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夜想曲

─14─忘れられた村

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 テッドは枯れ枝を大切そうに暖炉にくべながら、毛布にくるまり青い顔をして震える母の姿を見つめていた。
 彼の足元では真っ黒な猫が、呼び名そのままの毛糸玉のように丸まっていた。
 火がはぜると同時に、彼は弾かれたように立ち上がる。
その視線の先に深皿と木の椀を手にしたシエルがいた。
 息を飲んで見つめるテッドの前で、シエル持ってきた深皿にデマムの粉を入れ水を注ぎ、さじで丁寧に液体をかき回す。
 みるみる暗褐色に変化した液体は、どう見てもおいしそうとは言えない。
 思わず顔をしかめるテッドに、シエルはわずかに笑った。

「薬だから、多少まずくても仕方ない。……俺がもっと真面目に修練していれば、癒やしの言葉ですぐに治すこともできるんだろうけど」

 言いながらシエルは液体を木椀の中に注ぐ。
 流れてきた青臭さに、テッドは吐き気を覚えて口元をおさえた。

「すみません……あの……」

「生暖かくならないうちに。ぬるくなると、もっとまずくなる」

 解りました、とテッドは受け取る。
 恐縮する母の背を支え、テッドはどろどろの液体を飲ませながら謎の神官に問うた。

「神官様は不真面目なんですか?」

 一瞬、暖炉をかき回していたシエルの手が止まる。
 怒鳴られる。
 テッドは首をすくめたが、意外にも室内に響いたのは低い笑い声だった。

「神官様?」

「シエルで構わない。自分で言うのも何だけど、落ちこぼれの不良神官だからな」

「落ちこぼれ、ですか?」

 その時、テッドの口を白く細い手がふさいだ。
 他でもない、テッドの母である。
 唇の色は未だに青いが、頬には心なしか血の気が戻っているようだった。

「失礼なことを言っては駄目。先を急ぐ旅の途中に、わざわざ足を運んでくださったのだから……」

 そして女性はテッドと同じ薄い水色の瞳を伏せ、頭を垂れる。
 緩やかに波打つ柔らかな金髪が、光を振りまきながらこぼれ落ちた。
 一瞬シエルは戸惑いの表情を浮かべるが、ばつが悪そうに視線を逸らす。

「いえ、勝手に押しかけただけで……」

 言いさして、シエルは室内を見回した。
 弱々しい炎が燃える暖炉に机と椅子。
 末端の生活とは言え、あまりにこれは質素すぎる。
 その心中を察したのか、テッドは小さな声で言った。

「せっかく助けてくれたのに、お礼ができなくてごめんなさい。去年父さんが労役でお城に行ってから、畑もままならなくて……。年貢を引いたらほとんど残らなくて、薬を買うことができなくて……」

「あの森に薬草は生えてるんだろ? なら村の神官と一緒に採りに行けば良いじゃないか」

 当然とも言えるシエルの言葉にテッドはうつむく。
 そしてかろうじて聞こえるほどの小さな声で言った。

「この村に神官はいません。皆お城の中から出てきてくれないんです」

 一端テッドは言葉を切った。
 あきらめたような母親の表情を確認してから、再び口を開く。

「あの森はご領主様の物なので、小枝一本はおろか生えている草まで、持ってくることはできません。それに、薬草を勝手に採るのは重罪です。……町で売ってる物の値段が下がるので……」

「なんだって? 」

 その言葉にシエルは眉をひそめる。
 と、せきを切ったようにテッドの瞳からぼろぼろと涙がこぼれた。
 その金髪頭を優しくなでながら、女性は息子の言葉を引き継いだ。

「仕方がないんです。ここガロアはエドナとの国境。ご領主ゲッセン伯と白の隊が守ってくださらなければ、私達は住む土地を失ってしまいます。流浪の生活を送るよりは……」

 言い終えると女性は激しく咳き込んだ。テッドは不安げにその背中をさすった。
 じっと二人の様子を見つめていたシエルは、おもむろに立ち上がり、無造作に置いてあった荷物をごそごそとかき回す。
 そして引っ張り出した冊子をめくる。
 何事かと首を傾げるテッドの前に、シエルは干からびた草を取り出した。

「デマムじゃ熱は下がっても咳はとまらないからな。どうやらルガルが効くらしい。間違いないと思うけど、自信はない」

 突然のことに、テッドは水色の目を大きく見開いて薬草とシエルとを見た。
 そこにあるのは、咳止めの薬草ルガルに間違いない。
 いかに神官とは言え、高価な薬草を見ず知らずの他人に譲るとは、一体この人は何者なのだろうか。
 返す言葉を失うテッド。
 が、かたわらの母親が深々と頭を垂れているのに気付き、あわててそれにならう。
 と、テッドの頭上をかすれた母親の声が通りすぎていく。

「そんな……デマムを分けていただけただけでもありがたいことなのに、その上ルガルまで……。何をどうお礼申し上げていいのか……」

 その通りだ。
 気まぐれと言ってしまえばそれまでだが、真意が解らない。
 が、母子の視線を受けながら、シエルは困ったように笑う。

「……城に引きこもる馬鹿に変わってのお詫び、かな。人を見捨てる奴は、神官どころか人間の風上にも置けない」

「ですが、私達はれっきとした農民です。物乞いではありません。せめて、何か対価となるものを……」

 そう言う女性の言葉は切羽詰まっていた。
 母とシエルと毛糸玉。テッドはぐるりと視線を巡らせた。
 その肩を抱く母の腕に、不意に力がこもる。
 母子の前で、旅の神官は笑った。

「なら、雨露をしのげる場所をお借りしたい。軒先でも構わないので……」

 思いもかけないその申し出に、母子は戸惑ったように顔を見合わせていた。
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