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黒い陰
─5─中枢へ
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一週間後、僕は父さんに連れられてある建物の前に来ていた。
入口の柱には飾り文字で『軍務省』と書かれた看板がかかっている。
扉の両脇に立っていた厳つい衛兵は、父さんの顔を見るなり、剣を構え直して仰々しく敬礼した。
父さんがこんなに偉い人だったなんて。
驚く僕は、父さんの顔を見て息を飲んだ。
こちらを見つめる父さんは、今までにないくらい厳しい表情をしていたから。
そんな僕に着いてくるよう短く言うと、父さんは建物の中へ入っていく。
あわてて僕は、その後を追った。
ふかふかの絨毯が敷きつめられた廊下を進むこと、しばし。
何度か角を曲がった突き当たりにある扉の前で父さんは足を止め、二度叩いた。
「入りたまえ」
しわがれた声が返って来るのを確認してから、父さんは扉を押し開く。
そして、わずかに僕の方をかえりみた。
「その子が君の息子か。この作戦の要となる……」
その言葉に、父さんはうなずく。
視線の先には、半白の髪をした体格の良い男が窓を背にして座っている。
その目は、射抜くように僕を見つめていた。
恐怖を感じ、僕は思わず父さんの背後に隠れる。
それを見て、男はぎこちなく笑った。
「初めまして。私は君のお父さんの上司でね、この国の情報を司る者だ。」
話をまとめると、こういうことになる。
父さんは軍の中で、今は戦場に直接出ることのない情報局に属している、ということ。
国の大切な秘密の管理に関係している、ということ。
そして、新しい『作戦』の立ち上げに深く関わっている、ということ。
その作戦には、僕のような人間が必要である、ということ。
「君は、神官が持つ力を本来とは違う目的に使っているんだよね?」
運ばれてきたお茶とお菓子を見つめる僕に、情報を司る偉い人──大臣という役職についてるらしい──は念を押すようにこう言った。
大臣さんは口元では笑っているけれど、目は笑っていない。
嘘をつく理由もないので、僕は無言でうなずいた。
「その『力』を使う訓練は、特に何も受けていない。そうだね?」
たたみかけるように聞いてくる大臣さんに、僕は再びうなずく。
瞬間、大臣さんの目が鋭く光った。
「ならば、きちんと訓練を積めば、力をより良い方向に伸ばせる。そうは思わないかな?」
「どういうこと……ですか?」
訳が解らず、僕は思わず聞き返す。
大臣さんはカップを手に取ると、立ち上る湯気を顎にあててから口を開く。
「より遠い所を見てみたいとは思わないかな? この国の隅から隅まで……そして、はるか彼方の敵国の中心部まで……」
一体、大臣さんは僕に何を望んでいるのだろうか。
「情報を得るために、|間者が敵国には入りこんでいるんだ。気の遠くなるほど昔から」
助け船を出すかのように、今までずっと無言を通していた父さんが不意に口を開く。
思わず僕はそちらに顔を向ける。
父さんの表情は、相変わらず険しい物だった。
「君のお父さんはね、その間者達から寄せられた情報を総合的に分析する事なんだ。時には自分から敵地へ潜りこともある」
大臣さんの言葉に、父さんはうなずく。
そんな危ないことをしてるなんて、全然知らなかった。
僕は思わず父さんを見つめた。
「君の『目』で、直接敵地の内部を見ることができれば、たくさんの間者達を危険にさらすことなく情報を得ることができる。どうかな? 力を貸してくれないか?」
口元だけに笑みを貼り付けて大臣さんは言う。
それは『お願い』ではなくて、『命令』だ。
幼い僕でも、そのくらいのことは理解できる。
ここで僕が首を縦に振らなければ、僕だけでなく父さんも、生きてこの建物を出ることはできないだろうということも。
「……わかりました」
消え入りそうな声で、僕はやっとのことでそう答えた。
大臣さんの顔には、満足そうな笑みが浮かんでいる。
対して父さんは、相変わらず厳しい表情のまま視線を膝の上に落としていた。
こうして僕は、未知の世界へ巻き込まれていくことになった。
入口の柱には飾り文字で『軍務省』と書かれた看板がかかっている。
扉の両脇に立っていた厳つい衛兵は、父さんの顔を見るなり、剣を構え直して仰々しく敬礼した。
父さんがこんなに偉い人だったなんて。
驚く僕は、父さんの顔を見て息を飲んだ。
こちらを見つめる父さんは、今までにないくらい厳しい表情をしていたから。
そんな僕に着いてくるよう短く言うと、父さんは建物の中へ入っていく。
あわてて僕は、その後を追った。
ふかふかの絨毯が敷きつめられた廊下を進むこと、しばし。
何度か角を曲がった突き当たりにある扉の前で父さんは足を止め、二度叩いた。
「入りたまえ」
しわがれた声が返って来るのを確認してから、父さんは扉を押し開く。
そして、わずかに僕の方をかえりみた。
「その子が君の息子か。この作戦の要となる……」
その言葉に、父さんはうなずく。
視線の先には、半白の髪をした体格の良い男が窓を背にして座っている。
その目は、射抜くように僕を見つめていた。
恐怖を感じ、僕は思わず父さんの背後に隠れる。
それを見て、男はぎこちなく笑った。
「初めまして。私は君のお父さんの上司でね、この国の情報を司る者だ。」
話をまとめると、こういうことになる。
父さんは軍の中で、今は戦場に直接出ることのない情報局に属している、ということ。
国の大切な秘密の管理に関係している、ということ。
そして、新しい『作戦』の立ち上げに深く関わっている、ということ。
その作戦には、僕のような人間が必要である、ということ。
「君は、神官が持つ力を本来とは違う目的に使っているんだよね?」
運ばれてきたお茶とお菓子を見つめる僕に、情報を司る偉い人──大臣という役職についてるらしい──は念を押すようにこう言った。
大臣さんは口元では笑っているけれど、目は笑っていない。
嘘をつく理由もないので、僕は無言でうなずいた。
「その『力』を使う訓練は、特に何も受けていない。そうだね?」
たたみかけるように聞いてくる大臣さんに、僕は再びうなずく。
瞬間、大臣さんの目が鋭く光った。
「ならば、きちんと訓練を積めば、力をより良い方向に伸ばせる。そうは思わないかな?」
「どういうこと……ですか?」
訳が解らず、僕は思わず聞き返す。
大臣さんはカップを手に取ると、立ち上る湯気を顎にあててから口を開く。
「より遠い所を見てみたいとは思わないかな? この国の隅から隅まで……そして、はるか彼方の敵国の中心部まで……」
一体、大臣さんは僕に何を望んでいるのだろうか。
「情報を得るために、|間者が敵国には入りこんでいるんだ。気の遠くなるほど昔から」
助け船を出すかのように、今までずっと無言を通していた父さんが不意に口を開く。
思わず僕はそちらに顔を向ける。
父さんの表情は、相変わらず険しい物だった。
「君のお父さんはね、その間者達から寄せられた情報を総合的に分析する事なんだ。時には自分から敵地へ潜りこともある」
大臣さんの言葉に、父さんはうなずく。
そんな危ないことをしてるなんて、全然知らなかった。
僕は思わず父さんを見つめた。
「君の『目』で、直接敵地の内部を見ることができれば、たくさんの間者達を危険にさらすことなく情報を得ることができる。どうかな? 力を貸してくれないか?」
口元だけに笑みを貼り付けて大臣さんは言う。
それは『お願い』ではなくて、『命令』だ。
幼い僕でも、そのくらいのことは理解できる。
ここで僕が首を縦に振らなければ、僕だけでなく父さんも、生きてこの建物を出ることはできないだろうということも。
「……わかりました」
消え入りそうな声で、僕はやっとのことでそう答えた。
大臣さんの顔には、満足そうな笑みが浮かんでいる。
対して父さんは、相変わらず厳しい表情のまま視線を膝の上に落としていた。
こうして僕は、未知の世界へ巻き込まれていくことになった。
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