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妻の愛を勝ち取れ/19
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屋根の上でのんびりと隠れていた策士。聡明な瑠璃紺色の瞳は颯茄へ向くことはなかったが、陽だまりみたいな声はきちんと話しかけてきた。
「ボク、何番目~?」
無防備に妻は考え始めて、指を折ってゆく。
「え~っと……光さん、蓮、焉貴さん、夕霧さん、貴増参さん、独健さん、明引呼さん、明引呼さん……!」
何をしているかわかっていない妻は、人差し指を顔の横でピンと立てた。
「月さんを抜かして、最後です」
不親切である。妻は夫に自分で計算しろと言うのだ。夫は数字の中で生きている。だから、何番目かと聞いたのだ。九番目が正確な答え。
なぜ妻の回答がこうなってしまったのかを、帝国一の頭脳を持つ大先生は知っている。だから、わかりやすく、こう言った。
「そう~?」
教えを説く身。親切丁寧になど教えたら、本人の学びになどならない。ましてや、自分の妻だ、この女は。
わざと語尾が上げられた。合っているのか、それで――の意味だ。
こんな会話を他人と繰り返したら、人は離れていくだろう。聞いたことと違うことをあの人は返してくると。自分の話を聞いていないと思って。
めぐりめぐって、妻が辛い想いをするのだ。本人にそんなつもりはなくても、人を傷つけ、裏切りをし続けることになるのだから。
夫なりの妻への愛だったが、
「え……?」
不思議そうに聞き返しただけの颯茄。彼女の背後で、毎日同じ時刻に空を横切る飛行機が通り過ぎてゆく。あれは時計がわりだ。
十五時五十分二秒。残り十六分五十八秒――。
何気ない会話だからこそ、自分で気をつけないと変えられない。時間制限が今はある。待っても気づかない妻は放置。
飛行機を見ていることなど、知られないように、孔明は感慨深くため息をついた。
「空綺麗~」
颯茄は妙な会話はささっと片付けて、すぐそばに腰を下ろす。すると、ワンピースからはみ出した太ももに、屋根の冷たさが広がった。
「そうですね。いつも一人でくるんですか?」
「そうかも~?」
黒のワイドパンツは、立て膝にもう片方を足組された。布地をたっぷり取られたモード系ファッションが風に揺らめく姿などほったらかし。どこかずれているクルミ色の瞳には空ばかりだった。
「昔からこの空は綺麗です」
孔明の目的はふたつ。
好きと妻が言うこと――
チュ~をすること――
そして始まった、大先生の罠が。聡明な瑠璃紺色の瞳が、隣に座る妻の横顔に初めて向けられ、間延びした声で言う。
「颯ちゃん、この間、ボク、白くんに叱られちゃったぁ~」
策が張られているとも知らず、女子力のない妻は、風で胸元に落ちてきてしまった髪をガバッとつかみ、乱暴に背中に放り投げた。
人の名前が出てきた話。空から視線をはずし、小さくなってしまった庭のガーデンテーブルを眺める。
「白くん? あぁ、明引呼さんの子供ですよね?」
この言動と間は、妻の記憶力がどの程度なのかが、ひとつ情報漏洩する。夫の瞳という視覚と、耳という聴覚から。
「そう」
孔明はただうなずく、春風みたいな軽やかな声で。だがそれは、先を促している。
妻の性格なら、これだけで勝手に話をしてくる。自身の情報漏洩はさけて、彼女のものだけ引き出せる。仕掛けた通り、颯茄は自分で質問してしまった。
「何したんですか?」
漆黒の髪の中にある、精巧な頭脳にデジタルに記録されてゆく。
聞きたがっている。
この話に興味がある。
つまり、次回以降の会話が進みやすい候補に入られる。妻とスムーズにコミュニケーションを取るためには重要なことだ。
颯茄と孔明の視線が初めて交わった。妻と夫の普通の会話に見える罠。
「ボク、散らかってたから、片付けようとしたんだけど、僕がやるから、パパはやらないでって言われちゃったぁ~」
白はかなり特殊で、複雑な事情が絡んでいる。明引呼と結婚する前に、彼は子供としてずいぶん前からもういたのだ。明引呼は知っていても、子供慣れしていない孔明には難関だった。
妻は十五年前にも話したことがある、五歳の我が子を熟知していた。
「それは仕方がないですね。白くん、見た目は五歳でも、千年以上生きてますから、片付けぐらいできます。自分で」
明引呼が護法童子として、作った化身なのだ。ずっと五歳止まりだった、十五年前までは。下手をすれば、大人顔負けな人生を送っているのである。
「パパは難しいなぁ~」
間延びした言い方をしながら、孔明の大きな手がすっと伸びてきた。颯茄はそれをつかみ返して、母として生きてきた九年間を振り返る。
「やらせておけばいいんです。子供はやりたいんですから……」
そして、孔明は妖艶に起き上がって、エキゾチックな香を匂い立たせながら、左耳のチェーンピアスを揺らしながら、こんなことを言った。
「颯ちゃん、チュ~して慰めて~?」
「ボク、何番目~?」
無防備に妻は考え始めて、指を折ってゆく。
「え~っと……光さん、蓮、焉貴さん、夕霧さん、貴増参さん、独健さん、明引呼さん、明引呼さん……!」
何をしているかわかっていない妻は、人差し指を顔の横でピンと立てた。
「月さんを抜かして、最後です」
不親切である。妻は夫に自分で計算しろと言うのだ。夫は数字の中で生きている。だから、何番目かと聞いたのだ。九番目が正確な答え。
なぜ妻の回答がこうなってしまったのかを、帝国一の頭脳を持つ大先生は知っている。だから、わかりやすく、こう言った。
「そう~?」
教えを説く身。親切丁寧になど教えたら、本人の学びになどならない。ましてや、自分の妻だ、この女は。
わざと語尾が上げられた。合っているのか、それで――の意味だ。
こんな会話を他人と繰り返したら、人は離れていくだろう。聞いたことと違うことをあの人は返してくると。自分の話を聞いていないと思って。
めぐりめぐって、妻が辛い想いをするのだ。本人にそんなつもりはなくても、人を傷つけ、裏切りをし続けることになるのだから。
夫なりの妻への愛だったが、
「え……?」
不思議そうに聞き返しただけの颯茄。彼女の背後で、毎日同じ時刻に空を横切る飛行機が通り過ぎてゆく。あれは時計がわりだ。
十五時五十分二秒。残り十六分五十八秒――。
何気ない会話だからこそ、自分で気をつけないと変えられない。時間制限が今はある。待っても気づかない妻は放置。
飛行機を見ていることなど、知られないように、孔明は感慨深くため息をついた。
「空綺麗~」
颯茄は妙な会話はささっと片付けて、すぐそばに腰を下ろす。すると、ワンピースからはみ出した太ももに、屋根の冷たさが広がった。
「そうですね。いつも一人でくるんですか?」
「そうかも~?」
黒のワイドパンツは、立て膝にもう片方を足組された。布地をたっぷり取られたモード系ファッションが風に揺らめく姿などほったらかし。どこかずれているクルミ色の瞳には空ばかりだった。
「昔からこの空は綺麗です」
孔明の目的はふたつ。
好きと妻が言うこと――
チュ~をすること――
そして始まった、大先生の罠が。聡明な瑠璃紺色の瞳が、隣に座る妻の横顔に初めて向けられ、間延びした声で言う。
「颯ちゃん、この間、ボク、白くんに叱られちゃったぁ~」
策が張られているとも知らず、女子力のない妻は、風で胸元に落ちてきてしまった髪をガバッとつかみ、乱暴に背中に放り投げた。
人の名前が出てきた話。空から視線をはずし、小さくなってしまった庭のガーデンテーブルを眺める。
「白くん? あぁ、明引呼さんの子供ですよね?」
この言動と間は、妻の記憶力がどの程度なのかが、ひとつ情報漏洩する。夫の瞳という視覚と、耳という聴覚から。
「そう」
孔明はただうなずく、春風みたいな軽やかな声で。だがそれは、先を促している。
妻の性格なら、これだけで勝手に話をしてくる。自身の情報漏洩はさけて、彼女のものだけ引き出せる。仕掛けた通り、颯茄は自分で質問してしまった。
「何したんですか?」
漆黒の髪の中にある、精巧な頭脳にデジタルに記録されてゆく。
聞きたがっている。
この話に興味がある。
つまり、次回以降の会話が進みやすい候補に入られる。妻とスムーズにコミュニケーションを取るためには重要なことだ。
颯茄と孔明の視線が初めて交わった。妻と夫の普通の会話に見える罠。
「ボク、散らかってたから、片付けようとしたんだけど、僕がやるから、パパはやらないでって言われちゃったぁ~」
白はかなり特殊で、複雑な事情が絡んでいる。明引呼と結婚する前に、彼は子供としてずいぶん前からもういたのだ。明引呼は知っていても、子供慣れしていない孔明には難関だった。
妻は十五年前にも話したことがある、五歳の我が子を熟知していた。
「それは仕方がないですね。白くん、見た目は五歳でも、千年以上生きてますから、片付けぐらいできます。自分で」
明引呼が護法童子として、作った化身なのだ。ずっと五歳止まりだった、十五年前までは。下手をすれば、大人顔負けな人生を送っているのである。
「パパは難しいなぁ~」
間延びした言い方をしながら、孔明の大きな手がすっと伸びてきた。颯茄はそれをつかみ返して、母として生きてきた九年間を振り返る。
「やらせておけばいいんです。子供はやりたいんですから……」
そして、孔明は妖艶に起き上がって、エキゾチックな香を匂い立たせながら、左耳のチェーンピアスを揺らしながら、こんなことを言った。
「颯ちゃん、チュ~して慰めて~?」
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