66 / 81
其の肆 冥戦剣変◆獅子
飛竜烈伝 守の巻
しおりを挟む
視界に飛び込んできたのは、闇のなかに踊る鬼火だった。青白い炎は虚空を滑るように漂い、しかも距離を少しずつ狭(せば)めてくる。
燃える炎の塊りは、白夜の目の前でピタリと動きを止めた。炎のなかに、朧な影のようなものが動く。それはやがて焦点を結び、はっきりとした形になった。
白き鬣(たてがみ)を靡(なび)かせ、牙を剥く、黄金の獅子。
炎が形を変える。獅子に重なるように一人の男の姿が浮かび上がる。
白夜は息を呑んだ。獅子の面をその顔に被た、見上げるような大男が鬼火のなかから忽然と現れ、白夜の前に立ちはだかったのだ。
「我が名は獅子王。神子上紹巴さまにお仕えする闇隠弐衆のひとり」
獅子の面が白夜を見下ろし、傲然と言い放つ。白夜の総身は震えた。恐怖にではない、激しい憤り、怒りを覚えた故だった。
闇隠弐衆。異端の生を受けた、本来ならば常世に属する者。
滅ぼさねばならない。
白夜は槍を構え直した。ここで自分がこの大男を仕留めることが出来れば、それだけ竜の負担は軽減する。
「わざわざ名乗って頂いて恐縮というところですが、無駄なことでしたね」
言うと同時に、白夜は飛んだ。
「どうせ、すぐにこの白夜の記憶から消えることとなるのですから」
白夜の槍は、獅子王と名乗った男の眉間を正確に狙って繰り出された。面ごと突き破り、敵の頭蓋を割る威力を秘めた、必殺の一撃。
だが。
槍の穂先は、獅子王の眉間には、否、面にすらも届かなかった。目にも止まらぬ速さで動いた右手の二本の指が、易々と穂先を掴んだのだ。
「早まるな。我が標的は、飛竜のみ。無意味な争いをするつもりはない」
獅子王が事も無げに言う。
褐色をした太い指は軽く鑓穂を摘んでいるようにしか見えぬというのに、全力で押しても退いても、槍は微動だにしない。男の逞しい右上腕部に盛り上がる、荒々しく巨大な筋肉。次の瞬間、穂先は、脆い硝子細工のように粉々に砕けた。
何と言う怪力。そして、巨体に似合わぬ反射神経。
決して全身に殺気を漲(みなぎ)らせているわけではない。寧ろ、鷹揚に構えた態度は静謐さえ感じさせる。だが、白夜は戦慄を覚えた。獅子王の静かなる威、揺ぎ無い自信に圧倒されていた。自身が、肉食の獣の前にのこのこと現れた、無力な兎であるかのような感覚。
「だが、二、三、尋ねたきことがある。そのために、いまは飛竜を見逃したのだ。無意味な争いは好まぬが、そちらの返答次第によっては、生かして帰すわけにはいかぬ」
無意味な争い。そう目の前の男は口にした。しかし、竜同様、いまや白夜とてこの戦いに無関係ではない。如何に強力な敵を目の前にしたとて、退くことなど出来なかった。
お力をお貸し下さい、父上。
心の奥でそう呟くと、白夜は再び地を蹴った。
燃える炎の塊りは、白夜の目の前でピタリと動きを止めた。炎のなかに、朧な影のようなものが動く。それはやがて焦点を結び、はっきりとした形になった。
白き鬣(たてがみ)を靡(なび)かせ、牙を剥く、黄金の獅子。
炎が形を変える。獅子に重なるように一人の男の姿が浮かび上がる。
白夜は息を呑んだ。獅子の面をその顔に被た、見上げるような大男が鬼火のなかから忽然と現れ、白夜の前に立ちはだかったのだ。
「我が名は獅子王。神子上紹巴さまにお仕えする闇隠弐衆のひとり」
獅子の面が白夜を見下ろし、傲然と言い放つ。白夜の総身は震えた。恐怖にではない、激しい憤り、怒りを覚えた故だった。
闇隠弐衆。異端の生を受けた、本来ならば常世に属する者。
滅ぼさねばならない。
白夜は槍を構え直した。ここで自分がこの大男を仕留めることが出来れば、それだけ竜の負担は軽減する。
「わざわざ名乗って頂いて恐縮というところですが、無駄なことでしたね」
言うと同時に、白夜は飛んだ。
「どうせ、すぐにこの白夜の記憶から消えることとなるのですから」
白夜の槍は、獅子王と名乗った男の眉間を正確に狙って繰り出された。面ごと突き破り、敵の頭蓋を割る威力を秘めた、必殺の一撃。
だが。
槍の穂先は、獅子王の眉間には、否、面にすらも届かなかった。目にも止まらぬ速さで動いた右手の二本の指が、易々と穂先を掴んだのだ。
「早まるな。我が標的は、飛竜のみ。無意味な争いをするつもりはない」
獅子王が事も無げに言う。
褐色をした太い指は軽く鑓穂を摘んでいるようにしか見えぬというのに、全力で押しても退いても、槍は微動だにしない。男の逞しい右上腕部に盛り上がる、荒々しく巨大な筋肉。次の瞬間、穂先は、脆い硝子細工のように粉々に砕けた。
何と言う怪力。そして、巨体に似合わぬ反射神経。
決して全身に殺気を漲(みなぎ)らせているわけではない。寧ろ、鷹揚に構えた態度は静謐さえ感じさせる。だが、白夜は戦慄を覚えた。獅子王の静かなる威、揺ぎ無い自信に圧倒されていた。自身が、肉食の獣の前にのこのこと現れた、無力な兎であるかのような感覚。
「だが、二、三、尋ねたきことがある。そのために、いまは飛竜を見逃したのだ。無意味な争いは好まぬが、そちらの返答次第によっては、生かして帰すわけにはいかぬ」
無意味な争い。そう目の前の男は口にした。しかし、竜同様、いまや白夜とてこの戦いに無関係ではない。如何に強力な敵を目の前にしたとて、退くことなど出来なかった。
お力をお貸し下さい、父上。
心の奥でそう呟くと、白夜は再び地を蹴った。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
吉祥寺あやかし甘露絵巻 白蛇さまと恋するショコラ
灰ノ木朱風
キャラ文芸
平安の大陰陽師・芦屋道満の子孫、玲奈(れな)は新進気鋭のパティシエール。東京・吉祥寺の一角にある古民家で“カフェ9-Letters(ナインレターズ)”のオーナーとして日々奮闘中だが、やってくるのは一癖も二癖もあるあやかしばかり。
ある雨の日の夜、玲奈が保護した迷子の白蛇が、翌朝目覚めると黒髪の美青年(全裸)になっていた!?
態度だけはやたらと偉そうな白蛇のあやかしは、玲奈のスイーツの味に惚れ込んで屋敷に居着いてしまう。その上玲奈に「魂を寄越せ」とあの手この手で迫ってくるように。
しかし玲奈の幼なじみであり、安倍晴明の子孫である陰陽師・七弦(なつる)がそれを許さない。
愚直にスイーツを作り続ける玲奈の周囲で、謎の白蛇 VS 現代の陰陽師の恋のバトルが(勝手に)幕を開ける――!
つくもむすめは公務員-法律違反は見逃して♡-
halsan
キャラ文芸
超限界集落の村役場に一人務める木野虚(キノコ)玄墨(ゲンボク)は、ある夏の日に、宇宙から飛来した地球外生命体を股間に受けてしまった。
その結果、彼は地球外生命体が惑星を支配するための「胞子力エネルギー」を三つ目の「きんたま」として宿してしまう。
その能力は「無から有」
最初に現れたのは、ゲンボク愛用のお人形さんから生まれた「アリス」
さあ限界集落から発信だ!
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
人形の中の人の憂鬱
ジャン・幸田
キャラ文芸
等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。
【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。
【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる