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第七話
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いきなり笑いだした叶に、海斗が訝しむ視線を向ける。
『現状が理解できていないのか、それとも、襲われているショックで気でも狂ったのだろうか』という感情が海斗の表情から透けて見えて、叶はさらに喉奥で笑った。
「何なんだよ。お前、この状況で笑い出すとか狂ってんじゃないの?」
海斗の声色には理解できない反応を前にしたせいか少々の怯えが含まれていた。それでも叶の上からは退かず至近距離で睨みつけている。海斗の気持ちが手に取るように分かった叶は親切にも教えてやることにした。
「狂ってる? ああ、そうかもね……でも、私なんかよりももっと狂ってるヤツがいるよ」
「それって、僕の事を言っているつもり?」
「まさか。というか、アイツに比べたらあなたなんてまだまだ正常だよ。……素質はあるんだろうけどね」
先程までの海斗はあの時のアイツにソックリだった。けれど、まだ境界線を超えてはいない。むしろ、アイツに引き摺られて出てきただけのように見える。
昔からそうだ。アイツに惹かれた人はどこか狂ってしまう。長く一緒にいればいるほどその傾向は強い。
思い出したくない記憶まで蘇りそうになって、目を閉じた。
急に大人しくなった叶に海斗が戸惑いの表情を見せる。
「なんなんだよ一体」
「そろそろ……ソコからどいた方がいいと思うよ? 死にたくないならね」
抵抗する様子もなく、チラリと視線だけ送った後はふて寝を決め込んだ叶にさらに困惑する海斗。色んな意味でこんな反応は予想していなくてどうするべきか悩む。
怯えもせず、媚びもしない女に触れる気にもなれず屈めていた上半身を起こした。とりあえず、『証拠』があればいいのだからこれ以上はもういいかと判断して、叶の上から退こうとした。
その瞬間、ガチャリと扉の鍵が開く音がした。
叶と海斗は揃って扉の方へと視線を向ける。海斗の口には笑みが浮かび、叶の口はキツく結ばれた。
扉はゆっくりと開かれる。部屋に入ってきた人物を見て、海斗は慌てて叶から離れ、叶は上半身を起こして溜息を吐いた。
「ゆ、優さん。これは、その、この人が僕のことを誘ってきて、それであの」
優は無表情のまま海斗を見据え、返事もせず近づく。その表情からは何も感じ取れない筈なのだが、何故か嫌な予感がして冷や汗が止まらない。
まず、こんなはずではなかった。ここに現れるのは事前に呼び出していた優のマネージャーの筈で。田中にコイツが本当は女で嘘つきのアバズレなんだと信じ込ませて優から引き離す手伝いをしてもらおうと思っていたのに。
いや、まだ大丈夫だ。
「あ、あの優さん! この人は、っ!」
優に説明をしようと口を開いた瞬間、海斗の首を衝撃が襲った。優の細腕からは想像もできない程の力が指に込められ、海斗の首にくい込んでいく。海斗は驚愕の目で優を見つめた。喋りたくても息すらままならない。必死に優の手を退けようと掴んだがピクリともしない。
優の目には確かに海斗が映っているのに、まるで無機質なモノを映しているような視線にゾクリとする。
本能的に、このままだと本気で殺されると直感した。
「優」
叶の小さな声を聞き取った優が海斗から視線を逸らしてゆるりと顔を向けた。服装を正した叶は海斗のズボンを指さす。
「ソレ、私のスマホ。とっておいて」
優に向かってそれだけ言うと立ち上がり、部屋の中を見回して歩き始めた。ベッド前にある化粧台へと近寄ったところで、海斗が身動ぎしたが優に押さえ込まれていて動けない。優の片手にはすでに叶のスマホが握られていた。
叶は化粧台の鏡前に転がっているペンを手に取り見つめる。少し太めのペンをよく見ればカメラが内蔵されていることがわかった。
「ぅあ”」
海斗の呻き声が聞こえて後ろを振り向けば、優が海斗の顔をベッドへと押さえつけているところだった。
叶は無言でキレている優の肩を叩く。この状態の優は良くない。早く終わらせなければ。
「優、スマホ」
手を差し出せば、優は一瞬迷った後、叶が持っている優のスマホを指さした。どうやら、何をしようとしているのかは伝わっているらしい。仕方なく優のスマホを操作して、カメラを起動させる。
「優、脱がせて」
「んん?!」
「早く、嫌なら私が脱がせるけど」
嫌そうな表情の優と抵抗しようとする海斗を無視して、そう言えば優が舌打ちをした。
優が海斗の身体を拘束したまま跨ぎズボンに手をかける。暴れる海斗の耳元で優が何かを囁いた。抵抗が止まり、大人しく脱がされていく。その間、叶は優の顔が映らないように写真を撮っていた。
写真を撮るたびに海斗が必死に顔を背けるので、その態度を鼻で笑うとギロリと叶を睨んできた。叶は待ってましたとばかりにパシャリと撮り、嘲笑った。
残すのは下着だけになったタイミングで優が叶に手を伸ばした。
「もう、おしまい。これ以上は叶に見せたくない」
「……わかった」
優はスマホを受け取るとざっとフォルダを確認した後、一枚の画像を表示させた。海斗の顔がハッキリと写っている際どい写真。
「今後、叶に手を出したら。即、これを週刊誌に売って……書かせるから」
どんな記事になるか楽しみだなぁ?
と笑う優の目は三日月型に弧を描き、その奥には暗闇が広がっていた。
「理解したなら早く服を着て出て行ってくれる」
優の殺気に当てられて息をするのさえ忘れていた海斗は我に返ると、慌てて服を着てその場から逃げ出そうとした。
部屋から出る瞬間、海斗が振り向いた。その瞳はもの言いたげに揺れていて、叶と優のどちらを映しているのかはわからなかったが、二人とももはや海斗に興味はなかった。
今はそれどころでは無い。
叶は慎重に言葉を選んで優に話しかけた。
「優。きてくれて……助けてくれてありがとう」
「ごめん。ごめん叶」
先程までとは一変して今にも泣き出しそうな優。叶は手を伸ばしてそっと優を抱きしめた。優の身体は酷く震えていた。
「大丈夫。大丈夫だから」
「かなえ、かなえ、かなえ」
ひたすら叶の名前を呼び、縋るように抱きついてくる優の腕の中で叶は思い出していた。
あの日のことを。
あの日がきっと二人にとっての分岐点だった。
あの日を境に、叶は優との別れを決意し、優は狂ったように叶を求めるようになった。
『現状が理解できていないのか、それとも、襲われているショックで気でも狂ったのだろうか』という感情が海斗の表情から透けて見えて、叶はさらに喉奥で笑った。
「何なんだよ。お前、この状況で笑い出すとか狂ってんじゃないの?」
海斗の声色には理解できない反応を前にしたせいか少々の怯えが含まれていた。それでも叶の上からは退かず至近距離で睨みつけている。海斗の気持ちが手に取るように分かった叶は親切にも教えてやることにした。
「狂ってる? ああ、そうかもね……でも、私なんかよりももっと狂ってるヤツがいるよ」
「それって、僕の事を言っているつもり?」
「まさか。というか、アイツに比べたらあなたなんてまだまだ正常だよ。……素質はあるんだろうけどね」
先程までの海斗はあの時のアイツにソックリだった。けれど、まだ境界線を超えてはいない。むしろ、アイツに引き摺られて出てきただけのように見える。
昔からそうだ。アイツに惹かれた人はどこか狂ってしまう。長く一緒にいればいるほどその傾向は強い。
思い出したくない記憶まで蘇りそうになって、目を閉じた。
急に大人しくなった叶に海斗が戸惑いの表情を見せる。
「なんなんだよ一体」
「そろそろ……ソコからどいた方がいいと思うよ? 死にたくないならね」
抵抗する様子もなく、チラリと視線だけ送った後はふて寝を決め込んだ叶にさらに困惑する海斗。色んな意味でこんな反応は予想していなくてどうするべきか悩む。
怯えもせず、媚びもしない女に触れる気にもなれず屈めていた上半身を起こした。とりあえず、『証拠』があればいいのだからこれ以上はもういいかと判断して、叶の上から退こうとした。
その瞬間、ガチャリと扉の鍵が開く音がした。
叶と海斗は揃って扉の方へと視線を向ける。海斗の口には笑みが浮かび、叶の口はキツく結ばれた。
扉はゆっくりと開かれる。部屋に入ってきた人物を見て、海斗は慌てて叶から離れ、叶は上半身を起こして溜息を吐いた。
「ゆ、優さん。これは、その、この人が僕のことを誘ってきて、それであの」
優は無表情のまま海斗を見据え、返事もせず近づく。その表情からは何も感じ取れない筈なのだが、何故か嫌な予感がして冷や汗が止まらない。
まず、こんなはずではなかった。ここに現れるのは事前に呼び出していた優のマネージャーの筈で。田中にコイツが本当は女で嘘つきのアバズレなんだと信じ込ませて優から引き離す手伝いをしてもらおうと思っていたのに。
いや、まだ大丈夫だ。
「あ、あの優さん! この人は、っ!」
優に説明をしようと口を開いた瞬間、海斗の首を衝撃が襲った。優の細腕からは想像もできない程の力が指に込められ、海斗の首にくい込んでいく。海斗は驚愕の目で優を見つめた。喋りたくても息すらままならない。必死に優の手を退けようと掴んだがピクリともしない。
優の目には確かに海斗が映っているのに、まるで無機質なモノを映しているような視線にゾクリとする。
本能的に、このままだと本気で殺されると直感した。
「優」
叶の小さな声を聞き取った優が海斗から視線を逸らしてゆるりと顔を向けた。服装を正した叶は海斗のズボンを指さす。
「ソレ、私のスマホ。とっておいて」
優に向かってそれだけ言うと立ち上がり、部屋の中を見回して歩き始めた。ベッド前にある化粧台へと近寄ったところで、海斗が身動ぎしたが優に押さえ込まれていて動けない。優の片手にはすでに叶のスマホが握られていた。
叶は化粧台の鏡前に転がっているペンを手に取り見つめる。少し太めのペンをよく見ればカメラが内蔵されていることがわかった。
「ぅあ”」
海斗の呻き声が聞こえて後ろを振り向けば、優が海斗の顔をベッドへと押さえつけているところだった。
叶は無言でキレている優の肩を叩く。この状態の優は良くない。早く終わらせなければ。
「優、スマホ」
手を差し出せば、優は一瞬迷った後、叶が持っている優のスマホを指さした。どうやら、何をしようとしているのかは伝わっているらしい。仕方なく優のスマホを操作して、カメラを起動させる。
「優、脱がせて」
「んん?!」
「早く、嫌なら私が脱がせるけど」
嫌そうな表情の優と抵抗しようとする海斗を無視して、そう言えば優が舌打ちをした。
優が海斗の身体を拘束したまま跨ぎズボンに手をかける。暴れる海斗の耳元で優が何かを囁いた。抵抗が止まり、大人しく脱がされていく。その間、叶は優の顔が映らないように写真を撮っていた。
写真を撮るたびに海斗が必死に顔を背けるので、その態度を鼻で笑うとギロリと叶を睨んできた。叶は待ってましたとばかりにパシャリと撮り、嘲笑った。
残すのは下着だけになったタイミングで優が叶に手を伸ばした。
「もう、おしまい。これ以上は叶に見せたくない」
「……わかった」
優はスマホを受け取るとざっとフォルダを確認した後、一枚の画像を表示させた。海斗の顔がハッキリと写っている際どい写真。
「今後、叶に手を出したら。即、これを週刊誌に売って……書かせるから」
どんな記事になるか楽しみだなぁ?
と笑う優の目は三日月型に弧を描き、その奥には暗闇が広がっていた。
「理解したなら早く服を着て出て行ってくれる」
優の殺気に当てられて息をするのさえ忘れていた海斗は我に返ると、慌てて服を着てその場から逃げ出そうとした。
部屋から出る瞬間、海斗が振り向いた。その瞳はもの言いたげに揺れていて、叶と優のどちらを映しているのかはわからなかったが、二人とももはや海斗に興味はなかった。
今はそれどころでは無い。
叶は慎重に言葉を選んで優に話しかけた。
「優。きてくれて……助けてくれてありがとう」
「ごめん。ごめん叶」
先程までとは一変して今にも泣き出しそうな優。叶は手を伸ばしてそっと優を抱きしめた。優の身体は酷く震えていた。
「大丈夫。大丈夫だから」
「かなえ、かなえ、かなえ」
ひたすら叶の名前を呼び、縋るように抱きついてくる優の腕の中で叶は思い出していた。
あの日のことを。
あの日がきっと二人にとっての分岐点だった。
あの日を境に、叶は優との別れを決意し、優は狂ったように叶を求めるようになった。
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