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狂想曲
─9─尋問
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「言葉で語っていただけないのなら、仕方がない。貴方の記憶に直接うかがうことにしましょう」
言葉と同時に、シエルは他者の思念が自らの脳裏に流れ込んでくるのを感じた。
衰弱状態から完全に回復していない今、それに抗うことは不可能だった。
「嫌……だ……」
かすれた声が、色を失った唇からもれる。
同時に、藍色の瞳から涙が一筋、こぼれ落ちた。
※
そこに広がるのは、怒号が飛び交う血生臭い戦場。
振り返ると、背後には騎乗すらおぼつかないくすんだ金髪の青年の姿。
──気にするな。これは奴が勝手に選んだ道だ──
一片の感情も感じられない声が、その場に響いた。
※
「その方が、貴方をルウツへ繋ぎ止める存在ですか? もっと大きな存在がいらっしゃるのでしょう?」
ロンドベルトの問いかけに、だが彼は必死の抵抗を試みる。
しかし、黒玻璃の瞳に魅入られた身体には力が入らない。
「はな……せ……」
ようやく絞り出された声に、ロンドベルトは陰惨な笑みで応じる。
「この状態で言葉を発したのは、貴方が初めてですよ。もう少し、お聞かせ願えませんか?」
その人の両の手が、力なくだらりとたれさがる。
見開かれた双眸は、虚ろに中空を見つめていた。
※
──……その顔だ……俺が一番嫌いな哀れみという名の自己満足……。たぶん俺も、戦場で祈ってるときは、そんな顔をしているんだろうな……──
こちらを見つめる人間は三人。
白銀の甲冑を身にまとったおそらくは神官騎士、そして慈悲深い面差しの高位の神官とおぼしき婦人。
しかし、もう一人の姿は、霞がかかったように見ることはかなわなかった。
※
シエルの呼吸は、次第に荒く、そして浅くなっていく。
これ以上『尋問』を続ければ、命に関わるだろう。
予想以上の抵抗に苛立ちを覚え、その手にロンドベルトは更なる力を込める。
「早く楽になりたいでしょう? いい加減あきらめたらいかがですか?」
「……見る、なっっ──!!」
瞬間、虚ろに開かれていた藍色の瞳は閉ざされ、四肢は数度痙攣する。
意識が完全に失われる刹那、闇の向こうに光が見えた。
※
身体が、動かない。
鉛のように重い。
かろうじて動く首を巡らせると、見たこともない部屋にいる
──気がついたのか? 良かった。もう手遅れかと思っていた……──
耳に飛び込んできたのは、少女の声。
赤茶色の巻き毛に、青緑の瞳を持つ声の主は、泣き笑いを浮かべていた……。
※
大きく息をつき、ようやくロンドベルトはその人を解放した。
支えを失った身体は、糸の切れた人形のように力なく寝台に倒れ込む。
そのままぴくりとも動かないその人に向かい、ロンドベルトは言った。
「……そういうことでしたか。貴方が忠誠を誓っているのは、ルウツという国ではないという訳ですね」
立ち上がりその人を見下ろすその顔には、薄笑いが浮かんでいる。
「ならば、簡単です。根こそぎ奪えば済むことですから」
そして踵を返し、戸口へと歩を進める。
扉に手をかけながら、ロンドベルトは低くつぶやいた。
「……貴方に黒衣をまとって欲しい、我々と共に来て欲しいと願う気持ちは変わりませんよ」
漆黒のマントを翻し、死神は部屋を後にした。
※
アルバートがヘラに伴われてその部屋に駆け込んだとき、果たして目の前には予想通りの光景が広がっていた。
傾きかけた日の光の中、寝台に横たわる敵国の神官。
その顔からは血の気は引き、青白い顔には涙の跡が光る。
「師団長殿……。アルトール殿は、まさか……」
落ち着いてください、とヘラをなだめてから、アルバートは寝台に歩み寄るとその人に息があることを確認した。
神官としての修練を積んでいないロンドベルトは、『力』の使い方の加減を知らない。
その強引とも言える尋問で、今まで何人も廃人同様にしてきたことは、アルバートも知っている。
まさか、今回も?
一抹の不安を抱きつつ、アルバートは倒れ伏すその人の額にかざし、祈りの言葉を唱える。
と、固く閉ざされていた目蓋が、僅かに動く。
どうやら幸いにも、意識を取り戻しそうだ。
ほっと安堵の息をつくと、アルバートはいつになく厳しい表情を浮かべてヘラに向き直る。
「……副官殿、しばらくアルトール殿についていてくれませんか?」
一言ロンドベルトに物申さねば収まらない。
言外にも表情にもそれが現れていたのだろうか、ヘラは申し訳なさそうにうなずく。
「わかりました」
すみません、と言いながらアルバートは深々と一礼すると、司令官閣下のところに行ってきます、と言い残し部屋を出ていった。
言葉と同時に、シエルは他者の思念が自らの脳裏に流れ込んでくるのを感じた。
衰弱状態から完全に回復していない今、それに抗うことは不可能だった。
「嫌……だ……」
かすれた声が、色を失った唇からもれる。
同時に、藍色の瞳から涙が一筋、こぼれ落ちた。
※
そこに広がるのは、怒号が飛び交う血生臭い戦場。
振り返ると、背後には騎乗すらおぼつかないくすんだ金髪の青年の姿。
──気にするな。これは奴が勝手に選んだ道だ──
一片の感情も感じられない声が、その場に響いた。
※
「その方が、貴方をルウツへ繋ぎ止める存在ですか? もっと大きな存在がいらっしゃるのでしょう?」
ロンドベルトの問いかけに、だが彼は必死の抵抗を試みる。
しかし、黒玻璃の瞳に魅入られた身体には力が入らない。
「はな……せ……」
ようやく絞り出された声に、ロンドベルトは陰惨な笑みで応じる。
「この状態で言葉を発したのは、貴方が初めてですよ。もう少し、お聞かせ願えませんか?」
その人の両の手が、力なくだらりとたれさがる。
見開かれた双眸は、虚ろに中空を見つめていた。
※
──……その顔だ……俺が一番嫌いな哀れみという名の自己満足……。たぶん俺も、戦場で祈ってるときは、そんな顔をしているんだろうな……──
こちらを見つめる人間は三人。
白銀の甲冑を身にまとったおそらくは神官騎士、そして慈悲深い面差しの高位の神官とおぼしき婦人。
しかし、もう一人の姿は、霞がかかったように見ることはかなわなかった。
※
シエルの呼吸は、次第に荒く、そして浅くなっていく。
これ以上『尋問』を続ければ、命に関わるだろう。
予想以上の抵抗に苛立ちを覚え、その手にロンドベルトは更なる力を込める。
「早く楽になりたいでしょう? いい加減あきらめたらいかがですか?」
「……見る、なっっ──!!」
瞬間、虚ろに開かれていた藍色の瞳は閉ざされ、四肢は数度痙攣する。
意識が完全に失われる刹那、闇の向こうに光が見えた。
※
身体が、動かない。
鉛のように重い。
かろうじて動く首を巡らせると、見たこともない部屋にいる
──気がついたのか? 良かった。もう手遅れかと思っていた……──
耳に飛び込んできたのは、少女の声。
赤茶色の巻き毛に、青緑の瞳を持つ声の主は、泣き笑いを浮かべていた……。
※
大きく息をつき、ようやくロンドベルトはその人を解放した。
支えを失った身体は、糸の切れた人形のように力なく寝台に倒れ込む。
そのままぴくりとも動かないその人に向かい、ロンドベルトは言った。
「……そういうことでしたか。貴方が忠誠を誓っているのは、ルウツという国ではないという訳ですね」
立ち上がりその人を見下ろすその顔には、薄笑いが浮かんでいる。
「ならば、簡単です。根こそぎ奪えば済むことですから」
そして踵を返し、戸口へと歩を進める。
扉に手をかけながら、ロンドベルトは低くつぶやいた。
「……貴方に黒衣をまとって欲しい、我々と共に来て欲しいと願う気持ちは変わりませんよ」
漆黒のマントを翻し、死神は部屋を後にした。
※
アルバートがヘラに伴われてその部屋に駆け込んだとき、果たして目の前には予想通りの光景が広がっていた。
傾きかけた日の光の中、寝台に横たわる敵国の神官。
その顔からは血の気は引き、青白い顔には涙の跡が光る。
「師団長殿……。アルトール殿は、まさか……」
落ち着いてください、とヘラをなだめてから、アルバートは寝台に歩み寄るとその人に息があることを確認した。
神官としての修練を積んでいないロンドベルトは、『力』の使い方の加減を知らない。
その強引とも言える尋問で、今まで何人も廃人同様にしてきたことは、アルバートも知っている。
まさか、今回も?
一抹の不安を抱きつつ、アルバートは倒れ伏すその人の額にかざし、祈りの言葉を唱える。
と、固く閉ざされていた目蓋が、僅かに動く。
どうやら幸いにも、意識を取り戻しそうだ。
ほっと安堵の息をつくと、アルバートはいつになく厳しい表情を浮かべてヘラに向き直る。
「……副官殿、しばらくアルトール殿についていてくれませんか?」
一言ロンドベルトに物申さねば収まらない。
言外にも表情にもそれが現れていたのだろうか、ヘラは申し訳なさそうにうなずく。
「わかりました」
すみません、と言いながらアルバートは深々と一礼すると、司令官閣下のところに行ってきます、と言い残し部屋を出ていった。
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