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夜想曲
─6─打算
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「将軍、聞いているのか?」
ついに大公はしびれを切らしたようだ。
乱暴に椅子を蹴り立ち上がると、荒々しく両の腕を眼前に振り下ろした。
そして、彫像のようにかしこまっているロンドベルトを、ぎらぎらと光る瞳で見下ろす。
なるほど、所詮この人はこの程度か。
あの大臣と同じく、権力に捕らわれた亡者。
しかも若輩者な分、大臣よりもはるかに御しやすい。
内心薄笑いを浮かべて、ロンドベルトは今一度深く頭を垂れながら言った。
「では申し上げます。私は殿下と同じ物を見つめてまいりました」
「……同じ物、だと?」
どうやらロンドベルトの返答は、大公の想定外の物だったらしい。
わずかに首をかしげると、大公は腕を組む。
白黒の判断を下しかねているその視線を痛いほど感じながら、ロンドベルトは静かに告げた。
「戦いのない、平和な世界でございます。すなわちそれは……」
「統一された大陸……」
「御意」
短くそう答えたが、嘘はついていない。
実際、ロンドベルトは自らの運命を翻弄した戦を憎んでいた。
戦という存在を、この世から葬り去りたいと思っていた。
『大陸の覇権』とやらが誰かの手に収まれば、それを巡る争いは終わる。
問題はそれを手にするのは誰か、ということである。
ロンドベルトは、今その点に関しては言及していない。
お前は統一された世界を望むのか、との問いかけに対し、『是』と答えたまでのことだ。
それを手にするのは自分であると、勝手に若き大公が思い込んだのだ。
とがめられる筋合いも、訂正するつもりもこれっぽっちもない。
ロンドベルトは深々と頭を垂れると、わずかに唇の片端を上げる。
自然ともれてくる嘲笑を知るよしもなく、大公は再び椅子に腰を下ろした。
「なれど将軍、私は用心深い性格だ。そう簡単に他者を信用できぬ」
言いながら大公は笑っていた。
その顔を、ロンドベルトは醜いと思った。
すべては権力欲という俗物のなせる技、といったところだろうか。
心中でせせら笑いながら、しかしロンドベルトは生真面目に返答する。
「と申しますと、一体……」
「古の大帝ロジュア・ルウツが、大陸統一の偉業をなさんとした時のことを知っているかな?」
ロジュア・ルウツ。
今現在、エドナと対立するルウツ皇国の始祖である。
なぜわざわざ敵対する国の故事を引き合いに出すのだろうか。
その愚かしさに、だがロンドベルトはわずかに首をかしげて見せる。
その反応に自尊心をくすぐられたのだろうか、大公は得意げに続けた。
「賢明な諸侯は大帝の勢力に恐れをなして、進んで領土を差し出した。彼らに対して……」
「ロジュア・ルウツは寛大にも諸侯らを再任し、いらぬ戦を回避した。そう聞き及んでおります」
即答するロンドベルトに、大公は満足げにうなずいて見せた。
「その通り。将軍はなかなかに博識だな」
恐れ入ります、と一礼しながらも、嫌な予感がしてロンドベルトは上目遣いに大公を見やる。
「……が、その件と私とどのような関係があるのでしょう。私は一介の武人にすぎません。駐屯地アレンタは、あくまでも殿下からの預かり物。殿下に献上する領土など持ち合わせておりませんが」
「持たぬなら、作ればいい。そうは思わぬか? 」
その一言に嫌悪感を抱き、ロンドベルトはすいと目を細める。
人の痛みを知らぬお前には、人の上に立つ資格は一欠片もない。
そう叫びたくなる衝動をぐっとこらえるため、ロンドベルトは両の拳を固く握りしめる。
けれど悲しいかな、彼はこの最低最悪な人物の配下なのである
配下である以上、その命令には無条件に服従しなければならない。
それがいかに馬鹿げた命令であっても、だ。
無意識の上に浮かんでくる憎悪の表情を隠すべく、ロンドベルトは再び深々とと頭を下げた。
「トーループ将軍、勅命である……」
精一杯の虚勢を張った声で、大公は重々しく告げる。
果たして下された命令は、この上なく愚かしく、かつ最悪なものだった。
命令書を恭しく受け取ると、ロンドベルトは大公がその場を退出するまで身じろぎせずにいた。
心中で大公を罵りながら。
ついに大公はしびれを切らしたようだ。
乱暴に椅子を蹴り立ち上がると、荒々しく両の腕を眼前に振り下ろした。
そして、彫像のようにかしこまっているロンドベルトを、ぎらぎらと光る瞳で見下ろす。
なるほど、所詮この人はこの程度か。
あの大臣と同じく、権力に捕らわれた亡者。
しかも若輩者な分、大臣よりもはるかに御しやすい。
内心薄笑いを浮かべて、ロンドベルトは今一度深く頭を垂れながら言った。
「では申し上げます。私は殿下と同じ物を見つめてまいりました」
「……同じ物、だと?」
どうやらロンドベルトの返答は、大公の想定外の物だったらしい。
わずかに首をかしげると、大公は腕を組む。
白黒の判断を下しかねているその視線を痛いほど感じながら、ロンドベルトは静かに告げた。
「戦いのない、平和な世界でございます。すなわちそれは……」
「統一された大陸……」
「御意」
短くそう答えたが、嘘はついていない。
実際、ロンドベルトは自らの運命を翻弄した戦を憎んでいた。
戦という存在を、この世から葬り去りたいと思っていた。
『大陸の覇権』とやらが誰かの手に収まれば、それを巡る争いは終わる。
問題はそれを手にするのは誰か、ということである。
ロンドベルトは、今その点に関しては言及していない。
お前は統一された世界を望むのか、との問いかけに対し、『是』と答えたまでのことだ。
それを手にするのは自分であると、勝手に若き大公が思い込んだのだ。
とがめられる筋合いも、訂正するつもりもこれっぽっちもない。
ロンドベルトは深々と頭を垂れると、わずかに唇の片端を上げる。
自然ともれてくる嘲笑を知るよしもなく、大公は再び椅子に腰を下ろした。
「なれど将軍、私は用心深い性格だ。そう簡単に他者を信用できぬ」
言いながら大公は笑っていた。
その顔を、ロンドベルトは醜いと思った。
すべては権力欲という俗物のなせる技、といったところだろうか。
心中でせせら笑いながら、しかしロンドベルトは生真面目に返答する。
「と申しますと、一体……」
「古の大帝ロジュア・ルウツが、大陸統一の偉業をなさんとした時のことを知っているかな?」
ロジュア・ルウツ。
今現在、エドナと対立するルウツ皇国の始祖である。
なぜわざわざ敵対する国の故事を引き合いに出すのだろうか。
その愚かしさに、だがロンドベルトはわずかに首をかしげて見せる。
その反応に自尊心をくすぐられたのだろうか、大公は得意げに続けた。
「賢明な諸侯は大帝の勢力に恐れをなして、進んで領土を差し出した。彼らに対して……」
「ロジュア・ルウツは寛大にも諸侯らを再任し、いらぬ戦を回避した。そう聞き及んでおります」
即答するロンドベルトに、大公は満足げにうなずいて見せた。
「その通り。将軍はなかなかに博識だな」
恐れ入ります、と一礼しながらも、嫌な予感がしてロンドベルトは上目遣いに大公を見やる。
「……が、その件と私とどのような関係があるのでしょう。私は一介の武人にすぎません。駐屯地アレンタは、あくまでも殿下からの預かり物。殿下に献上する領土など持ち合わせておりませんが」
「持たぬなら、作ればいい。そうは思わぬか? 」
その一言に嫌悪感を抱き、ロンドベルトはすいと目を細める。
人の痛みを知らぬお前には、人の上に立つ資格は一欠片もない。
そう叫びたくなる衝動をぐっとこらえるため、ロンドベルトは両の拳を固く握りしめる。
けれど悲しいかな、彼はこの最低最悪な人物の配下なのである
配下である以上、その命令には無条件に服従しなければならない。
それがいかに馬鹿げた命令であっても、だ。
無意識の上に浮かんでくる憎悪の表情を隠すべく、ロンドベルトは再び深々とと頭を下げた。
「トーループ将軍、勅命である……」
精一杯の虚勢を張った声で、大公は重々しく告げる。
果たして下された命令は、この上なく愚かしく、かつ最悪なものだった。
命令書を恭しく受け取ると、ロンドベルトは大公がその場を退出するまで身じろぎせずにいた。
心中で大公を罵りながら。
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