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美しい男が、僕を見つめている。
有象無象の人間がひしめいて騒がしいはずのダンスホールは、彼と目を合わせた瞬間に静まり返った。そんな錯覚さえ受けるほど、僕の全身は彼の緑の瞳に囚われて──。
リドには憎むべき男がいた。
リドは王弟を父に持つ公爵家の一人息子である。王政を敷くこの国では王族の権力は言わずもがなであり、リド自身も生活に困ることなく生きてきた。
そんなリドを王都で有名にしたのは、彼のその人並み外れた美しさであった。
長い睫毛に美しい青色の瞳。髪は銀糸と見紛う白く透明感のあるもので、彼の外見は彼の肌の白さと相まって神々しさすら与える力があった。彼が微笑めば年齢も性別も関係なく多くの人が心を奪われ、彼が悩まし気な表情を浮かべるだけで数多の手が彼に差し伸ばされる。そのような生活は彼が物心付いたころから続いていた。
その結果、──リドはどうしようもない我が儘放題の放浪息子になってしまったのだ。
そのような不出来な息子にも関わらず両親は彼を溺愛し続け、リドの人生の展望はお気楽なものだった。将来は公爵家を継ぎ領地と事業を任される、謂わば約束された未来を持っている男だ。この外見で生きていれば息をするだけで集まってくる女たちと遊びだって数え切れないほどしたし、公爵家の財力と権力を振り翳す楽しさだって知ってしまった。リドの美しさは幼い頃から変わらず、今も微笑み一つで世界が思い通りに動く。
そんなリドの悩みはたった一つ。
憎きオルトをどう打ちのめしてやるかだった。
オルトはリドの二歳上の青年だ。
リドと同じく公爵家の生まれで、こちらはリドと異なり何代も前に王家の親族がいたとか。ここの家は政務官をよく輩出し、政界での覚えもめでたい。
彼はそんな家の次男だった。順当にいけば跡継ぎは長男になるはずが、有り余る才能に兄を差し置いて公爵家の跡継ぎとして育てられた男だった。その外見は麗しく、対外的には儚い印象を与えるリドと対照的にぬばたまのように黒く艶やかな髪に、普段は無表情に隠された甘いマスク。そして鍛え上げられた肉体を持った、まさに皆の注目の中心にいるような男だ。
同じ公爵家ということで幼少期から彼とは会う機会があった。リドの父とオルトの父は交友があるようで、一年に少なくとも一回は家族で交友を持っていた。──が、幼少期は特に人外めいた──教会に飾られる天使に見紛う姿をしていたせいで花よ蝶よと育てられたリドと、後継ぎとして厳しく育てられたオルトの性格が一致するはずもなく。リドは侯爵家に行っても彼の兄である少年と遊ぶのが常だったし、彼は弟のオルトに劣等感を抱いているからか三人で遊ぶこともなく、オルトのことは気難しい奴とだけ認識していた。
そんな二人の距離は年を経ても縮まることなど無く、寧ろ悪化した。リドが一方的にそう思っているだけなのだが。
貴族の子息が通う学園にリドが入学した時、年上のオルトは学年首位の優等生だった。
勉強も程々に、要領よく自由を得たリドが女遊びにかまけている間にも、オルトの学内での評価は下がることもなく、彼が一足先に卒業してからはリドにはてんで興味も無い事業だかで成果を上げてゆく。オルトの姿見は若い令嬢の間で話題となり、見目の麗しさと事業の功績で社交界での人気はうなぎ上り。今や数多の令息たちの注目の的だ。
リドが耳を塞ごうにも入ってくるオルトへの称賛の声に比例して、リドの心の中には徐々に薄暗い憎しみが積み重なっていた。
オルトが話題に上がる度に、リドの領域を土足で踏み荒らされるような不快感が募っていく。オルトが直接リドに何かしたわけではない。リドは彼の視界には入っていない。しかしリドが人格形成される段階で培った価値観が、オルトを敵とみなした。
オルトはリドと同じく美しい男だったが、その婚約者も彼に相応しい出来た女性であった。オルトの婚約者は彼がたった三歳の時に決められた彼に相応しい家柄の、美しく聡明な女である。幼い頃に何度か茶会で会ったことがあったが、彼女とは学園で同じクラスになり何かと交友することがあった。リドの目から見ても、オルトの婚約者に相応しい女性であった。
リドは腹の底に渦巻く不快感のままに、彼女に誘いをかけた。決して本気ではなかったが、すげなく断られた時に思い浮かんだのはオルトの気難しそうな顔であった。リドはそして、ようやくオルトに正当な”嫉妬”を向ける権利を得たような気になって、安堵した。
彼女は貞淑な女だった。リドの誘いに乗らない女なんて初めてだった。だからリドはオルトに関わるすべてが憎たらしくて、大胆にもあんなことをしてしまったのだ。
「あン、やだ…………」
リドと違って硬く乾燥した手が太腿を撫でる。それに毛が逆立つような感覚を覚えながらも、リドは口に浮かべた笑みを崩さずに目の前の男に計算された微笑みを向けた。月光がリドを照らし出す。リドの普段と異なる金の色をした髪は月光に反射してきらきらと輝き、男を惑わす。白い肌が感じ入って赤く染まり、男の目を引き付ける。リドの長い睫毛が月光に煌めく度に、目の前の男は眩しいものでも見たかのように目を細めた。
「嗚呼、貴方の肌はいつ触れても心地が良い」
「公爵様も、悪いお人ね」
国の主催したパーティーに呼ばれるのは、身分の約束された貴族のみ。
本来オルトはこんな場所から離れて社交界の輪の中に入ってなければおかしいというのに、彼は寒空の下で女のスカートの下に手を伸ばしていた。彼の指が太腿に食い込む。
女と言うのは、紛れもなく自分である。
美丈夫が性欲に溺れる姿を見るのは実に面白い。興奮を飲み込み、情欲に包まれた男はなんとも淫猥で、背徳的だった。リドの目の前には謎の女に弄ばれ籠絡される仔羊が一匹。次期公爵の将来有望な青年が、情けないただの男になり下がるのを見ることの出来る特等席。それがリドの今の立ち位置だ。
興奮を飲み込み、情欲に包まれた男はなんとも淫猥で、背徳的だった。あの無表情が切なげにリドを見つめるのだから!
この寒さからかバルコニーには誰もいない。リドは肩にかけた毛皮のコートを一層強く巻き付け、オルトの首に腕を回す。
「早くあなたの熱で私を温めて……?」
「~~っ、貴方というお人は!」
がばりと抱き着いてきた男に、リドの口元は自然に笑みを浮かべていた。
リドの大して賢くもない頭の生み出した復讐方法は、いかにも単純なものであった。
リドはあの憎たらしい男の鼻を折ってしまいたくて堪らなかった。そう、だって人々の話題の中心は公爵家の麗人であるリドでないとならないのだから。リドはこの男が自分に乞い縋る姿を見たかったのだ。だって、リドの前に現れる人間は全てそうしてきたのだから。
──若くして公爵家の跡継ぎとして邁進する美青年。
人々が噂する彼の人物像は、おおよそ定まっている。だから、あの男の印象に致命的な傷をつけることにしたのだ。遊びまくっている自分には痛くも痒くもないが、清廉潔白なイメージの付きまとうオルトにはこれがきっと一番効くだろう。
そうと決まればリドは早かった。
リドは女遊びをやめて屋敷に籠り、食事を抜くようにした。もともと遊んでばかりで筋肉質な身体つきではなかったが、それでも男らしい身体つきをしていた。数週間も水と果実だけで過ごしていれば、細い線をしていた身体さらに細くなり、パットを詰めてコルセットを纏うだけで女と変わらない姿になれる。女遊びをしていた甲斐もあり、淑女の作法は身に染み付いていた。
自信のトレードマークである髪色とは全く異なる、貴族に多い金髪のかつらを被り、首や手など男らしい部分をうまく隠したドレスを着れば、鏡の中には絶世の美女がいた。
(これなら……)
ごくりとリドの喉が鳴る。
リドはあの男に、特大のスキャンダルを食らわせてやることにしたのだ。
はじめて彼にこの姿で会った時、リドは愉快な気持ちでいっぱいだった。
屋敷に閉じこもっている間に、身体の準備は外見だけではなく中まで済ませていた。
女と違って男のソコは濡れない。だからリドは今日という日のために何日もかけてナカを慎重に拡張して、更に夜会の前に解してたっぷりと潤滑油を仕込んでから会場に潜り込んだ。遊び人のリドには伝手など数え切れぬほどあるから、遊び相手の女性の招待状を拝借すれば、性別を偽っていようとも簡単に夜会に参加することができた。
その日、オルトはいつも通りダンスホールの中心にいた。
彼の周りだけ証明が強く落とされているように、遠くから見てもきらきらと輝く男。その姿が眩しくて、憎たらしい。
己の中で湧き上がる熱情を抑え込んで、リドはさり気なくオルトの近くをうろついた。オルトはダンスホールでも中心になりやすい位置にいて、多くの女性に囲まれていた。
オルトが数々の美女からアプローチを受けていることを知っている。それをすべて婚約者を理由に断っていることも。しかし勝利を確信していたリドは、物怖じすることなく彼を見つめ続けた。
ようやく──目が合った時、全身に電流が走ったかのような、ゾクゾクと腹の底から湧き出る興奮が身を震わせる。
(ああ、俺はあの男に喰われるのだ)
リドは男を誘い込む。
オルトはリドと一度目が合うと周囲の女性たちに目もくれず、じっとリドの姿を目で追い始める。
公爵令息であったリドはその美しさで数多の人間をその手で転がしてきた。それが多少くすんだ髪色になれど、偽りの性を演じていようと、オルトの目線の先にいる己は絶世の美女に映っているに違いないという確信があった。
その様子にリドは内心ほくそ笑んで、自分の唇を色っぽく指でなぞった。赤く色付いた唇で言葉もなく彼の名前を呟けば、オルトは婚約者のことなど忘れた様子でリドを見つめながら呆けた顔をする。
その目線に気付いていながらリドは逢瀬によく使用される人除けのされたバルコニーに姿を消した。名も無き令嬢に気付いた蚊帳の外の男たちも詰め寄るも、使用人らに追い返される。そうして唯一この場に辿り着くことのできた男は、女の誘いの意味をよく分かっていた。
言葉もなく女の美しさに震える男を目の前に、リドはヒールを鳴らした。呆然とした男は、リドを拒むことはできない。
男がついに動いた時から、リドの心は歓喜に満ち溢れていた。だがそれを表情に出すことはしない。
リドはこの美しい男をどう堕落させてやろうかと思考しながら、彼の唇に嚙みついた。
男のリドであっても、背の高い彼の唇はヒールを履いていなければ届かなかっただろう。胸元に手を置けば、スーツ越しにも彼の鍛え上げられた胸筋を感じることができる。二人の間に熱い吐息が溢れる。
至近距離で目を合わせても、男は女装したリドの正体に気付かなかった。当然だ。ここ数年彼とまともに話した経験など無いのだから。
誘えば堕ちるのは一瞬であった。
ドレスの裾に隠された秘部は消して晒さず、それでいて男の情を煽ったリドは、そうして目的を果たしたのだ。
有象無象の人間がひしめいて騒がしいはずのダンスホールは、彼と目を合わせた瞬間に静まり返った。そんな錯覚さえ受けるほど、僕の全身は彼の緑の瞳に囚われて──。
リドには憎むべき男がいた。
リドは王弟を父に持つ公爵家の一人息子である。王政を敷くこの国では王族の権力は言わずもがなであり、リド自身も生活に困ることなく生きてきた。
そんなリドを王都で有名にしたのは、彼のその人並み外れた美しさであった。
長い睫毛に美しい青色の瞳。髪は銀糸と見紛う白く透明感のあるもので、彼の外見は彼の肌の白さと相まって神々しさすら与える力があった。彼が微笑めば年齢も性別も関係なく多くの人が心を奪われ、彼が悩まし気な表情を浮かべるだけで数多の手が彼に差し伸ばされる。そのような生活は彼が物心付いたころから続いていた。
その結果、──リドはどうしようもない我が儘放題の放浪息子になってしまったのだ。
そのような不出来な息子にも関わらず両親は彼を溺愛し続け、リドの人生の展望はお気楽なものだった。将来は公爵家を継ぎ領地と事業を任される、謂わば約束された未来を持っている男だ。この外見で生きていれば息をするだけで集まってくる女たちと遊びだって数え切れないほどしたし、公爵家の財力と権力を振り翳す楽しさだって知ってしまった。リドの美しさは幼い頃から変わらず、今も微笑み一つで世界が思い通りに動く。
そんなリドの悩みはたった一つ。
憎きオルトをどう打ちのめしてやるかだった。
オルトはリドの二歳上の青年だ。
リドと同じく公爵家の生まれで、こちらはリドと異なり何代も前に王家の親族がいたとか。ここの家は政務官をよく輩出し、政界での覚えもめでたい。
彼はそんな家の次男だった。順当にいけば跡継ぎは長男になるはずが、有り余る才能に兄を差し置いて公爵家の跡継ぎとして育てられた男だった。その外見は麗しく、対外的には儚い印象を与えるリドと対照的にぬばたまのように黒く艶やかな髪に、普段は無表情に隠された甘いマスク。そして鍛え上げられた肉体を持った、まさに皆の注目の中心にいるような男だ。
同じ公爵家ということで幼少期から彼とは会う機会があった。リドの父とオルトの父は交友があるようで、一年に少なくとも一回は家族で交友を持っていた。──が、幼少期は特に人外めいた──教会に飾られる天使に見紛う姿をしていたせいで花よ蝶よと育てられたリドと、後継ぎとして厳しく育てられたオルトの性格が一致するはずもなく。リドは侯爵家に行っても彼の兄である少年と遊ぶのが常だったし、彼は弟のオルトに劣等感を抱いているからか三人で遊ぶこともなく、オルトのことは気難しい奴とだけ認識していた。
そんな二人の距離は年を経ても縮まることなど無く、寧ろ悪化した。リドが一方的にそう思っているだけなのだが。
貴族の子息が通う学園にリドが入学した時、年上のオルトは学年首位の優等生だった。
勉強も程々に、要領よく自由を得たリドが女遊びにかまけている間にも、オルトの学内での評価は下がることもなく、彼が一足先に卒業してからはリドにはてんで興味も無い事業だかで成果を上げてゆく。オルトの姿見は若い令嬢の間で話題となり、見目の麗しさと事業の功績で社交界での人気はうなぎ上り。今や数多の令息たちの注目の的だ。
リドが耳を塞ごうにも入ってくるオルトへの称賛の声に比例して、リドの心の中には徐々に薄暗い憎しみが積み重なっていた。
オルトが話題に上がる度に、リドの領域を土足で踏み荒らされるような不快感が募っていく。オルトが直接リドに何かしたわけではない。リドは彼の視界には入っていない。しかしリドが人格形成される段階で培った価値観が、オルトを敵とみなした。
オルトはリドと同じく美しい男だったが、その婚約者も彼に相応しい出来た女性であった。オルトの婚約者は彼がたった三歳の時に決められた彼に相応しい家柄の、美しく聡明な女である。幼い頃に何度か茶会で会ったことがあったが、彼女とは学園で同じクラスになり何かと交友することがあった。リドの目から見ても、オルトの婚約者に相応しい女性であった。
リドは腹の底に渦巻く不快感のままに、彼女に誘いをかけた。決して本気ではなかったが、すげなく断られた時に思い浮かんだのはオルトの気難しそうな顔であった。リドはそして、ようやくオルトに正当な”嫉妬”を向ける権利を得たような気になって、安堵した。
彼女は貞淑な女だった。リドの誘いに乗らない女なんて初めてだった。だからリドはオルトに関わるすべてが憎たらしくて、大胆にもあんなことをしてしまったのだ。
「あン、やだ…………」
リドと違って硬く乾燥した手が太腿を撫でる。それに毛が逆立つような感覚を覚えながらも、リドは口に浮かべた笑みを崩さずに目の前の男に計算された微笑みを向けた。月光がリドを照らし出す。リドの普段と異なる金の色をした髪は月光に反射してきらきらと輝き、男を惑わす。白い肌が感じ入って赤く染まり、男の目を引き付ける。リドの長い睫毛が月光に煌めく度に、目の前の男は眩しいものでも見たかのように目を細めた。
「嗚呼、貴方の肌はいつ触れても心地が良い」
「公爵様も、悪いお人ね」
国の主催したパーティーに呼ばれるのは、身分の約束された貴族のみ。
本来オルトはこんな場所から離れて社交界の輪の中に入ってなければおかしいというのに、彼は寒空の下で女のスカートの下に手を伸ばしていた。彼の指が太腿に食い込む。
女と言うのは、紛れもなく自分である。
美丈夫が性欲に溺れる姿を見るのは実に面白い。興奮を飲み込み、情欲に包まれた男はなんとも淫猥で、背徳的だった。リドの目の前には謎の女に弄ばれ籠絡される仔羊が一匹。次期公爵の将来有望な青年が、情けないただの男になり下がるのを見ることの出来る特等席。それがリドの今の立ち位置だ。
興奮を飲み込み、情欲に包まれた男はなんとも淫猥で、背徳的だった。あの無表情が切なげにリドを見つめるのだから!
この寒さからかバルコニーには誰もいない。リドは肩にかけた毛皮のコートを一層強く巻き付け、オルトの首に腕を回す。
「早くあなたの熱で私を温めて……?」
「~~っ、貴方というお人は!」
がばりと抱き着いてきた男に、リドの口元は自然に笑みを浮かべていた。
リドの大して賢くもない頭の生み出した復讐方法は、いかにも単純なものであった。
リドはあの憎たらしい男の鼻を折ってしまいたくて堪らなかった。そう、だって人々の話題の中心は公爵家の麗人であるリドでないとならないのだから。リドはこの男が自分に乞い縋る姿を見たかったのだ。だって、リドの前に現れる人間は全てそうしてきたのだから。
──若くして公爵家の跡継ぎとして邁進する美青年。
人々が噂する彼の人物像は、おおよそ定まっている。だから、あの男の印象に致命的な傷をつけることにしたのだ。遊びまくっている自分には痛くも痒くもないが、清廉潔白なイメージの付きまとうオルトにはこれがきっと一番効くだろう。
そうと決まればリドは早かった。
リドは女遊びをやめて屋敷に籠り、食事を抜くようにした。もともと遊んでばかりで筋肉質な身体つきではなかったが、それでも男らしい身体つきをしていた。数週間も水と果実だけで過ごしていれば、細い線をしていた身体さらに細くなり、パットを詰めてコルセットを纏うだけで女と変わらない姿になれる。女遊びをしていた甲斐もあり、淑女の作法は身に染み付いていた。
自信のトレードマークである髪色とは全く異なる、貴族に多い金髪のかつらを被り、首や手など男らしい部分をうまく隠したドレスを着れば、鏡の中には絶世の美女がいた。
(これなら……)
ごくりとリドの喉が鳴る。
リドはあの男に、特大のスキャンダルを食らわせてやることにしたのだ。
はじめて彼にこの姿で会った時、リドは愉快な気持ちでいっぱいだった。
屋敷に閉じこもっている間に、身体の準備は外見だけではなく中まで済ませていた。
女と違って男のソコは濡れない。だからリドは今日という日のために何日もかけてナカを慎重に拡張して、更に夜会の前に解してたっぷりと潤滑油を仕込んでから会場に潜り込んだ。遊び人のリドには伝手など数え切れぬほどあるから、遊び相手の女性の招待状を拝借すれば、性別を偽っていようとも簡単に夜会に参加することができた。
その日、オルトはいつも通りダンスホールの中心にいた。
彼の周りだけ証明が強く落とされているように、遠くから見てもきらきらと輝く男。その姿が眩しくて、憎たらしい。
己の中で湧き上がる熱情を抑え込んで、リドはさり気なくオルトの近くをうろついた。オルトはダンスホールでも中心になりやすい位置にいて、多くの女性に囲まれていた。
オルトが数々の美女からアプローチを受けていることを知っている。それをすべて婚約者を理由に断っていることも。しかし勝利を確信していたリドは、物怖じすることなく彼を見つめ続けた。
ようやく──目が合った時、全身に電流が走ったかのような、ゾクゾクと腹の底から湧き出る興奮が身を震わせる。
(ああ、俺はあの男に喰われるのだ)
リドは男を誘い込む。
オルトはリドと一度目が合うと周囲の女性たちに目もくれず、じっとリドの姿を目で追い始める。
公爵令息であったリドはその美しさで数多の人間をその手で転がしてきた。それが多少くすんだ髪色になれど、偽りの性を演じていようと、オルトの目線の先にいる己は絶世の美女に映っているに違いないという確信があった。
その様子にリドは内心ほくそ笑んで、自分の唇を色っぽく指でなぞった。赤く色付いた唇で言葉もなく彼の名前を呟けば、オルトは婚約者のことなど忘れた様子でリドを見つめながら呆けた顔をする。
その目線に気付いていながらリドは逢瀬によく使用される人除けのされたバルコニーに姿を消した。名も無き令嬢に気付いた蚊帳の外の男たちも詰め寄るも、使用人らに追い返される。そうして唯一この場に辿り着くことのできた男は、女の誘いの意味をよく分かっていた。
言葉もなく女の美しさに震える男を目の前に、リドはヒールを鳴らした。呆然とした男は、リドを拒むことはできない。
男がついに動いた時から、リドの心は歓喜に満ち溢れていた。だがそれを表情に出すことはしない。
リドはこの美しい男をどう堕落させてやろうかと思考しながら、彼の唇に嚙みついた。
男のリドであっても、背の高い彼の唇はヒールを履いていなければ届かなかっただろう。胸元に手を置けば、スーツ越しにも彼の鍛え上げられた胸筋を感じることができる。二人の間に熱い吐息が溢れる。
至近距離で目を合わせても、男は女装したリドの正体に気付かなかった。当然だ。ここ数年彼とまともに話した経験など無いのだから。
誘えば堕ちるのは一瞬であった。
ドレスの裾に隠された秘部は消して晒さず、それでいて男の情を煽ったリドは、そうして目的を果たしたのだ。
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