上 下
50 / 132
夜想曲

─2─最果ての地

しおりを挟む
 国境の向こう側にいる人間は、この風景を見たら何と思うだろうか。
 自らが犯した罪の重さを目の当たりにし、深く後悔するだろうか。
 それとも、最早何も感じぬほど既にその神経は麻痺しているのだろうか。
 丘陵を埋め尽くす無数の墓碑を見やりながら、エドナ連盟アレンタ方面軍司令部付き副官ヘラ・スンは深々とため息をつく。
 物言わぬ墓碑の群れは、戦場から帰還した彼女達を出陣した時とまったく変わらぬ様子で迎えた。
 いや正確に言うと、その数は出陣時よりも増えているかもしれない。
 戦が続く以上死者は増える、わかりきったことなのだが、いざそれを目前に突きつけられると言葉が無かった。

 ここは大陸の北の果て。
 聖地にもっとも近い場所、と言えば聞こえはいいが、早い話が僻地である。
 その最果ての地に駐屯しているのが『不敗の軍神』、もしくは『黒衣の死神』と恐れられているロンドベルト・トーループである。
 そのような名声を得ている人物が、なぜ首都から離れたこんな所に配されているのか。
 理由は彼が持つ得体の知れない、すべてを見透かすという『力』である。
 その能力をもってして、権力の転覆を謀られたらたまった物ではない。
 エドナの主権者であるマケーネ、アルタントの両大公の意見はその点で一致した。
 そして、下された命令にロンドベルトが従ったのは、両大公の考えが当たっていたからである。
 
──下手に命令に背いて、付け入る隙を与える訳にはいかないだろう?

 言いながらロンドベルトが笑ったのは、一年ほど前だったろうか。
 ヘラがそのように危険な思考を持つロンドベルトを主と定めたのは他でもなく、この人ならばこの荒みきった世界を変えることができる、そう信じたからである。

 それにしても、この暗く寂しいアレンタの空気には、なかなか慣れることができない。
 再びヘラがため息をついた、まさにその時だった。
 前方に伸びる一本道に、人馬の群れが見える。
 一体、何事だろう。
 ヘラが首をかしげた時、単騎でこちらに向かってやってくる人がいた。
 白銀色の甲冑に白いマントをまとい、薄茶色の髪に淡い水色の瞳を持つその若者を、ヘラは良く知っていた。
 このアレンタの地に駐留する神官によって編成される神聖騎士団の師団長、アルバート・サルコウという人である。

「副官殿、無事のご帰還、心よりお慶び申し上げます」

 ヘラの前で、アルバートは礼儀正しく言いながら一礼する。
 同時にそれまで強ばっていたヘラの表情はふっとゆるんだ。
 自らに従っていた一団に停止の合図を送ると、ヘラは若者に柔らかな微笑を向けた。
 
「師団長殿、わざわざありがとうございます。お父君……主任司祭様はお元気ですか?」

「お心遣いありがとうございます。相変わらず息災で、日々勤めを……」

 ふと、アルバートは言葉を切る。
 その視線は、ヘラの背後の漆黒の軍団を見つめている。 

「どうかなさいましたか?」

「いえ、出発の折より数が随分少ないような……。そういえば、司令官閣下はどちらに?」

 至極当然の疑問にヘラは苦笑を浮かべる。
 隠しおおせることでもないので、ことの次第を説明する。

「ご心配には及びません。私達が戦場に付いた時には既に戦闘は終わっていましたので、被害はほとんど無かったんですが……。諸般の事情で司令官は首都に留め置かれているんです」

「本当ですか? それは一体……」

 が、おそらくそれは軍事機密に触れていると察したのであろう、アルバートは口をつぐむ。
 その心遣いをヘラはありがたく感じた。
 そして、ロンドベルトにこの気遣いがあれば、などと考える。
 
|イング隊味方の被害は最小限に留めたんですけれど、その方法が上の方の気に障ったらしくて……。武人である以上、どうしても目に見える戦闘を重視されるようで」

 戦況を説明するヘラの顔が、わずかに曇った。
 初めて軍神に出会った時、あの人は争いの無い世界を考えたことはありますか、と言った。
 その世界を作りたいとは思いませんか、とも言った。
 それは彼女の夢であり、それを実現するために、ヘラはその手を取ったのだ。
 その自分が、争いの中に身をおいている……。
 深い思考に沈んでいくヘラを、アルバートの声が現実へと引き戻す。

「司令殿はもう少し信心深くならないと。このままではいらぬ誤解を受けるのでは?」

 確かにそうですね、と同意を示してから、ヘラは再び丘を埋め尽くす墓碑の群れに視線を転じた。
 聖地にほど近いこのアレンタの地には、エドナ最大の戦没者墓地がある。
 生者の数よりも死者のそれの方が多いと揶揄されるほどに。
 が、それだけの人が戦で命を奪われているのも事実である。
 暗い表情でため息をつくヘラに、アルバートは不安げに尋ねる。

「いかがされました? お顔の色が、少々……。早く休まれた方が……」

「そうですね。長旅で少し疲れたのかもしれません」

 ヘラは無理矢理に疲れた顔に笑みを浮かべる。

「本当にありがとうございました。後ほど、主任司祭様へお礼にうかがいたいのですが……」

「そのお気持ちだけで充分ですよ。では、参りましょう」

 そう言うとアルバートは馬首を返す。
 ヘラは片手を上げ全軍に出発を促した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

結婚してるのに、屋敷を出たら幸せでした。

恋愛系
恋愛
屋敷が大っ嫌いだったミア。 そして、屋敷から出ると決め 計画を実行したら 皮肉にも失敗しそうになっていた。 そんな時彼に出会い。 王国の陛下を捨てて、村で元気に暮らす! と、そんな時に聖騎士が来た

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...