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鎮魂曲
─3─渦中の人
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この一歩一歩が、自分を確実に死へと導いている。
そう思うと、ユノーは情けなくも身体の震えを止めることが出来なかった。
騎馬の群がたてる規則正しい金属音に混じって、ユノーの手綱を握る指先がカチカチと小刻みな音を立てていた。
何事かと彼の脇をすり抜けていく古参の騎兵や騎士達は、くすんだ癖毛の金髪と優しげな水色の瞳のせいで実年齢よりも幼く見えるユノーの顔をのぞき込む。
そして彼らは等しく同情するように溜息をついて、ユノーを追い越していく。
恐らくユノーの置かれた状況を理解してのことだろう。
この『寄せ集め隊』には、しばしば同じような境遇の人間が配置されるのが慣例となっているのだから。
「初陣なのか? 」
急に背後から声をかけられ、驚きのあまりユノーは馬から落ちそうになる。
何より、こんなに接近されるまで気配を感じ取ることが出来なかった自分自身を、ユノーは恥ずかしく思った。
そんな自己嫌悪に捕らわれながらも、彼はようやく鞍の上に腰を落ち着ける。
すると、声をかけた当の本人はあっさりと馬首を並べる。
こちらを見つめるその鋭い視線を、ユノーは無言で受け止めた。
「初陣で騎士待遇か。さすがは血筋がはっきりした貴族様だな。どこの馬の骨とも解らない俺とは大違いだ」
皮肉混じりに投げかけられた言葉を、ユノーは珍しく怒りを含んだ声で否定した。
「そう言われても今回は仮待遇です。今は貴族籍から除名処分中なので、この戦いで死んででも軍功をあげなければ、本当に家名が取りつぶしになってしまいます」
身分を盾にして遊びに来たわけではない。
そう生真面目に答えるユノーに、横に並ぶその人は含み笑いで応じる。
更なる怒りを感じながら彼は隣に並ぶその人を注意深く観察した。
年の頃は、さして変わらないように見えた。
せいぜい一つか二つ違い、というところだろう。
けれど、その人が身にまとっている空気は、明らかに幾度も修羅場をくぐり抜けてきた人の……戦場に生きる人のそれだった。
それを裏付けるように、馬具や甲冑には数え切れないほどの傷が刻まれている。
一方、その容貌はと言えば『歴戦の猛者』らしからぬ整った物だった。
背中に届くほど長く癖のないセピア色の髪は無造作に束ねられて、風に吹かれるのに任せている。
だからといって浮いた風でもなく、何処か近寄りがたい雰囲気を持っていた。
その原因は、感情を全く感じさせない藍色の瞳だった。
気が弱いものならば一睨まれただけで立ちすくんでしまうであろうその鋭い瞳に、だが何故かユノーは言い難い孤独と寂しさを感じた。
何故そんなことが自分に解るのだろうか。
首を傾げるユノーの耳にあおり立てるような言葉が入ってくる。
「意気込むのはお前の勝手だが、無駄死にはするな。終わった後の事務処理が面倒だし、第一後味が悪いからな」
その言葉からも、感情という物が全く感じられなかった。
あまりにも素っ気ないその口調に、ユノーは思わず息をのむ。
その時ようやく、その人が持つ剣の柄が目に入った。
持ち主の瞳の色によく似た青い護符があしらわれそれは、間違いなく『勇者』の称号を持つ者だけに持つことが許される武器、宝剣だった。
この『蒼の隊』に籍を置く勇者は、ただ一人、すなわち司令官その人である。
ようやく自分が誰と話しているのかを理解し、それまでの非礼を詫びようと恐縮するユノー。
それを遮るように、『無紋の勇者』と呼ばれているその人は、再び口を開いた。
「貴官の武具には『朱の隊』の徽章が刻まれているようだが、名は?」
確かに父祖伝来のユノーの武具には『朱の隊』を示す徽章が残っている。
けれど、文字通り『寄せ集め』なこの隊では、皆が思い思いの武具を身につけている。
そのため、ユノーの装備もさして集団から浮き上がっているというわけではない。
にも関わらず、どうしてそのようなことを気にするのだろう。
「……ロンダート。ユノー・ロンダートと申します。閣下」
一瞬、それまで全く感情を写すことがなかった藍色の瞳に、微妙な光が走る。
だがそれもほんの僅かのことで、その人はすぐに納得したかのように斜に構えた笑みを浮かべて見せた。
「一つだけ忠告しておく。この隊では俺に向かって閣下と言うのはは禁句だ。……何でも皇都の偉い貴族様の機嫌が悪くなるそうだ」
言うが早いか、その人はユノーの返答を待つことなく馬の腹を蹴った。
勢い良く先頭に向かい駆け抜けていくその後ろ姿に、ユノーは思わず呟いた。
「……あれが『無紋の勇者』、シーリアス・マルケノフ殿、か……」
その名を口にした途端、ユノーの脳裏に鮮明なある光景が浮かんだ。
床に広がった深紅の沼。
その中に倒れ伏す男女。
こちらに向けられている無数の白刃。
それらをかき消すかのように響き渡る子どもの泣き声。
一体これは何なのか。
ユノーが意識をそちらに集中しようとしたとき、先頭から小休止の号令がかかった。
気のせいかもしれない。
そんな軽い気持ちで、ユノーはまだ少々危なっかしく馬から降りた。
そう思うと、ユノーは情けなくも身体の震えを止めることが出来なかった。
騎馬の群がたてる規則正しい金属音に混じって、ユノーの手綱を握る指先がカチカチと小刻みな音を立てていた。
何事かと彼の脇をすり抜けていく古参の騎兵や騎士達は、くすんだ癖毛の金髪と優しげな水色の瞳のせいで実年齢よりも幼く見えるユノーの顔をのぞき込む。
そして彼らは等しく同情するように溜息をついて、ユノーを追い越していく。
恐らくユノーの置かれた状況を理解してのことだろう。
この『寄せ集め隊』には、しばしば同じような境遇の人間が配置されるのが慣例となっているのだから。
「初陣なのか? 」
急に背後から声をかけられ、驚きのあまりユノーは馬から落ちそうになる。
何より、こんなに接近されるまで気配を感じ取ることが出来なかった自分自身を、ユノーは恥ずかしく思った。
そんな自己嫌悪に捕らわれながらも、彼はようやく鞍の上に腰を落ち着ける。
すると、声をかけた当の本人はあっさりと馬首を並べる。
こちらを見つめるその鋭い視線を、ユノーは無言で受け止めた。
「初陣で騎士待遇か。さすがは血筋がはっきりした貴族様だな。どこの馬の骨とも解らない俺とは大違いだ」
皮肉混じりに投げかけられた言葉を、ユノーは珍しく怒りを含んだ声で否定した。
「そう言われても今回は仮待遇です。今は貴族籍から除名処分中なので、この戦いで死んででも軍功をあげなければ、本当に家名が取りつぶしになってしまいます」
身分を盾にして遊びに来たわけではない。
そう生真面目に答えるユノーに、横に並ぶその人は含み笑いで応じる。
更なる怒りを感じながら彼は隣に並ぶその人を注意深く観察した。
年の頃は、さして変わらないように見えた。
せいぜい一つか二つ違い、というところだろう。
けれど、その人が身にまとっている空気は、明らかに幾度も修羅場をくぐり抜けてきた人の……戦場に生きる人のそれだった。
それを裏付けるように、馬具や甲冑には数え切れないほどの傷が刻まれている。
一方、その容貌はと言えば『歴戦の猛者』らしからぬ整った物だった。
背中に届くほど長く癖のないセピア色の髪は無造作に束ねられて、風に吹かれるのに任せている。
だからといって浮いた風でもなく、何処か近寄りがたい雰囲気を持っていた。
その原因は、感情を全く感じさせない藍色の瞳だった。
気が弱いものならば一睨まれただけで立ちすくんでしまうであろうその鋭い瞳に、だが何故かユノーは言い難い孤独と寂しさを感じた。
何故そんなことが自分に解るのだろうか。
首を傾げるユノーの耳にあおり立てるような言葉が入ってくる。
「意気込むのはお前の勝手だが、無駄死にはするな。終わった後の事務処理が面倒だし、第一後味が悪いからな」
その言葉からも、感情という物が全く感じられなかった。
あまりにも素っ気ないその口調に、ユノーは思わず息をのむ。
その時ようやく、その人が持つ剣の柄が目に入った。
持ち主の瞳の色によく似た青い護符があしらわれそれは、間違いなく『勇者』の称号を持つ者だけに持つことが許される武器、宝剣だった。
この『蒼の隊』に籍を置く勇者は、ただ一人、すなわち司令官その人である。
ようやく自分が誰と話しているのかを理解し、それまでの非礼を詫びようと恐縮するユノー。
それを遮るように、『無紋の勇者』と呼ばれているその人は、再び口を開いた。
「貴官の武具には『朱の隊』の徽章が刻まれているようだが、名は?」
確かに父祖伝来のユノーの武具には『朱の隊』を示す徽章が残っている。
けれど、文字通り『寄せ集め』なこの隊では、皆が思い思いの武具を身につけている。
そのため、ユノーの装備もさして集団から浮き上がっているというわけではない。
にも関わらず、どうしてそのようなことを気にするのだろう。
「……ロンダート。ユノー・ロンダートと申します。閣下」
一瞬、それまで全く感情を写すことがなかった藍色の瞳に、微妙な光が走る。
だがそれもほんの僅かのことで、その人はすぐに納得したかのように斜に構えた笑みを浮かべて見せた。
「一つだけ忠告しておく。この隊では俺に向かって閣下と言うのはは禁句だ。……何でも皇都の偉い貴族様の機嫌が悪くなるそうだ」
言うが早いか、その人はユノーの返答を待つことなく馬の腹を蹴った。
勢い良く先頭に向かい駆け抜けていくその後ろ姿に、ユノーは思わず呟いた。
「……あれが『無紋の勇者』、シーリアス・マルケノフ殿、か……」
その名を口にした途端、ユノーの脳裏に鮮明なある光景が浮かんだ。
床に広がった深紅の沼。
その中に倒れ伏す男女。
こちらに向けられている無数の白刃。
それらをかき消すかのように響き渡る子どもの泣き声。
一体これは何なのか。
ユノーが意識をそちらに集中しようとしたとき、先頭から小休止の号令がかかった。
気のせいかもしれない。
そんな軽い気持ちで、ユノーはまだ少々危なっかしく馬から降りた。
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