背中に突進してくる夫の姿だった。

 本作の最終的・・・な主人公――明智 颯茄りょうかは慌てて止める。

「いやいや、やめてください! みんなの体重が十五分の一だからって、衝撃はきます!」

 時々口走る、神さまを見ることができるようになってしまった、颯茄からの神ルール、その一。

 ――重力は地球の十五分の一。
 摩擦も何もかもが十五分の一。それが常識の神世。

 さっきまで気配がなかったのに、妻の背後にまた一人現れる。

 神さまルール、その二。
 ――大人は瞬間移動ができる。
 幽霊みたいに突然背後に現れるなど日常茶飯事。
 出た~! まさしく、それである。神様だけど……。

 羽のような柔らかで少し低めの夫の声が、あまり残念でもなさそうに、

「今日も僕は先を越されてしまったみたいです。残念無念」
「そういうわりには、お前、颯茄のそばに行かないよな?」

 はつらつとしているが鼻声の、男にしては少し高めの響きが別の夫にツッコミを入れた。

「譲り合いの精神です。僕は彼女と他の方の時間を大切にしていますからね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

後悔はなんだった?

木嶋うめ香
恋愛
目が覚めたら私は、妙な懐かしさを感じる部屋にいた。 「お嬢様、目を覚まされたのですねっ!」 怠い体を起こそうとしたのに力が上手く入らない。 何とか顔を動かそうとした瞬間、大きな声が部屋に響いた。 お嬢様? 私がそう呼ばれていたのは、遥か昔の筈。 結婚前、スフィール侯爵令嬢と呼ばれていた頃だ。 私はスフィール侯爵の長女として生まれ、亡くなった兄の代わりに婿をとりスフィール侯爵夫人となった。 その筈なのにどうしてあなたは私をお嬢様と呼ぶの? 疑問に感じながら、声の主を見ればそれは記憶よりもだいぶ若い侍女だった。 主人公三歳から始まりますので、恋愛話になるまで少し時間があります。

愛は赦しの中で

明智 颯茄
恋愛
 神である蓮は、ある日、妻の想い人を見つけてしまう――  神である蓮は妻子ある身だ。何とも説明したいが、彼にはもう一人妻がいる。それは人間の女で、魂も宿っていない、仮の存在――オマケ。  ある日、彼女の本棚の隙間から、神様名簿を見つけてしまうが、そこには、彼女の過去の恋愛相手が書き記されていた。  *ボーイズラブが出てきます。

アマレッタの第二の人生

ごろごろみかん。
恋愛
『僕らは、恋をするんだ。お互いに』 彼がそう言ったから。 アマレッタは彼に恋をした。厳しい王太子妃教育にも耐え、誰もが認める妃になろうと励んだ。 だけどある日、婚約者に呼び出されて言われた言葉は、彼女の想像を裏切るものだった。 「きみは第二妃となって、エミリアを支えてやって欲しい」 その瞬間、アマレッタは思い出した。 この世界が、恋愛小説の世界であること。 そこで彼女は、悪役として処刑されてしまうこと──。 アマレッタの恋心を、彼は利用しようと言うのだ。誰からの理解も得られず、深い裏切りを受けた彼女は、国を出ることにした。

【完結済み】婚約破棄致しましょう

木嶋うめ香
恋愛
生徒会室で、いつものように仕事をしていた私は、婚約者であるフィリップ殿下に「私は運命の相手を見つけたのだ」と一人の令嬢を紹介されました。 運命の相手ですか、それでは邪魔者は不要ですね。 殿下、婚約破棄致しましょう。 第16回恋愛小説大賞 奨励賞頂きました。 応援して下さった皆様ありがとうございます。 リクエスト頂いたお話の更新はもうしばらくお待ち下さいませ。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...