大人の隠れんぼ=妻編=

明智 颯茄

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妻の愛を勝ち取れ/7

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 ――この男は悪を知らない。三百億年も生きている。だからこそ、教えられるのだ。もっとフリーダムにポジティブに生きろと。狭くなりがちな視野。もっと世界は広いのだと。限界いっぱいで勝負していけと。

 間違ったものに左右されるな。いらないのは向こうだと。この男ならば、人の一人や二人。簡単に滅ぼせるだろう。皇帝のような威圧感と無機質な思考で。

 悪の対義語の正義など知らない。彼にとっては普通なのだ。だから、正義感などない。そんな概念など持っていない。普通のことを普通にしているだけ。そんな大人。

 それなのに、二十一時になったら、眠くなると言う。子供と就寝時刻が一緒。しかも、床に転がって、毛布もかぶらず寝オチ。大人なのだから、布団で寝ろと何度注意しても、自分のそばにいたいと言って聞かない。お子さまな男――

 綺麗な大人の男なのに、子供みたいに甘えてくる焉貴。天使か何か神聖なものに出会ったような気がして、颯茄は聖堂で懺悔ざんげするような気持ちになった。

「……愛してます」 

 だが、対する夫の反応はどこまでも無機質だった。

「そう」

 そこにどんな意味があるのかわからない言葉で、妻は妄想世界の聖堂から、子供部屋のクローゼットに引き戻された。

「え、何ですか?」

 焉貴は未だ颯茄を片手で抱えたまま、超ハイテンションで右手をパッとかかげた。

「情報漏洩です!」

 ミラクル策略家。何をどうやって計算しているのかわからず、妻はびっくりして、大声を上げたのだった。

「えぇっ!? どういうこと?」

 颯茄が驚いている隙に、深緑のベルベットブーツの両足は、焉貴の最低限の筋肉してついていない右腕で、ワインレッドのスーツの脇に通して持ち上げらた。

「それより、お前、おとなしく俺にやられちゃいなよ」

 いつの間にか、すれ違うようにお姫さまだっこをされていることにも気づかず、どこかいってしまっている焉貴の黄緑色の瞳の前で、颯茄はあきれたため息をつく。

「何で、敵を倒すみたいなことを……」

 おでこにコツンと相手のそれがぶつかり、山吹色のボブ髪が頬に触れる。

「キスするんだから、黙っちゃって」

 高校の数学教師につかまえられ、足は床についていない。誰も助けにくるわけもなく――というより、夫と妻なのであって、これでいいのだ。颯茄はとうとううなずいてしまった。

「はい、先生……」

 彫刻のように彫りの深い顔が、ナルシスト的に微笑む。

「俺、キス、マジでうまいからね」

 こんなことまで自画自賛。だが、この男に悪は存在していない。怠惰という視野の狭さなど持っていない。だからこそ、本当の話なのだ。妻は思いっきり言葉を詰まらせ、うなった。

「知っっってます!」

 マスカットの甘い香りが広がると、唇は触れて、絹のような滑らかさが頭をクラクラとさせる。

 ――テクニカルな極上のキス。

 フワフワと泡の上を歩いているような感覚で、いつまでも醒めない夢であってほしいと願いたくな――

「焉貴~? もういいですか~?」

 凛とした澄んだ儚げで丸みのある女性的な声が割って入ってきた。唇は名残惜しさもなくスッと離れ、クローゼットの扉はあっという間に開けられたのだった。

「いいよ」

 一人で立つようにと離された颯茄は、マゼンダの長い髪と白いチャイナドレスを見つけて、一気に目が覚めた。

「あれ、待ってた?」

 隠れんぼである。見つけたら、すぐに声をかけるはずのなのに、言ってこない。矛盾を感じている妻を残して、数字に異様に強い焉貴と月命だけで、こんなやり取りが行われた。

「あと残り一時間二秒ね」

 ペンダントヘッドから手先が器用と言わんばかりの手が離れて、チャラチャラとチェーンが鳴り響く。その前で、ニコニコの笑顔が腕時計をする内手首に向けられた。

「えぇ、さすが焉貴は違いますね~」
「そう?」

 気のない返事。焉貴にとっては当たり前のことで、そこにうぬぼれなどないのだ。

 なぜだか、時間制限がある大人の隠れんぼ。真意を隠すためのニコニコの笑みは、妻に向けられる。

「それでは、颯はまた隠れてください~」
「あぁ」

 彼女は素直にうなずき、スッと瞬間移動でいなくなった。

 山吹色のボブ髪はかき上げられ、地上にいる全ての人々をひれ伏せさせるような威圧感を持った。

「合格。『わかった』じゃないの、ここはね。まぁ、まだ四十点ってとこね」

 愛する男として、教育者として、夫として。妻の成長を強く望むのだ。

「光が注意したのかもしませんね~」

 策士の四人はデフォルトでは、絶対に使わない言葉。罠を成功させるとかそう言うことではなく、人として、嘘をつかないための対策。相手を傷つけない方法。

 女装教師と数学教師。柔らかな陽光が入り込む子供部屋で、どこかいってしまっている黄緑色の瞳とヴァイオレットのそれは出会う。

 着ている服はどうであれ、体の構造は同じ。白いシルクのミニスカートの上から、焉貴はさっき妻に触られたところに、何のけがれもなく、ダイレクトに手を押し当てる。

 月命のピンヒールは裸足に寄り添い、二人の手はお互いの指先をひとつひとつ大切に絡め取った。
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