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鎮魂曲
─7─皇都にて
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皇都エル・フェイムを、薄暮の空が覆う。
薄紅に染まる広大な庭園を見下ろしながら、ルウツ皇帝の妹姫ミレダ・ルウツは思わず溜息をつく。
ルドラに向かっている蒼の隊からもたらされた『非公式』の報告書。
そこには事実だけが淡々とつづられている。
余計な言葉が全く含まれていないその文章は、彼女自身が関わってしまった『過去』の重さを見せつけているようだった。
改めてその文面を眺めやってから、彼女は再び溜息をついた。
「あらあら、なんて顔をしていらっしゃるの? それでは幸運も逃げてしまうわよ」
突然の声にミレダは驚いて身体ごと振り向く。
そこにはルウツ皇国の精神的支柱である大司祭、カザリン=ナロード・マルケノフが穏やかな笑みを湛えていつの間にか立っていた。
淡い茶色の瞳に同じ色の髪。
質素な神官の長衣も、彼女がまとえばまるで上等なドレスのようだった。
体調を崩して政務を休んでいる皇帝を見舞った帰りなのだろう。
慌てて姿勢を正し、ミレダは礼を返す。
「失礼いたしました、猊下。お恥ずかしいところをお見せして……」
おだやかな表情のまま、大司祭はその言葉を遮る。
一方ミレダの顔には、未だ不安げな表情が貼り付いたままだった。
勝ち気な妹姫が普段は決して見せないその様子に、大司祭は穏やかに諭す。
「人の上に立つ人間は、不安定な心を顔に出してしまっては駄目よ。目の前に剣を突きつけられてもね」
「……この国の中枢は、姉上と宰相殿です。私はその持ち駒の一つに過ぎません」
「本当にそう思っていらっしゃるの?」
痛いところをつかれ、ミレダは再び窓の外に視線を巡らせる。
この人だけには自らを偽ることが出来ない、昔からそうだった。
そのミレダの心の内を知ってか、大司祭はゆっくりとその隣に並んで立つ。
「……姉上のご様子は、いかがでした?」
遠慮がちに問うミレダに、カザリン=ナロードはおだやかな表情そのままの口調で答える。
「少々、お風邪でも召されたようね。ここのところ、ずいぶんと政務が立て込んでらしたから……」
「宰相殿が決裁した物に署名を入れているだけです。……本当なら」
全てを皇帝たる姉が行うべきだ。
ミレダはようやくその言葉を飲み込んだ。
彼女の父たる先代の皇帝は、自ら決裁を行い、皇帝の証たる紋章が刻まれた印章を手ずから捺し署名をしていた。
それが姉の即位と共に簡略化され、宰相マリス侯が持ち込んだ書類に署名を入れるのみとなってしまった。
実質皇帝の権威が軽んじられているのではないか。
そんな思いを抱いて、ミレダは唇を噛む。
だがやはり隣に立つ大司祭は、全てを察しているようだった。
何を言うでもなく、ただ穏やかな微笑をミレダに向けている。
視線を庭園に落としたまま、ミレダは呟いた。
「……解っています。自分自身の行動に責任をとれない私が、他人の人生を背負うことは出来ませんし、ましてや国の行く末に口出しをする筋合いはないと……」
「背負うことは出来なくても、支える手助けをすることは出来るでしょう? だからあの時、あの子も決断を下したのだから……。口に出すことは無くても、あの子は殿下を大切な存在と思っていてよ」
「な……! 」
僅かに頬を赤らめるミレダに、大司祭はころころと笑う。
だがすぐにその笑みを納めると、真摯な表情でミレダが見つめていた庭園に視線を向けた。
そして、僅かに目を伏せる。
「もう十年も前なのね……あの子にとっては『まだ』なのかもしれないけれど」
その言葉を受けて、ミレダもうつむきながらつぶやいた。
「いえ……私もあの時のことは、昨日のことのように思えてなりません……」
薄紅に染まる広大な庭園を見下ろしながら、ルウツ皇帝の妹姫ミレダ・ルウツは思わず溜息をつく。
ルドラに向かっている蒼の隊からもたらされた『非公式』の報告書。
そこには事実だけが淡々とつづられている。
余計な言葉が全く含まれていないその文章は、彼女自身が関わってしまった『過去』の重さを見せつけているようだった。
改めてその文面を眺めやってから、彼女は再び溜息をついた。
「あらあら、なんて顔をしていらっしゃるの? それでは幸運も逃げてしまうわよ」
突然の声にミレダは驚いて身体ごと振り向く。
そこにはルウツ皇国の精神的支柱である大司祭、カザリン=ナロード・マルケノフが穏やかな笑みを湛えていつの間にか立っていた。
淡い茶色の瞳に同じ色の髪。
質素な神官の長衣も、彼女がまとえばまるで上等なドレスのようだった。
体調を崩して政務を休んでいる皇帝を見舞った帰りなのだろう。
慌てて姿勢を正し、ミレダは礼を返す。
「失礼いたしました、猊下。お恥ずかしいところをお見せして……」
おだやかな表情のまま、大司祭はその言葉を遮る。
一方ミレダの顔には、未だ不安げな表情が貼り付いたままだった。
勝ち気な妹姫が普段は決して見せないその様子に、大司祭は穏やかに諭す。
「人の上に立つ人間は、不安定な心を顔に出してしまっては駄目よ。目の前に剣を突きつけられてもね」
「……この国の中枢は、姉上と宰相殿です。私はその持ち駒の一つに過ぎません」
「本当にそう思っていらっしゃるの?」
痛いところをつかれ、ミレダは再び窓の外に視線を巡らせる。
この人だけには自らを偽ることが出来ない、昔からそうだった。
そのミレダの心の内を知ってか、大司祭はゆっくりとその隣に並んで立つ。
「……姉上のご様子は、いかがでした?」
遠慮がちに問うミレダに、カザリン=ナロードはおだやかな表情そのままの口調で答える。
「少々、お風邪でも召されたようね。ここのところ、ずいぶんと政務が立て込んでらしたから……」
「宰相殿が決裁した物に署名を入れているだけです。……本当なら」
全てを皇帝たる姉が行うべきだ。
ミレダはようやくその言葉を飲み込んだ。
彼女の父たる先代の皇帝は、自ら決裁を行い、皇帝の証たる紋章が刻まれた印章を手ずから捺し署名をしていた。
それが姉の即位と共に簡略化され、宰相マリス侯が持ち込んだ書類に署名を入れるのみとなってしまった。
実質皇帝の権威が軽んじられているのではないか。
そんな思いを抱いて、ミレダは唇を噛む。
だがやはり隣に立つ大司祭は、全てを察しているようだった。
何を言うでもなく、ただ穏やかな微笑をミレダに向けている。
視線を庭園に落としたまま、ミレダは呟いた。
「……解っています。自分自身の行動に責任をとれない私が、他人の人生を背負うことは出来ませんし、ましてや国の行く末に口出しをする筋合いはないと……」
「背負うことは出来なくても、支える手助けをすることは出来るでしょう? だからあの時、あの子も決断を下したのだから……。口に出すことは無くても、あの子は殿下を大切な存在と思っていてよ」
「な……! 」
僅かに頬を赤らめるミレダに、大司祭はころころと笑う。
だがすぐにその笑みを納めると、真摯な表情でミレダが見つめていた庭園に視線を向けた。
そして、僅かに目を伏せる。
「もう十年も前なのね……あの子にとっては『まだ』なのかもしれないけれど」
その言葉を受けて、ミレダもうつむきながらつぶやいた。
「いえ……私もあの時のことは、昨日のことのように思えてなりません……」
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