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鎮魂曲
─4─奇妙な命令
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この年、大陸統一歴一四八年は、戦で幕を開けた。
エドナのマケーネ大公配下ロンドベルト率いる北方方面駐留軍イング隊が、その駐屯地であるアレンタ平原を出、国境を接するルウツ領セナンへ攻撃を仕掛けた。
対するセナンの国境警備隊は、その黒一色の旗印を見て恐怖を覚え、一戦も交えることなく撤退してしまった。
それに呼応するようにエドナのアルタント大公は配下のシグル隊を、古都バドリナードにほど近いルウツ皇国領ルドラへ進軍させたのである。
古の都バドリナードは大帝ロジュア・ルウツが大陸統一の足がかりとした要地にして、現在はその大帝が眠る場所、言わば聖地である。
それを自らの手中に収め、優位に立つべくルウツ皇国とエドナの両大公家はその機会を虎視眈々とうかがい、牽制しあっていた。
このままでは、バドリナードはがいずれ二つの部隊から挟み撃ちされ、エドナの手に堕ちるかもしれない。
その事態を憂慮した宰相マリス侯は皇帝に対し出兵を進言した。
マリス侯を後見人として即位した病弱なルウツ皇帝メアリはその案を採った。
かくしてルドラへの出兵はなし崩しに決まった。
しかし、どの部隊を派兵するかでまた一騒動が起きた。
宰相マリス侯は、由緒ある五伯家のいずれかを、と提案した。
一方で皇帝の妹姫で『朱の隊』を預かるミレダ・ルウツが真っ向から反対した。
曰く、今必要なことは、権威や名誉ではなく確実に勝つという裏付けである、と。
皇国の現状を見ればそれは当然のことであるが、マリス侯は渋った。
それが犬猿の仲であるミレダの案であり、何よりマリス侯は『蒼の隊』その物を毛嫌いしていたからである。
だが自らも武人であり、しかも皇帝に連なるミレダの言葉に反論できる者はいなかった。
そこまでの命知らずは、存在しなかったのである。
こうして渋々ながらもマリス侯は蒼の隊を派兵することを了承した。
しかし宮廷でそんな裏事情があったなどと言うことを、最前線の人間は知る由もない。
ただ、行って来い、との命令を果たし生きて帰ってくる事が彼らの全てなのだから。
そして粛々と行軍は続いている。
※
皇都を出発してからもう何度目の野営になるのか、ユノーは数えかけて、止めた。
自分が死ぬまでの時を測っているような錯覚に捕らわれたからだ。
溜息をつくユノーの目の前に、閲兵式の時顔見知りになったイータ・カイが、湯気の立つ木製の椀を持って現れた。
「どうしたんだ、坊ちゃん? 早く行かないと食いっぱぐれるよ」
にこやかに笑う下級貴族出身の彼は、似たような境遇のユノーに何かと世話を焼いてくれた。
すみません、と頭を下げるユノーに、カイは柔らかく笑ってみせた。
「慣れない進軍で疲れているとは思うけれど、食べないと良くないよ」
けれど、自分の初陣の時もそうだったけれどね。
そう言うカイに、ユノーは思い切って尋ねた。
「あの、失礼ですが、どんな経緯でこの隊に……? 差し支えなければ、教えて頂けませんか? 」
元々が寄せ集めの混成部隊である。
豪農出身のシグマはともかく、余程の理由が無ければ例え下級とは言え貴族……騎士が正式に所属するのは珍しい。
その問いを予想していたのか、カイは持っていた椀に口を付けながら答えた。
「うちは国境近くに所領があるんだけれど、冗談抜きに少なくてね。一番上の兄貴が総取りして、後の兄弟は自分でどうにかしろと早々に家を追い出されたのさ。……のし上がろうと思ったんだけど何となく、ね。取りあえずここにいれば、生き延びる可能性は大きそうだったから」
結成当時からいる奴らは、大体同じ様な理由だと思う。
そう言うカイの口調は穏やかではあったが、何処かユノーは違和感を覚えた。
自分の立場を肯定はしているが、納得はしていない。
強いて言えばそんな感じだった。
もしかしたらもっとも聞かれたくなかった事だったのかもしれない。
そう思い謝ろうとした時、何の前触れもなく伝令兵が姿を現した。
「失礼いたします。イータ・カイ卿とユノー・ロンダート卿でいらっしゃいますね?」
それは質問ではなく、確認の問いかけだった。
姿勢を正し、承りますと応じるユノーに、伝令は機械的な口調で告げた。
「司令部からの命令をお伝えします。この度の戦における布陣と作戦を定める軍議を行いますので、早急に本陣へ出頭するように、とのことです」
了解、と短く言い残すと、準備のために自分の陣幕へと向かうカイ。
それでは、と一礼して立ち去ろうとする伝令兵を、ユノーは慌てて呼び止めた。
「あの……失礼ですが、何かの間違いではありませんか? 僕……小官はこの度の戦が初陣で……」
その言葉に伝令は改めて自分が手にしている命令文書を確認するかのように見つめる。
そして改めてユノーに告げた。
「いえ、確かにユノー・ロンダート卿に本陣へ出頭せよ、との命令を預かっております。司令官殿直々の物ですので、速やかにお願いいたします」
先程と同じように一礼すると、他の命令を伝えるべく伝令兵は|踵を返し走り去った。
一体、あの司令官は何を考えているのだろうか。
釈然としない物を感じたが、かといって従わないわけにはい。
ユノーは首を傾げつつも本陣へ向かって走った。
エドナのマケーネ大公配下ロンドベルト率いる北方方面駐留軍イング隊が、その駐屯地であるアレンタ平原を出、国境を接するルウツ領セナンへ攻撃を仕掛けた。
対するセナンの国境警備隊は、その黒一色の旗印を見て恐怖を覚え、一戦も交えることなく撤退してしまった。
それに呼応するようにエドナのアルタント大公は配下のシグル隊を、古都バドリナードにほど近いルウツ皇国領ルドラへ進軍させたのである。
古の都バドリナードは大帝ロジュア・ルウツが大陸統一の足がかりとした要地にして、現在はその大帝が眠る場所、言わば聖地である。
それを自らの手中に収め、優位に立つべくルウツ皇国とエドナの両大公家はその機会を虎視眈々とうかがい、牽制しあっていた。
このままでは、バドリナードはがいずれ二つの部隊から挟み撃ちされ、エドナの手に堕ちるかもしれない。
その事態を憂慮した宰相マリス侯は皇帝に対し出兵を進言した。
マリス侯を後見人として即位した病弱なルウツ皇帝メアリはその案を採った。
かくしてルドラへの出兵はなし崩しに決まった。
しかし、どの部隊を派兵するかでまた一騒動が起きた。
宰相マリス侯は、由緒ある五伯家のいずれかを、と提案した。
一方で皇帝の妹姫で『朱の隊』を預かるミレダ・ルウツが真っ向から反対した。
曰く、今必要なことは、権威や名誉ではなく確実に勝つという裏付けである、と。
皇国の現状を見ればそれは当然のことであるが、マリス侯は渋った。
それが犬猿の仲であるミレダの案であり、何よりマリス侯は『蒼の隊』その物を毛嫌いしていたからである。
だが自らも武人であり、しかも皇帝に連なるミレダの言葉に反論できる者はいなかった。
そこまでの命知らずは、存在しなかったのである。
こうして渋々ながらもマリス侯は蒼の隊を派兵することを了承した。
しかし宮廷でそんな裏事情があったなどと言うことを、最前線の人間は知る由もない。
ただ、行って来い、との命令を果たし生きて帰ってくる事が彼らの全てなのだから。
そして粛々と行軍は続いている。
※
皇都を出発してからもう何度目の野営になるのか、ユノーは数えかけて、止めた。
自分が死ぬまでの時を測っているような錯覚に捕らわれたからだ。
溜息をつくユノーの目の前に、閲兵式の時顔見知りになったイータ・カイが、湯気の立つ木製の椀を持って現れた。
「どうしたんだ、坊ちゃん? 早く行かないと食いっぱぐれるよ」
にこやかに笑う下級貴族出身の彼は、似たような境遇のユノーに何かと世話を焼いてくれた。
すみません、と頭を下げるユノーに、カイは柔らかく笑ってみせた。
「慣れない進軍で疲れているとは思うけれど、食べないと良くないよ」
けれど、自分の初陣の時もそうだったけれどね。
そう言うカイに、ユノーは思い切って尋ねた。
「あの、失礼ですが、どんな経緯でこの隊に……? 差し支えなければ、教えて頂けませんか? 」
元々が寄せ集めの混成部隊である。
豪農出身のシグマはともかく、余程の理由が無ければ例え下級とは言え貴族……騎士が正式に所属するのは珍しい。
その問いを予想していたのか、カイは持っていた椀に口を付けながら答えた。
「うちは国境近くに所領があるんだけれど、冗談抜きに少なくてね。一番上の兄貴が総取りして、後の兄弟は自分でどうにかしろと早々に家を追い出されたのさ。……のし上がろうと思ったんだけど何となく、ね。取りあえずここにいれば、生き延びる可能性は大きそうだったから」
結成当時からいる奴らは、大体同じ様な理由だと思う。
そう言うカイの口調は穏やかではあったが、何処かユノーは違和感を覚えた。
自分の立場を肯定はしているが、納得はしていない。
強いて言えばそんな感じだった。
もしかしたらもっとも聞かれたくなかった事だったのかもしれない。
そう思い謝ろうとした時、何の前触れもなく伝令兵が姿を現した。
「失礼いたします。イータ・カイ卿とユノー・ロンダート卿でいらっしゃいますね?」
それは質問ではなく、確認の問いかけだった。
姿勢を正し、承りますと応じるユノーに、伝令は機械的な口調で告げた。
「司令部からの命令をお伝えします。この度の戦における布陣と作戦を定める軍議を行いますので、早急に本陣へ出頭するように、とのことです」
了解、と短く言い残すと、準備のために自分の陣幕へと向かうカイ。
それでは、と一礼して立ち去ろうとする伝令兵を、ユノーは慌てて呼び止めた。
「あの……失礼ですが、何かの間違いではありませんか? 僕……小官はこの度の戦が初陣で……」
その言葉に伝令は改めて自分が手にしている命令文書を確認するかのように見つめる。
そして改めてユノーに告げた。
「いえ、確かにユノー・ロンダート卿に本陣へ出頭せよ、との命令を預かっております。司令官殿直々の物ですので、速やかにお願いいたします」
先程と同じように一礼すると、他の命令を伝えるべく伝令兵は|踵を返し走り去った。
一体、あの司令官は何を考えているのだろうか。
釈然としない物を感じたが、かといって従わないわけにはい。
ユノーは首を傾げつつも本陣へ向かって走った。
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