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妻の愛を勝ち取れ/1
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「え……? 隠れんぼ?」
聞き返した颯茄の頭上には、つるしびなのようなものが天井からいくつも下がっていた。雪だるまやミカンなどの冬を象徴するものが、子供がいる家らしく可愛く飾られた玄関ロビー。
月命はニコニコの笑みで「えぇ」とうなずき、何気ないふりで話を進める。
「みなさんと相談して、僕たちは君とぜひしたいんです~」
敷かれている白の絨毯には、汚れがひとつもなく、それどころか劣化もない。何もかもが永遠の世界で当たり前にある現象だった。
言われた内容は鬼ごっこをするだけ。当然だが、妻に好きと言わせる、キスをするは聞かされていない。颯茄は。
週休三日制の学校。登校日は、水曜日、木曜日、土曜日、日曜日。
だが、妻は曜日と関係ない生活を送っている。静かだということは、子供たちは今学校に行っているのだろうな、ぐらいの認識だった。
だからこそ、颯茄は引っかかりを覚え、革のヘアバンドをした頭を傾げた。
「大人だけで? 何だかおかしい気が――」
「新しい家を覚えるいい機会だと思うんだが……」
夫の鼻声がサッカーのスライディングタックルをするようにさっと割り込んだ。他の夫たちは心の中で、ファインプレイを褒めたたえる。
――ナイス! 独健。
妻の深緑のベルベットロングブーツは、その場で右に左に小刻みに絨毯を踏みならした。
「あぁ、そうですね……。確かに探索してみてもいいかも?」
朱色の布をかけた長椅子が、雅な会でも催されるような風流な雰囲気を醸し出しているのを眺めながら、Aラインの紫色のワンピースは戸惑いという動きをする。
「自分が鬼になったら、どうやって探――」
「君は鬼にならずに、見つかったらまた隠れていただきます~」
今度は月命がうまく阻止した。吹き抜けの窓ガラスは、まるで流れ落ちる滝のように高く立ち上がっている。
「あぁ、そうですか……」
結婚指輪をした手を、颯茄は自分の唇に当てていたが、それぞれの服装で自分を囲んでいる夫たちのデフォルト能力に手をつけた。
「あれ? 瞬間移動したら、すぐに見つけられるじゃないですか? その人のそばにすぐ行けるから、それじゃ意味がな――」
「そちらは安心してください。鬼は個別瞬間移動ではなく、エリア瞬間移動だけを使っていただきます。隠れる人は一度隠れたら、場所は変えられません」
子供の遊びは大人にはできないのだ。そのままやってしまったら。下手をすれば、隠れないで、永遠瞬間移動で逃げるになってしまう。
「そうですか……でも――」
だが、いくらどこかずれている妻の頭でも、この屋敷の霞むような廊下の長さが決心を鈍らせた。
「ここって、地球一個分の広さありましたよね?」
「えぇ」
当たり前のように返ってきた返事。瞬間移動できる人々が暮らすからこその広さ。
廊下の水色の絨毯から、自分のそばに立っている銀髪を持つ夫の身を、妻は案じた。
「蓮が迷った時はどうするんですか?」
この夫ときたら、右から建物の中に入ったのに、何の迷いもなく左に出てゆくのだ。俺さまゴーイングマイウェイで。どこへ行く気だと妻はすらっとした背中に、いつも突っ込みたくなるのである。
慣れているはずの近所でも迷ってしまう。近くの駅を出たと言うのに、一時間以上待っても帰ってこない。そんなことは当たり前。
他の夫たちはため息をついた。
「自宅で迷うほどの方向音痴……」
地球一個分の家。何時間も迷って、挙げ句の果て瞬間移動で戻るしかなくなるのだ。食事になっても現れないなんてことは、よくあること。しかし、親切に迎えに行くと怒るのである。自力で帰ろうとしていたと言い張って。
颯茄は思う。方向音痴は個性だ。本人も直そうと努力を重ねているが、できないのだ。だからこそ、心配なのだ。蓮が鬼ごっこをするなど。
とにかく、妻を納得させる提案をしないと先に進まない。女装がいつもより女性らしさを振りまく月命は、凛とした澄んだ声を鈴音のようにシャンと儚げに鳴らした。
「それでは、蓮は道に迷った時だけ、元の位置、こちらへの瞬間移動を許可します」
「わかりました」
ピンクのレースカーディガンを着ている颯茄が頭を下げた、その隙に策士四人が見た時計は、
十四時三十七分ちょうど――。
「それでは僕が鬼です~。十数えるうちに隠れてくださ~い」
女装している夫が鬼。それだけでも、ある意味怖さ全開。それなのに、ピンヒールで大理石の上を、忍び寄る恐怖を感じさせうようにカツンカツンと響かせながら、近づいてくる。
そう思うと、ホラー映画を見ている時のように、背中から手をいきなりかけられたら、思わず悲鳴を上げて、飛び上がってしまいそうである。
「ど、どこ……?」
目隠しなどしない。月命はニコニコの笑顔のまま、食器を数えて、最後のオチが一枚足りないみたいな、ホラーなカウントダウンを始めた。
「い~ち、に~い……」
妻のロングブーツがウロウロしている間に、夫九人の姿は見事なまでに消え去った。
「あぁ~、みんな瞬間移動で行ってしまった」
颯茄も使える。だが、魔法ではなく、これはデフォルトの能力であって、きちんと法則性があって、妻は頭を悩ませた。
「瞬間移動って、行ったことないところに行けないんだよね」
行きたい場所や人をイメージして、対象物を心の目で探し、自分との距離を測って、初めて飛ぶことができるのである。
「さ~ん、よ~ん……」
迫り来る戦慄のような月命の声が、妻を妄想世界へと追いやった。
聞き返した颯茄の頭上には、つるしびなのようなものが天井からいくつも下がっていた。雪だるまやミカンなどの冬を象徴するものが、子供がいる家らしく可愛く飾られた玄関ロビー。
月命はニコニコの笑みで「えぇ」とうなずき、何気ないふりで話を進める。
「みなさんと相談して、僕たちは君とぜひしたいんです~」
敷かれている白の絨毯には、汚れがひとつもなく、それどころか劣化もない。何もかもが永遠の世界で当たり前にある現象だった。
言われた内容は鬼ごっこをするだけ。当然だが、妻に好きと言わせる、キスをするは聞かされていない。颯茄は。
週休三日制の学校。登校日は、水曜日、木曜日、土曜日、日曜日。
だが、妻は曜日と関係ない生活を送っている。静かだということは、子供たちは今学校に行っているのだろうな、ぐらいの認識だった。
だからこそ、颯茄は引っかかりを覚え、革のヘアバンドをした頭を傾げた。
「大人だけで? 何だかおかしい気が――」
「新しい家を覚えるいい機会だと思うんだが……」
夫の鼻声がサッカーのスライディングタックルをするようにさっと割り込んだ。他の夫たちは心の中で、ファインプレイを褒めたたえる。
――ナイス! 独健。
妻の深緑のベルベットロングブーツは、その場で右に左に小刻みに絨毯を踏みならした。
「あぁ、そうですね……。確かに探索してみてもいいかも?」
朱色の布をかけた長椅子が、雅な会でも催されるような風流な雰囲気を醸し出しているのを眺めながら、Aラインの紫色のワンピースは戸惑いという動きをする。
「自分が鬼になったら、どうやって探――」
「君は鬼にならずに、見つかったらまた隠れていただきます~」
今度は月命がうまく阻止した。吹き抜けの窓ガラスは、まるで流れ落ちる滝のように高く立ち上がっている。
「あぁ、そうですか……」
結婚指輪をした手を、颯茄は自分の唇に当てていたが、それぞれの服装で自分を囲んでいる夫たちのデフォルト能力に手をつけた。
「あれ? 瞬間移動したら、すぐに見つけられるじゃないですか? その人のそばにすぐ行けるから、それじゃ意味がな――」
「そちらは安心してください。鬼は個別瞬間移動ではなく、エリア瞬間移動だけを使っていただきます。隠れる人は一度隠れたら、場所は変えられません」
子供の遊びは大人にはできないのだ。そのままやってしまったら。下手をすれば、隠れないで、永遠瞬間移動で逃げるになってしまう。
「そうですか……でも――」
だが、いくらどこかずれている妻の頭でも、この屋敷の霞むような廊下の長さが決心を鈍らせた。
「ここって、地球一個分の広さありましたよね?」
「えぇ」
当たり前のように返ってきた返事。瞬間移動できる人々が暮らすからこその広さ。
廊下の水色の絨毯から、自分のそばに立っている銀髪を持つ夫の身を、妻は案じた。
「蓮が迷った時はどうするんですか?」
この夫ときたら、右から建物の中に入ったのに、何の迷いもなく左に出てゆくのだ。俺さまゴーイングマイウェイで。どこへ行く気だと妻はすらっとした背中に、いつも突っ込みたくなるのである。
慣れているはずの近所でも迷ってしまう。近くの駅を出たと言うのに、一時間以上待っても帰ってこない。そんなことは当たり前。
他の夫たちはため息をついた。
「自宅で迷うほどの方向音痴……」
地球一個分の家。何時間も迷って、挙げ句の果て瞬間移動で戻るしかなくなるのだ。食事になっても現れないなんてことは、よくあること。しかし、親切に迎えに行くと怒るのである。自力で帰ろうとしていたと言い張って。
颯茄は思う。方向音痴は個性だ。本人も直そうと努力を重ねているが、できないのだ。だからこそ、心配なのだ。蓮が鬼ごっこをするなど。
とにかく、妻を納得させる提案をしないと先に進まない。女装がいつもより女性らしさを振りまく月命は、凛とした澄んだ声を鈴音のようにシャンと儚げに鳴らした。
「それでは、蓮は道に迷った時だけ、元の位置、こちらへの瞬間移動を許可します」
「わかりました」
ピンクのレースカーディガンを着ている颯茄が頭を下げた、その隙に策士四人が見た時計は、
十四時三十七分ちょうど――。
「それでは僕が鬼です~。十数えるうちに隠れてくださ~い」
女装している夫が鬼。それだけでも、ある意味怖さ全開。それなのに、ピンヒールで大理石の上を、忍び寄る恐怖を感じさせうようにカツンカツンと響かせながら、近づいてくる。
そう思うと、ホラー映画を見ている時のように、背中から手をいきなりかけられたら、思わず悲鳴を上げて、飛び上がってしまいそうである。
「ど、どこ……?」
目隠しなどしない。月命はニコニコの笑顔のまま、食器を数えて、最後のオチが一枚足りないみたいな、ホラーなカウントダウンを始めた。
「い~ち、に~い……」
妻のロングブーツがウロウロしている間に、夫九人の姿は見事なまでに消え去った。
「あぁ~、みんな瞬間移動で行ってしまった」
颯茄も使える。だが、魔法ではなく、これはデフォルトの能力であって、きちんと法則性があって、妻は頭を悩ませた。
「瞬間移動って、行ったことないところに行けないんだよね」
行きたい場所や人をイメージして、対象物を心の目で探し、自分との距離を測って、初めて飛ぶことができるのである。
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迫り来る戦慄のような月命の声が、妻を妄想世界へと追いやった。
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