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白銀の決意
─4─大喪
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それから一週間後、陛下の葬儀が大々的に行われた。
陛下の納められた棺は、国旗に包まれて神殿へ向かい運ばれていく。
一応陛下と血縁関係にある公爵と僕は、皇后陛下や二人の皇女殿下達の後から棺に付き従って歩くことを許された。
これが二度目の外出の僕にとって、日の光はあまりにも眩しく、宮殿から神殿までの道のりは途方もなく長いものに感じられた。
その様子を見守る貴族たちは、涙を流しながらも、公爵には白い視線を向ける。
そして、僕らが通り過ぎたあと、こそこそと何やら話しているのがわかる。
おおかた、公爵の陰口を叩いているのだろう。
そして、僕のことをあることないこと噂しあっているのだろう。
要職にも付かず遊び回っている公爵の普段の素行からしたら、無理のないことだと思う。
でも、僕はそんな公爵に巻き込まれただけだ。
僕は息を切らせながら、隣を歩く公爵の顔を恨みを込めて見上げる。
けれど、仰ぎ見る公爵の顔は仮面のように凍りつき、感情をうかがい知ることはできなかった。
どれくらい歩いただろうか、ようやく白亜の神殿が見えてきた。
ようやく責苦にも似たこの行脚から解放される。
そう思って、僕は気付かれないようにそっとため息をついた。
ふと、僕は前を歩く陛下のご一家に目をやる。
皇后陛下はまっすぐに正面を向き、静々と歩いている。
雇い人によるとお転婆だという噂の妹姫様は、うなだれ涙を必死にこらえているようだった。
一方、病弱だと聞いていた姉姫様はというと、その顔は真っ直ぐに棺に向けられて、しゃんと背筋を正し威厳を保っている。
けれど、何かおかしい。
僕は、なぜかそんな感覚にとらわれた。
この違和感はどこから来るのだろう。
考えること、しばし。
ようやく僕はあることに思い当たった。
姉姫様は、まったく泣いているような素振りがない。
言ってしまえば、まるで悲しんでいないようにも見えたのだ。
僕と公爵のような希薄な親子関係ならまだしも、大切なお父上を喪ったにもかかわらず、どうして。
その答を導き出そうとしていた時だった。
道が緩やかな曲がり角にさしかかる。
と、一瞬前を歩く三人の顔が見えた。
公爵と同じように、表情を凍てつかせた皇后陛下。
まだ頬に涙の跡が残る妹姫様。
そして、世継ぎの姉姫様の顔を見た瞬間、僕は足を止めた。
目の前のことが信じられず、息を飲む。
姉姫様の顔には、わずかに薄笑いが貼り付いていたのだ。
「……何をしている?」
ささやくように、公爵は振り返り僕に言う。
その顔にはいつになく厳しい表情が浮かんでいた。
あわてて僕は隊列を追った。
棺は衛兵達に担がれて、神殿の中へ運ばれる。
僕と公爵は、最前列に座ることになった。
初めて見る葬儀の儀式には、国のあちこちから貴族や有力者が集まっていた。
大司祭を始めとする神官達による儀式は、荘厳なものだった。
けれど、僕の頭の中には、あの姉姫様の薄笑いがこびりついて離れなかった。
そうこうするうちに滞りなく葬儀は終わり、陛下の棺は皇族の墓所へと葬られた。
ようやく屋敷に戻った時には、すでに日はとっぷりと暮れていた。
その日、僕は珍しく公爵と食事を共にした。
「……今日、お前は何を見た?」
葡萄酒のグラスを煽りながら、公爵は僕に問う。
瞬間、僕はどう答えるべきか迷った。
正直に姉姫様のことを話すべきか。
それとも口をつぐむべきか。
押し黙る僕を見やりながら、公爵はグラスを机の上に置く。
「……それでいい。生き残りたければ、何も口に出してはならぬ。お前はなにも見なかった。良いな」
いつになく強い口調で公爵は言う。
僕は何も言い返すことができず、小さくうなずいた。
果たして公爵は何でこんなことを言ったのか、この時はまだわからなかった。
陛下の納められた棺は、国旗に包まれて神殿へ向かい運ばれていく。
一応陛下と血縁関係にある公爵と僕は、皇后陛下や二人の皇女殿下達の後から棺に付き従って歩くことを許された。
これが二度目の外出の僕にとって、日の光はあまりにも眩しく、宮殿から神殿までの道のりは途方もなく長いものに感じられた。
その様子を見守る貴族たちは、涙を流しながらも、公爵には白い視線を向ける。
そして、僕らが通り過ぎたあと、こそこそと何やら話しているのがわかる。
おおかた、公爵の陰口を叩いているのだろう。
そして、僕のことをあることないこと噂しあっているのだろう。
要職にも付かず遊び回っている公爵の普段の素行からしたら、無理のないことだと思う。
でも、僕はそんな公爵に巻き込まれただけだ。
僕は息を切らせながら、隣を歩く公爵の顔を恨みを込めて見上げる。
けれど、仰ぎ見る公爵の顔は仮面のように凍りつき、感情をうかがい知ることはできなかった。
どれくらい歩いただろうか、ようやく白亜の神殿が見えてきた。
ようやく責苦にも似たこの行脚から解放される。
そう思って、僕は気付かれないようにそっとため息をついた。
ふと、僕は前を歩く陛下のご一家に目をやる。
皇后陛下はまっすぐに正面を向き、静々と歩いている。
雇い人によるとお転婆だという噂の妹姫様は、うなだれ涙を必死にこらえているようだった。
一方、病弱だと聞いていた姉姫様はというと、その顔は真っ直ぐに棺に向けられて、しゃんと背筋を正し威厳を保っている。
けれど、何かおかしい。
僕は、なぜかそんな感覚にとらわれた。
この違和感はどこから来るのだろう。
考えること、しばし。
ようやく僕はあることに思い当たった。
姉姫様は、まったく泣いているような素振りがない。
言ってしまえば、まるで悲しんでいないようにも見えたのだ。
僕と公爵のような希薄な親子関係ならまだしも、大切なお父上を喪ったにもかかわらず、どうして。
その答を導き出そうとしていた時だった。
道が緩やかな曲がり角にさしかかる。
と、一瞬前を歩く三人の顔が見えた。
公爵と同じように、表情を凍てつかせた皇后陛下。
まだ頬に涙の跡が残る妹姫様。
そして、世継ぎの姉姫様の顔を見た瞬間、僕は足を止めた。
目の前のことが信じられず、息を飲む。
姉姫様の顔には、わずかに薄笑いが貼り付いていたのだ。
「……何をしている?」
ささやくように、公爵は振り返り僕に言う。
その顔にはいつになく厳しい表情が浮かんでいた。
あわてて僕は隊列を追った。
棺は衛兵達に担がれて、神殿の中へ運ばれる。
僕と公爵は、最前列に座ることになった。
初めて見る葬儀の儀式には、国のあちこちから貴族や有力者が集まっていた。
大司祭を始めとする神官達による儀式は、荘厳なものだった。
けれど、僕の頭の中には、あの姉姫様の薄笑いがこびりついて離れなかった。
そうこうするうちに滞りなく葬儀は終わり、陛下の棺は皇族の墓所へと葬られた。
ようやく屋敷に戻った時には、すでに日はとっぷりと暮れていた。
その日、僕は珍しく公爵と食事を共にした。
「……今日、お前は何を見た?」
葡萄酒のグラスを煽りながら、公爵は僕に問う。
瞬間、僕はどう答えるべきか迷った。
正直に姉姫様のことを話すべきか。
それとも口をつぐむべきか。
押し黙る僕を見やりながら、公爵はグラスを机の上に置く。
「……それでいい。生き残りたければ、何も口に出してはならぬ。お前はなにも見なかった。良いな」
いつになく強い口調で公爵は言う。
僕は何も言い返すことができず、小さくうなずいた。
果たして公爵は何でこんなことを言ったのか、この時はまだわからなかった。
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