132 / 132
狂想曲
─43─新たなる時
しおりを挟む
「……そろそろ子離れしなければならないようね」
それを受けて、ジョセもしみじみと噛みしめるように続ける。
「巣立ちの時、ですか」
両者の言葉に、ミレダは何事かと驚いたように振り向く。
「猊下も師匠様も、何をおっしゃってるんです? それは一体どういうことですか?」
色を失うミレダに、大司祭は静かに告げた。
『殺すなかれ』は、神官にとって絶対の教えであり規範。
特異な状況下ではあったものの、シエルはその禁を破り、神聖なる神官騎士の白銀の甲冑を血で汚してしまった。
罪一等を減じられ破門を免れたとしても、永年謹慎……つまりは還俗勧告が下されるのは免れないだろう、と。
「恐らくは覚悟の上だったのでしょう。そこまでしてもシエルは、殿下を始めとする皆を護りたかった」
大司祭の言葉を受けて、ジョセがそう締めくくった。
「どうして……? どうしてそこまでして?」
「白銀の甲冑は、ご存知の通りそれ自体が護符の役割を果たします。自分の不完全な部分を補完し、極限まで殿下のために尽くしたい。そう思ったんでしょう」
それほどまでに彼は、殿下を思っていたのですよ。
そう言ってジョセはどこか寂しげな微笑を浮かべた。
「じゃあ……。結果的に、私がシエルを?」
呆然として立ち尽くすミレダに、事の成り行きをじっと見守っていたフリッツ公が、おもむろに口を開く。
「その昔殿下があの誓いを立てられたとき、彼は言っていましたよ。自分は命に変えても殿下を護る、と」
そんな事が、とでも言うようにミレダは公爵の顔をまじまじと見つめる。
その目に涙がこみ上げ、今にもこぼれ落ちそうになったまさにその時、公爵はにっこりと笑った。
「いっそのこと、シエル殿を近侍に取り立ててはいかがでしょう。そうすれば彼も役職を得ることができますし、殿下も常に側にいることができるではないですか」
「な……従兄殿、突然妙なことを言うな! 確かに、その……私はあいつを信頼してるけど、そういうつもりは……」
耳まで真っ赤になりながら、必死に弁明するミレダ。
その様子に、大司祭にジョセ、そしてフリッツ公は暖かい笑顔を浮かべる。
「猊下も師匠様も、何で笑うんですか? 違います! 従兄殿、そんなことよりこの国の行く末を……。例の玉璽の話を……」
話を振られたフリッツ公は、笑いを噛み殺しながらかしこまって頭を垂れる。
「承知いたしました。何故あれが私の手元に来たのかなど、積もる話もございますので……」
一旦言葉を切ると、フリッツ公は改めて大司祭とジョセに向き直る。
「お騒がせして、申し訳ございませんでした。件の書状は後日改めてお届けに上がります。では、失礼いたします」
流れるような所作で礼をすると、フリッツ公はミレダと連立って講堂を後にする。
最後に残された大司祭とジョセは、どちらからともなく視線を合わせる。
「新しい時代が、訪れるようですね」
私も、表舞台から降りる時が来たのでしょうか。
穏やかな口調で、大司祭は前触れもなくつぶやいた。
「猊下……?」
不安げに問いかけるジョセに、大司祭は目を閉じ頭を揺らす。
「……見えざるもののご意思のままに。私はすべてを委ねましょう」
「……御意のままに」
言いながらジョセは、その傍らにかしずく。
向けられた大司祭の顔には、どこか儚げでだが清々しい微笑が浮かんでいる。
が、その目尻には、わずかに光るものがあった。
……こうして、長らく続いた二つの大国による戦いは、一次的にとはいえ終結した。
この平和が恒久的なものになるのか否かは、まだ誰にもわからない。
狂想曲 完
それを受けて、ジョセもしみじみと噛みしめるように続ける。
「巣立ちの時、ですか」
両者の言葉に、ミレダは何事かと驚いたように振り向く。
「猊下も師匠様も、何をおっしゃってるんです? それは一体どういうことですか?」
色を失うミレダに、大司祭は静かに告げた。
『殺すなかれ』は、神官にとって絶対の教えであり規範。
特異な状況下ではあったものの、シエルはその禁を破り、神聖なる神官騎士の白銀の甲冑を血で汚してしまった。
罪一等を減じられ破門を免れたとしても、永年謹慎……つまりは還俗勧告が下されるのは免れないだろう、と。
「恐らくは覚悟の上だったのでしょう。そこまでしてもシエルは、殿下を始めとする皆を護りたかった」
大司祭の言葉を受けて、ジョセがそう締めくくった。
「どうして……? どうしてそこまでして?」
「白銀の甲冑は、ご存知の通りそれ自体が護符の役割を果たします。自分の不完全な部分を補完し、極限まで殿下のために尽くしたい。そう思ったんでしょう」
それほどまでに彼は、殿下を思っていたのですよ。
そう言ってジョセはどこか寂しげな微笑を浮かべた。
「じゃあ……。結果的に、私がシエルを?」
呆然として立ち尽くすミレダに、事の成り行きをじっと見守っていたフリッツ公が、おもむろに口を開く。
「その昔殿下があの誓いを立てられたとき、彼は言っていましたよ。自分は命に変えても殿下を護る、と」
そんな事が、とでも言うようにミレダは公爵の顔をまじまじと見つめる。
その目に涙がこみ上げ、今にもこぼれ落ちそうになったまさにその時、公爵はにっこりと笑った。
「いっそのこと、シエル殿を近侍に取り立ててはいかがでしょう。そうすれば彼も役職を得ることができますし、殿下も常に側にいることができるではないですか」
「な……従兄殿、突然妙なことを言うな! 確かに、その……私はあいつを信頼してるけど、そういうつもりは……」
耳まで真っ赤になりながら、必死に弁明するミレダ。
その様子に、大司祭にジョセ、そしてフリッツ公は暖かい笑顔を浮かべる。
「猊下も師匠様も、何で笑うんですか? 違います! 従兄殿、そんなことよりこの国の行く末を……。例の玉璽の話を……」
話を振られたフリッツ公は、笑いを噛み殺しながらかしこまって頭を垂れる。
「承知いたしました。何故あれが私の手元に来たのかなど、積もる話もございますので……」
一旦言葉を切ると、フリッツ公は改めて大司祭とジョセに向き直る。
「お騒がせして、申し訳ございませんでした。件の書状は後日改めてお届けに上がります。では、失礼いたします」
流れるような所作で礼をすると、フリッツ公はミレダと連立って講堂を後にする。
最後に残された大司祭とジョセは、どちらからともなく視線を合わせる。
「新しい時代が、訪れるようですね」
私も、表舞台から降りる時が来たのでしょうか。
穏やかな口調で、大司祭は前触れもなくつぶやいた。
「猊下……?」
不安げに問いかけるジョセに、大司祭は目を閉じ頭を揺らす。
「……見えざるもののご意思のままに。私はすべてを委ねましょう」
「……御意のままに」
言いながらジョセは、その傍らにかしずく。
向けられた大司祭の顔には、どこか儚げでだが清々しい微笑が浮かんでいる。
が、その目尻には、わずかに光るものがあった。
……こうして、長らく続いた二つの大国による戦いは、一次的にとはいえ終結した。
この平和が恒久的なものになるのか否かは、まだ誰にもわからない。
狂想曲 完
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる