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狂想曲
─18─聖地からの報せ
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誰もいなくなった部屋で、アルバートは何をするでもなくたたずんでいた。
この部屋に幽閉されていた人は、突然やって来たルウツからの使者によって、抵抗することなく連行されて行った。
まるで、自らの運命をすべて受け入れるかのように。
その人は、去り際にただ一言、アルバートに告げた。
机の上の短剣を聖地が見える丘に埋め、自分の墓を作って欲しい、と。
そう言うその人は、今までに見たことがない穏やかな微笑を浮かべていた。
けれど、アルバートはその依頼に明確な返答もできず、かと言って助けることもできなかった。
そんなアルバートに今までの謝意を告げようとしていたあの人は、有無を言わさずに引き立てられていったのだ。
そんなあの人を、自分はただ見送ることしかできなかった。
「──……!」
不甲斐ない自分自身に覚えた怒りに任せ、アルバートは壁を殴りつけていた。
その拳から、わずかに血がにじむ。
自然と涙がこぼれるのは、痛みからなのかそれとも悔しさからなのか、アルバート本人にもわからなかった。
「……師団長殿、いかがなさいました?」
背後からの声に、アルバートは驚いて身体ごと振り返った。
戸口にはいつの間にか、驚いたような表情を浮かべるヘラの姿がある。
あわててアルバートは涙を拭い、つとめて冷静な声で答えた。
「……申し訳ありません。お見苦しいところをお見せして」
謝罪の言葉に、首を左右に振るヘラ。
そして、何事も無かったかのように一通の書状を差し出した。
「こちらが軍宛の物に紛れていましたので、お届けに上がろうと思って……。聖地からの書状です」
その言葉通り、ヘラが差し出した物は聖地リンピアス大司教府の公印が押された書状だった。
無言で受け取り、封を開けるのももどかしく書状を広げるアルバート。
そのいつになく硬い表情に、ヘラはやや不安げな面持ちで見つめる。
「……大司教猊下直々の書状でしょうか? もしかして、何か悪いお知らせでも?」
「いいえ。そうではなくて……」
否定しながらも、アルバートは文面を目で追う。
その時、何かがはらりと床の上に落ちた。
拾い上げたヘラは、それが何であるかを理解して小さく声を上げる。
「師団長殿、これは……」
問いかけるヘラに、アルバートは苦渋の色を浮かべうなずいた。
他でもなくその書状は、この部屋に幽閉されていた敵国の神官に関わるものだった。
「……はい。間に合いませんでした」
言い終えて、アルバートは奥歯を噛みしめる。
やはり自分は、何もできなかったのか。
アルバートが後悔の念に飲み込まれそうになった時、ふと思い出したようなヘラの声が聞こえてくる。
「使者は騎馬ではなくて、馬車と護送車で移動しています。今から早馬で追いかければ、もしかしたら……」
「本当ですか? では……」
すぐにでも飛び出そうとするアルバートを、ヘラはあわてて呼び止めた。
「お待ちください。もう日が落ちる頃合いです。そんな時間にお一人で国境を越えるのは危険です。何人か付けますので……」
だが、アルバートは苦笑を浮かべながらわずかに首を左右に振った。
「いいえ、それではあまりにも大仰で人目につきます。一人ならば小回りも効きますし、万一何かあっても神官騎士ならば大目に見てもらえるかもしれません」
お気持ちだけ、ありがたく受け取ります。
そう告げるとアルバートは書状を大切そうに懐に収め、机上に置かれていた短剣を手に取る。
「どうか……どうか、くれぐれもご無理なさらないでください」
不安げなヘラにアルバートはわずかに笑って見せた。
「ご安心を。無茶はしないつもりです。多分」
そして改めてヘラに会釈をすると、アルバートは重い扉を押し開いた。
果たして自分のしようとしている行動が正しいことなのかは定かではない。
けれど、必ずあの人に聖地からの知らせを届ける、それだけは譲ることはできなかった。
この部屋に幽閉されていた人は、突然やって来たルウツからの使者によって、抵抗することなく連行されて行った。
まるで、自らの運命をすべて受け入れるかのように。
その人は、去り際にただ一言、アルバートに告げた。
机の上の短剣を聖地が見える丘に埋め、自分の墓を作って欲しい、と。
そう言うその人は、今までに見たことがない穏やかな微笑を浮かべていた。
けれど、アルバートはその依頼に明確な返答もできず、かと言って助けることもできなかった。
そんなアルバートに今までの謝意を告げようとしていたあの人は、有無を言わさずに引き立てられていったのだ。
そんなあの人を、自分はただ見送ることしかできなかった。
「──……!」
不甲斐ない自分自身に覚えた怒りに任せ、アルバートは壁を殴りつけていた。
その拳から、わずかに血がにじむ。
自然と涙がこぼれるのは、痛みからなのかそれとも悔しさからなのか、アルバート本人にもわからなかった。
「……師団長殿、いかがなさいました?」
背後からの声に、アルバートは驚いて身体ごと振り返った。
戸口にはいつの間にか、驚いたような表情を浮かべるヘラの姿がある。
あわててアルバートは涙を拭い、つとめて冷静な声で答えた。
「……申し訳ありません。お見苦しいところをお見せして」
謝罪の言葉に、首を左右に振るヘラ。
そして、何事も無かったかのように一通の書状を差し出した。
「こちらが軍宛の物に紛れていましたので、お届けに上がろうと思って……。聖地からの書状です」
その言葉通り、ヘラが差し出した物は聖地リンピアス大司教府の公印が押された書状だった。
無言で受け取り、封を開けるのももどかしく書状を広げるアルバート。
そのいつになく硬い表情に、ヘラはやや不安げな面持ちで見つめる。
「……大司教猊下直々の書状でしょうか? もしかして、何か悪いお知らせでも?」
「いいえ。そうではなくて……」
否定しながらも、アルバートは文面を目で追う。
その時、何かがはらりと床の上に落ちた。
拾い上げたヘラは、それが何であるかを理解して小さく声を上げる。
「師団長殿、これは……」
問いかけるヘラに、アルバートは苦渋の色を浮かべうなずいた。
他でもなくその書状は、この部屋に幽閉されていた敵国の神官に関わるものだった。
「……はい。間に合いませんでした」
言い終えて、アルバートは奥歯を噛みしめる。
やはり自分は、何もできなかったのか。
アルバートが後悔の念に飲み込まれそうになった時、ふと思い出したようなヘラの声が聞こえてくる。
「使者は騎馬ではなくて、馬車と護送車で移動しています。今から早馬で追いかければ、もしかしたら……」
「本当ですか? では……」
すぐにでも飛び出そうとするアルバートを、ヘラはあわてて呼び止めた。
「お待ちください。もう日が落ちる頃合いです。そんな時間にお一人で国境を越えるのは危険です。何人か付けますので……」
だが、アルバートは苦笑を浮かべながらわずかに首を左右に振った。
「いいえ、それではあまりにも大仰で人目につきます。一人ならば小回りも効きますし、万一何かあっても神官騎士ならば大目に見てもらえるかもしれません」
お気持ちだけ、ありがたく受け取ります。
そう告げるとアルバートは書状を大切そうに懐に収め、机上に置かれていた短剣を手に取る。
「どうか……どうか、くれぐれもご無理なさらないでください」
不安げなヘラにアルバートはわずかに笑って見せた。
「ご安心を。無茶はしないつもりです。多分」
そして改めてヘラに会釈をすると、アルバートは重い扉を押し開いた。
果たして自分のしようとしている行動が正しいことなのかは定かではない。
けれど、必ずあの人に聖地からの知らせを届ける、それだけは譲ることはできなかった。
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