飛竜烈伝 守の巻

岩崎みずは

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其の肆 冥戦剣変◆獅子

飛竜烈伝 守の巻

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 視界に飛び込んできたのは、闇のなかに踊る鬼火だった。青白い炎は虚空を滑るように漂い、しかも距離を少しずつ狭(せば)めてくる。
 燃える炎の塊りは、白夜の目の前でピタリと動きを止めた。炎のなかに、朧な影のようなものが動く。それはやがて焦点を結び、はっきりとした形になった。
 白き鬣(たてがみ)を靡(なび)かせ、牙を剥く、黄金の獅子。
 炎が形を変える。獅子に重なるように一人の男の姿が浮かび上がる。
 白夜は息を呑んだ。獅子の面をその顔に被た、見上げるような大男が鬼火のなかから忽然と現れ、白夜の前に立ちはだかったのだ。
「我が名は獅子王。神子上紹巴さまにお仕えする闇隠弐衆のひとり」
 獅子の面が白夜を見下ろし、傲然と言い放つ。白夜の総身は震えた。恐怖にではない、激しい憤り、怒りを覚えた故だった。 
 闇隠弐衆。異端の生を受けた、本来ならば常世に属する者。
 滅ぼさねばならない。
 白夜は槍を構え直した。ここで自分がこの大男を仕留めることが出来れば、それだけ竜の負担は軽減する。
「わざわざ名乗って頂いて恐縮というところですが、無駄なことでしたね」
 言うと同時に、白夜は飛んだ。
「どうせ、すぐにこの白夜の記憶から消えることとなるのですから」
 白夜の槍は、獅子王と名乗った男の眉間を正確に狙って繰り出された。面ごと突き破り、敵の頭蓋を割る威力を秘めた、必殺の一撃。
 だが。
 槍の穂先は、獅子王の眉間には、否、面にすらも届かなかった。目にも止まらぬ速さで動いた右手の二本の指が、易々と穂先を掴んだのだ。
「早まるな。我が標的は、飛竜のみ。無意味な争いをするつもりはない」
 獅子王が事も無げに言う。
 褐色をした太い指は軽く鑓穂を摘んでいるようにしか見えぬというのに、全力で押しても退いても、槍は微動だにしない。男の逞しい右上腕部に盛り上がる、荒々しく巨大な筋肉。次の瞬間、穂先は、脆い硝子細工のように粉々に砕けた。
 何と言う怪力。そして、巨体に似合わぬ反射神経。
 決して全身に殺気を漲(みなぎ)らせているわけではない。寧ろ、鷹揚に構えた態度は静謐さえ感じさせる。だが、白夜は戦慄を覚えた。獅子王の静かなる威、揺ぎ無い自信に圧倒されていた。自身が、肉食の獣の前にのこのこと現れた、無力な兎であるかのような感覚。
「だが、二、三、尋ねたきことがある。そのために、いまは飛竜を見逃したのだ。無意味な争いは好まぬが、そちらの返答次第によっては、生かして帰すわけにはいかぬ」
 無意味な争い。そう目の前の男は口にした。しかし、竜同様、いまや白夜とてこの戦いに無関係ではない。如何に強力な敵を目の前にしたとて、退くことなど出来なかった。
 お力をお貸し下さい、父上。
 心の奥でそう呟くと、白夜は再び地を蹴った。
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