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狂想曲

─7─疑問と決断

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 アルバート・サルコウは悩んでいた。
 いや、正確に言うと、ここ数日目の前で起きていることを理解できずにいた。
 ことの発端は、黒衣の死神ことロンドベルト・トーループが前触れもなく連れてきた敵国の神官である。
 いや、その人は神官と言うにはどこか違和感があった。
 深い藍色の瞳は神官と言うにはいささか鋭い光を放ち、その口から発せられる言葉は悟りとはまた異なる意味で世界を突き放しているようである。
 そして何よりも異質だったのは、身体中に刻まれた無数の傷で、それらはあの人が今まで歩んで来た道が尋常でない苦難の積み重ねであることを現しているようであった。
 加えて身のこなしや所作には無駄がなく、神官と言うよりは武人のように見える。
 だからと言って、修練にまったく通じていないという訳ではなく、多くは語らない言葉の端々に『見えざる者』への信仰を強く感じさせる。
 敵国の間者が巡礼者を装っているのかと疑い、何度か色々と鎌をかけて見たのだが、打てば響くような返答はまさしく教えに則ったものであり、その考えは誤っていたと悟った。
 けれど、アルバートはまだその人にどこか引っかかるものを感じていた。
 改めてアルバートはその人がこの地に訪れてからのことを思い返す。
 半生半死の状態で運ばれてきたその人が、意識を取り戻して初めて口にした言葉は、まるで自分を見殺しにしてくれと言わんばかりのものだった。
 治療に当たった父親いわく、その人の記憶の奥底には二つの暗示がかけられているという。
 一つはほころびかけた記憶を封じるもの。
 もう一つは強固な自害を禁じるものだった。
 そして荷物の大半を占めていた書写の原典は『死者に捧げる祈りの書』。
 その人に関わるものすべてに、死の印象がまつわりついているようにさえ思えてならない。
 一体これは何を表しているのだろうか。
 その答えをはかりかねて、アルバートは深々と一つため息をついた。
 燭台のろうそくの炎が、僅かに起きた風を受けてかすかに揺らめく。
 しかし、わかっていることもある。
 このままでは、ロンドベルトに捕らわれたあの人は聖地にたどり着くことはできないであろうということ。
 おそらくロンドベルトは、自分が知らない何かを知っている。
 そうでもなければ、わざわざ捕虜とすることを認められていない神官を連れてくる説明がつかない。
 条約違反すれすれのことをして連行してきたあの人を、ロンドベルトが用意に解放するとは思えない。
 それでは聖地に納めるための莫大な書写とあの人の苦労は、無駄になってしまう。
 それではあまりにも悲しすぎる……。
 意志の強さを感じさせる淡い水色の瞳で、アルバートはじっと揺れる炎を見つめる。
 ややあって、ようやく決心がついたのだろうか、彼は机の引き出しに手をかけ紙とペンを取り出した。
 改めてペンを手に取り、再び彼はふっと息をつく。
 静けさの中、かりかりというペンの音が響く。
 たが、なかなか思いがまとまらないのか、しばしばその音は途絶える。
 書いては消し、消しては書き直しを繰り返し、何枚も紙を無駄にしながらもようやくアルバートはとある書状をしたため終えた。
 けれど、なおも不安なのだろうか、書き終えたあとも何度も何度も読み返す。
 それを一旦中断すると、今度は腕を組みじっと窓の外を見やる。
 夜の空の色は、どこか影のあるあの人の瞳の色によく似ていた。
 めったに表情を動かすことのないあの人の瞳の色に。
 再び深々と息をつくと、アルバートは机上に視線を落とす。
 自分は、神官だ。
 神官であるなら、他者のために尽くすべきだ。
 ようやくそう決意を固めたアルバートは、丁寧に書き終えた書状を折りたたむと封筒に収め、慎重に封蝋を押した。
 果たして、こんな書状を書いたところで、どのような結果がもたらされるかは定かではない。
 加えてこの行動は、規範を逸脱する物なのかもしれない。
 だが彼はもう、自らが下した決断を後悔してはいなかった。
 木箱に書写と書状を収め、厳重に封印を施す。
 そして、信頼できる部下に託すべく部屋を出ていった。
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